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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 3 タローの述懐

 俺は犬である。ただの出自ではない、父ははるか北国の山中に住む狼で母はその麓で橇を引くハスキーの娘だ。

 事情は知らぬが父と母は出会い俺が生まれた。生まれたときは他にも兄弟たちがいてじゃれあったことを覚えている。

 なぜか俺だけが選ばれて違う群れの中で育つことになった。小さな群れだ。リーダーの雄、俺の世話係、そして兄妹たちだ。

 大きな集団があり俺のいる群れはその中で暮らしている。その中では上位なのだがトップではない。それが俺にはもどかしいのだが我がリーダーはこれ以上群れの中の位置を変えるつもりがないようだ。

 リーダーには連れ合いの雌がいない。俺が来た時にはすでに死んでいたのだ。それ故に俺が選ばれて来たのだと思う。もちろん群れを強くするために。

 なにしろ弱いのだ、ここの兄妹は。小さい頃から俺と戦って優位になったためしがない。俺が本気になれば五秒と持たずに倒れてしまうだろう。もちろん俺が本気になることはない。兄妹は俺に良く懐き頼り切っているからな、俺も兄妹を守るためならいつでも全力を出し切る用意がある。

 まあそんな心配は杞憂だろう、リーダーは集団の中で一番強いし世話係もそこそこだ、奴など身体が小さくて牙もないものだから密かに携帯式の牙をいつも持っているぐらいだ。

 と思って安心していたら襲撃に合った。まったく油断は禁物だな。

 

 ある日のことだ。俺達は世話係の橇に乗って移動していた。この辺りには雪も氷もなく橇にはわざわざ車をつけて走らせている。引く犬もいないから前に臭い機械を乗せているブサイクなやつだ。

 朝の食事を終えると兄妹は学校へ出かける。俺は送り迎えをするためにいつも付き添っていく。頑張って少しでも強くなれよといつも励ますのだがあまり効果はなさそうだ。俺と世話係とで鍛えたほうが良いのではないかと思うのだがな。

 その日、学校の周りには嫌な臭いがした。世話係にも少しは感じるものがあったようで、橇の荷物入れからいつもとは違う大きめの牙を出してきて座席の下に置いた。不便な奴だ。

 一度家に帰り運動をして体調を整えてからまた学校へ行く。嫌な臭いは強くなっていた。俺は世話係に注意を促した。奴も緊張しているようで汗の臭いが強くなった。あんまり固くなるなよ、動きが鈍くなるぞ。

 兄妹が他の子供たちと共に学校から出てきた。いつもなら微笑ましい光景だが今日に限っては目障りなだけだ。色々な臭いが混ざり合い、賑やかな子供達の叫び声が周囲の気配をかき乱してしまう。俺は外に出ようとして世話係に指示をする。しかし一瞬遅かった。前の座席に居る世話係に外から男が近寄り鉄の塊を押し付けた。俺は兄妹に注意を促すために大きく叫んだ。

 兄妹はすぐに俺の声に反応して立ち止まる。すぐに逃げれば良いものを、判断力の欠けるところがまだまだ子供なのだ。別の男が二人近づきあっという間に別々に捕まってしまった。

 しかしその様子を見た世話係を脅していた男に隙きができた。世話係は男の腕を鉄の塊ごと中に引き込み腕を折った。骨の折れる軽い音と男の悲鳴が聞こえた。俺は窓を開けるように世話係に指示を出す。すぐに窓が開いたので俺は飛び出した。兄妹を確保した男たちは別の橇に向かって走っている。まあ遅いから追いつくのに苦労はない。しかも兄のタカは弱いなりに抵抗をしているので男の動きは鈍かった。追いつきざまにそいつの膝を噛み砕いてやった。男はたまらず倒れる。後ろを振り返ると世話係が走ってくる、ここは任せたぞと一声掛けて、俺は今にも橇に連れ込まれる妹を追った。

 橇の中にはもう一人仲間がいた。倒れた仲間を見捨てて妹のフジコを押し込んでドアも閉めずに走り出した。橇に閉じこもられると厄介だったのだがな。俺は走る橇のドアから中に飛び込んだ。フジコが俺を見て名前を呼んだ。よしよし無事だな。フジコを捕まえている男が牙を取り出した。光具合でなまくらだと判った。子供を脅かすぐらいしか役に立ちそうにもないな、そんなものが俺に通用すると思ったら大間違いだぞ臭い人間め。

