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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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閑話 父の思い出 1

 満州に渡ったのは十五のときだったかな。ほらあったでしょ「少年開拓義勇軍」って、覚えてないかなあ。僕はあれの初代だったんだよ。翌年からはどこだったかな、関東のほうに大きな施設が出来て、そこでしばらく実習してから渡満するようになったんだけど、僕らはテストケースみたいなものだからちょっと集まって、それからすぐに海を渡ったんだ。

 いや、別に農業するつもりはなかった。だって百姓するならわざわざいかなくてもうちに帰ればいくらでも出来たから。だから最初に聞いたときは半分馬鹿にしてたんだけどね。なんでわざわざ辺鄙なところへ行って百姓するんだよって。そんなの北海道にでも行けよって。

 ところがあっさりと気が変わった。

 学校に勧誘に来た人の口上にね、飛行機の学校があるってのが入ってたんだ。

 それに引っかかったんだ。うまうまと。


 確かに日本から列車と船と、また列車を乗り継いで一週間。着いた先には随分と立派な工場があった。

 その名も「満州航空機製造」という。

 僕はそこの中にあった飛行機製造技術者養成学校に入学したのだ。


 そのまま技師になれていたなら良かったんだけど、ご時勢がそれを許してはくれなかった。日本を取り巻く状勢は悪化の一途。三年ほどできり良く退社して陸軍に志願入隊した。

 入隊直後は苦しかったな。あんな扱いを受けるとは夢にも思っていなかった。ずっと故郷にいたならそこらへんの機微は伝わっていたかもしれないけれど、満州じゃね。生まれて初めて無抵抗のまま他人に殴られたよ。

 せっかく帰ってきた日本から、再び海を渡って戦場へ移動するころにはそんなこともなくなっていたけど。僕の周りだけかもしれないけど、ああいうのは位があがるとなんとかなるんだ。

 で戦争のほうなんだが、とにかく西へ西へと進んだように記憶している。兵隊さんにゃ全体の構図なんてわかりゃしないからね、ただただ鉄砲かついで行軍だ。そりゃずっと歩きだよ。

 あるとき周囲を囲まれてね、さんざん弾を打ち込まれたことがあった。鉄砲だけじゃなくて大砲の弾まで飛んでくる。真横に落ちたときはもうやられたと思ったな。気がついたら何人も倒れてた。周りの景色から色がなくなって、頭の中でジーンとただ音が鳴っていた。立ち上がろうとしても身体に力が入らない。まあ倒れたままで良かったんだな。あいかわらず弾は飛び交っていたんだから。

 しばらくして攻撃がやんだようで、ようやく立ち上がってみるのだが、あいかわらずジーンという音が止んではくれなかった。三日ほどして音はおさまったんだが、それきり僕の左耳は何も聞こえなくなった。

 そんなのは負傷のうちには入らない。行軍はそれからも続いた。

 だがある時僕だけに移動命令が来た。行き先は内地だった。埼玉県の所沢にあった、陸軍航空廠への転属辞令だ。

 三年間の飛行機製造に携わった経験を活かすようにとのことだ、どうせなら耳をやられる前に来てほしかったが、それは言っても仕方がない。

 それが大きな転機となった。翌年にはめでたく陸軍技術伍長となって、今度は台湾に向かうことになったんだ。

 そう、君の知っている台湾だよ。

 赴任したのは台北にあった飛行場の一角だった。小さな部隊でね。十機ばかりの双発、ってわかるかな。プロペラが二つ、翼の左右についた戦闘機があるだけのいわゆる独立部隊だった。

 そこで毎日飛行機の整備を行う日々が始まった。

 当時の台湾はそれなりに平穏だったな。もちろん空襲もあったし、飛び立った飛行機が帰ってこないこともあった。でも自分の経験した大陸での戦争とは全く違うものだった。なにしろ鉄砲をかつぐこともなく、鉄兜を被る必要もない。血や泥ではなく油にまみれるだけのことだ。機械を整備して戦争になるのなら結構なことだ。機械いじりは好きだったからね。

 ある時飛行場のわきに集めて放置された機体を眺めていてひらめいた。これを寄せ集めれば飛行機の一つぐらいは組み立てられるんじゃないかって。

 決して暇ではなかったが、飛行機の出撃を見送ったあととか、担当していた機体の整備が早く終わったときとかに、部品を集めては工夫を重ねてコツコツと組み立てを行った。

 最初の頃は同じ部隊の連中も「あいつは何をやってるんだ」と胡乱な目でいたんだが、形が出来ていくにつれ態度が変わってきた。もう新しい機体の補充もなくなっていたからな。ついに完成したら部隊中で大騒ぎになった。ついには試験飛行となり無事に使える飛行機だとわかると部隊長以下大喜びだ。

 なにしろご褒美として、部隊長のポケットマネーから金一封と二日の休暇がもらえたんだ。当時としては大盤振る舞いだったな。

 おかげで初めて台北の街に出かけることが出来た。

 そう、そこで君と出会ったんだ。

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