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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
30/35

診察 30 披露パーティ

 おじいさま。つまりは私、夏子の夫である真信さんから息子である智信さんの武勇伝を聞いたのは、まだ私たちが結婚する前のことだった。

 彼は毎日私の元を訪れてはコーヒーを飲み、時にはお話をして帰って行く。そんな関係が何年続いたのかな、って思わせぶりな事を。単に私が喫茶店をやっていて、真信さんはそこの常連のお客様だったということなのだ。でも最初に知り合ったのはそれより何十年も前だったんだけどね。

 昔のことはともかくも、話題としての智信さんの行動は大変面白くて、お店が暇なときなどは根掘り葉掘り私から話をせがんだものだ。だから結婚して、ロッキンガム家の人々とお会いしたときも初対面という気がしなくて、最初から話が弾んだものだ。

 でも、あたりまえだが聞くと見るとでは大違いのことも多かった。それに夫人やアイリーンさんと趣味が共通していくなんて思いもよらなかったことだ。

 そもそも話だけ聞いていたときの様子では、智信君は活発な秀才って感じだったのだけれど、実際の彼からは羊の皮をかぶった天才というような印象をうけた。

 姪っ子が彼の同級生だった、という偶然もあって、そちらからも色々とエピソードを仕入れてはいたのだけれど、百聞は一見にしかずとはこのことだと思ったものだ。

 大体が、気配りが二十歳過ぎの大学生のものじゃなかった。

 初対面の不意打ちのようなときこそ一瞬の戸惑いがあったようなのだが、私たちの結婚が子供たちの了承待ち、すなわち事実上智信さんの返事待ち状態だったことを理解するや、その後の行動のすばやかったことったら。

 双方の関係者に連絡をとり調整を済ませたかと思うと、三日後には食事会という事実上の披露宴のようなものを開催してしまっていた。

 大阪梅田の大きな中華料理の部屋には、五十人近い親戚縁者や知人などが集まったのだから驚いてしまうばかりだった。

 私と真信さんだけは二人がけのテーブルに座らされ、他の出席者はいくつかの大きな円卓についていた。 食事会は智信さんの司会進行のもと、次々に提供される料理と酒の波に飲み込まれていった。双方の出席者は絶妙に分散して配置され、つい三日前には名前も知らなかった相手とたちまちに打ち解けていった。

 正直なところ、不安もあったのだ。

 いまさらの結婚。相手は五十を超えた子持ちの再婚。

 親戚たちもあまり良い顔はしなかった。

 姪っ子だけが励ましてはくれたのだが「彼が息子になっちゃうのかあ、ちょっとたいへんやなあ」などと不安をあおるようなことを言ってくれる。

 だがなんのことはない、ふたを開けてみれば彼が一番私たちを応援してくれているようだった。

 ふと隣を見ると真信さんの顔は真っ赤に染まっている。そういえば先ほどからかわるがわる現れる誰彼から乾杯を強いられていたのだ。しまった、彼はお酒が弱いはずなのに。私もあまり飲まないものだから配慮が出来ていなかった。

 「あの、大丈夫?」こういうとき何と言って呼びかければ良いのかまだ定まってはいない。

 「ああ、あまり大丈夫やないな」わあ、これはどうしたら……

 「今日は智信がおるからまかせとけばええわ」あ、そうなの。

 そして智信さんは私たちの前にあらわれた。

 「やっぱり、どうも危ないと思ってたんや、親父」

 そう言いながら水の入ったコップを差し出した。

 「我慢して一気に飲んで」

 真信さんはそのとおりに飲み干した。かなりまずそうな表情だ、水じゃあないのかな。

 「五分ぐらいで効いてくるからね、そしたら質問タイムをやりますから夏子さんもよろしく」

 なにそれ、どういうこと。五分くらいってなに。

 しばらくすると真信さんの顔の赤みがうすれてきた。受け答えもしっかりしたものになっている。どういうこと、いったい何を飲ませたの。

 そしてマイクを持った智信さんが私たちの横に立ち会場に呼びかけた。

 「いまだから聞ける質問タアーイム」

 なんかハモってると思ったら姪っ子も一緒にいるじゃないか。

 「さてあらためて自己紹介いたします、美しい若い女性の横ですこしばかり酔っ払い気味の中年男の息子をやっております智信です」

 「私は渋いダンディなおじさまの横で猫をかぶっております夏子おばさまの姪っ子で~す」

 「なんや君名乗らへんのか」

 「そやかて初対面のひともようさんおるのに、こんなことで覚えられたくないもん」

 「なんやて、恥ずかしいことは全部僕に押し付けるつもりか」

 「当然や、全責任はすべてかぶってちょーだい」

 なんか漫才でも始まったのかと気を許しているといきなり私の名前を呼ばれた。

 「さて夏子さんへ質問です。あなたはこの中年男とどのように知り合ったのでしょうか」

 なにそれ、いまからそういうことをするわけ。

 「そうそう、それは私も聞いてないんですよ。あ、お店のお客さんとして、とかいうのはなしですよ。そんなこといったら来るお客さんと片っ端からお付き合いしてることになりますからね。夏子ねえさんはそんな軽いひとじゃありませんから」

 そりゃそうだけど。

 「あの、まあ、たまたま偶然に」

 「偶然になんですか、道のかどでぶつかったとかじゃないですよね」

 「三十年ぶりに再会したもので」

 意外な返事に智信さんがちょっと固まったようだ。一瞬の間が空き、それから姪っ子と短く会話をしたようだ。

 「すいません、ちょっと初耳だったものでうろたえてしまいました」

 やった、ちょっと智信さんより優位に立てた気がする。

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