 俺を突こうと手に持った牙を伸ばしてくる。しっかり動きを見きった上で、刃筋を肩の毛皮でそらし牙を持った手首を噛み砕いた。牙は落ち男は悲鳴を上げて傷ついた手をもう片方の手で抑えている。当然自由になったフジコは俺のもとに飛び込んできた。俺は幼い妹をひと舐めして落ち着かせる。もう一人いるからな、運転席の男は俺の方を見て慌てたようだ。おい、ちゃんと前を見ろよ。案の定運転をあやまり橇は街路樹にぶつかった。直前にブレーキを掛けたようで大したショックもなく橇は動きを止めた。

 俺はおもむろに前の席に行き震え上がった男をうつ伏せに前足で押さえつけた。フジコは俺の背中にすがりついている。まだ油断するなよ、他にも臭い仲間がいるかもしれんからな。

 しばらくそのままで居るとあたりが騒然としてきた。うるさい叫び声、おかしな音をたてる箱橇の集団、そして橇の中で痛みに泣く男。堪え性の無いやつだな、ちゃんと手首はつながっているだろうに。

 そのうち周りを同じような格好をした男たちが取り巻いた。敵か味方かわからないが臭い男たちの仲間でもなさそうだ。どっちなんだ、敵か味方かはっきりしろ。俺が叫ぶとひるんだのか皆んな一歩後ずさる、なんだ別に攻撃するつもりはないぞ、臆病者ばかりのようだ。世話係はどうしたんだ、肝心なときに役に立たない奴だ。仕方がないな、俺だけで解決したかったがこのままでは埒が明かない。俺はリーダーを呼ぶことにした。

 俺の呼び声は荒野なら地平の彼方まで届くのだが、あいにく橇の箱の中だ。まあリーダーならなんとかするだろう。妹を舐めてやりたいがあまり気を緩めてもいけない、窮鼠猫を噛むと言うらしいからな。俺は猫のように気まぐれではないからな、足の下の男を威嚇して外を見回しているとやっとリーダーが現れた。遅いぞ。

 「タローよくやったな、偉いぞ」ドアを開けてリーダーが俺の頭をなでてきた。フジコはリーダーの手にすがりついた。下敷きになった男が何かうめいた。

 フジコがリーダーの手にしっかりと抱かれたのを確認して俺も立ち上がり外に出た。周りの男達がどよめいた「黙れ」と俺は叫んだ。そして俺はリーダーの腰に頭を擦り付けた「遅いぞ」

 「すまんなタロー、連絡をもらってすぐに飛んできたんだぞ、これでも」そう思うならもっと褒めろ。

 リーダーは妹をおろし改めて俺とフジコを身体の両脇に挟むようにしてまとめて撫で回した。

 「お父さん!」世話係にだっこされたタカの声が聞こえた。やっと来たのか、お前が一番遅いな世話係。


 侯爵家の孫を狙った誘拐事件はその夜のテレビのトップニュースとなった。政治的背景はなく営利目的と思われること、捕まった実行犯は四人だが他の仲間がいないか追求中であることなどが伝えられた。

 タローはテレビのある部屋で皆んなと一緒にニュースを見た。タローは人間の言葉をほぼ理解できるから自分の活躍があまり語られないことも知った。しかしそもそもそんな何処の誰だかわからない者に承認してもらおうなどという欲求などかけらもない。今はこれ以上の危険があるのかないのかだけが関心事なのだ。

 だからいつもなら自分の寝床に引き上げるのだが今夜はあえて居残っている。


 まったくコイツラはリーダー以外は本当に弱っちい奴らだ。まあ俺が居る限りは大丈夫だからな。

 子供たちはタローに抱きついたまま居眠りをはじめている。

 リーダー・トモノブは世話係ラジェシと今日の反省と今後の対策を話し合っている。

 「困ったものだなあ、なんでうちの子達に目をつけたのかなあ」

 「そりゃあ金があると思ったんでしょうね」

 「それならA家とかB家にしろよな、あっちならもっと簡単に仕事できたろうに」

 「そんなこと外で言わないでくださいね。今名前の出た両家はいつもガードを複数つけていますからね、うちは私だけだと見て舐めたんでしょう」

 「あんなへなちょこの警備員なんか僕でも片付けれそうなのに理不尽だなあ」

 「今回のタローの活躍は良いアナウンスになりますね」

 「タロー様様だなあ」

 もっと俺を褒めろ。ほぼ正確に会話を聞き取ったので俺は小さな声で吠えた。

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