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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 29 ろまんちっくすとーりー

 せっかくの偶然を活かすことで智信と美玲の関係に新展開があるのでは、という期待を少しはしていた祖母夏子なのだが、少しずれた方向に話は進んでいきそうだ。

 どうみても藤子は恋愛対象としての話はしていないのに、こちらのご婦人はすっかり勘違いしているようだ。大体彼女の息子さんが藤子をそういう異性として思っているのなら、この場にいないというのはあきらかにおかしいだろう。というより彼は母親の恋愛脳とでも言うべき悪癖にかかわらないように行動したのに違いない。

 しかしこれは反面教師とすべきだろうな。自分だって考えてみれば智信の女性関係に少々介入しすぎたのかもしれない。ミーサマのことだってそうだ、いらぬおせっかいとは自分のことだったのかもしれない。

 それにしてもあの智信をここまで狼狽させるとは。

 「ねえ王さん。あの豊田さんってどういう方なの」

 問われた美玲は一瞬言葉に詰まった。そういえばちゃんと紹介していないのではないか。幸子のテンションが高くてつい気をとられていたが、まさか自己紹介もしていないのか。

 「いえね、さきほどお会いしてからずっと藤子となにやら意気投合なさって」

 「それで夏子さまと孝信さんは放置され、お茶も冷えたままだったと」

 「とんでもない、ちゃんと美味しくいただいております。そうじゃなくて、ずいぶん智信と親しいようなのですが」

 「ああそうですね。私もよく知らなかったのですが、なんでも高校生のころのお知り合いなんだそうで」

 なにも自分が説明する必要はないだろう、と美玲は思った。この場の主人役としては褒められた態度ではないけれど、あれは放置しておくしかないだろう。とはいえ簡単ないきさつぐらいは話さなければね。

 「あの人は私の同窓生でして……」

 美玲は夏子に対しては幸子の素性と先日の出来事を話しながら、孝信にはお茶とお菓子をサービスし、そして幸子と智信の間で取り残されていた藤子を手招きして呼び寄せる。

 まあこのメンバーなら楽しくおしゃべりができるでしょう、と期待して。

「お父様とお母様が出会ったのってこの近くなのでしょう」

 突然藤子が新しい話題を提供した。

 「暴漢に襲われたお母様をお父様が救い出したのだ神戸の北野坂だったと聞いているわ」

 「え、藤子さんなんのことなの、それは」

 さすがに美玲もこの話には反応した。孝信はあきらかにこの話題にいやそうな表情を見せている。

 「だからね、今のお兄様ぐらいの時に、お母様はお父様と出会ったの」

 「その場所がこの近くだったの?なにそれ、さしつかえなければもう少し聞かせて教えてもらえるかしらフジコさん」

 ああ、この人もこういう話には食いつくのね、と夏子は思った。そりゃあ伊達に長年ズカファンはやってないわ、こんな美味しそうなシチュエーションに飛びつかないわけがないわね。それにしても藤子ちゃんもずっと気にしていたのかしらね。まあ自分たちが生まれてきたきっかけのエピソードだものね。

 少々込み入った話を日本語で説明するのは難しいようで、ところどころ英語まじりでの会話になっている美玲と藤子の間に、つい夏子も加わってしまう。

 「藤子ちゃんは誰からその話を聞いていたの、ダイアナさん?」

 口にしてから気がついた。そんなわけはないだろう、藤子を出産したあとのダイアナはほとんどベッドから離れることはなかったと聞いている。幼い娘とそんなに会話はなかったことだろう。

 「そうです、何度もお話してくれました」

 あらまあ。

 「アイリーンたちからもそのころのことはよく聞いていますし」

 なるほど目撃者も近くにいるわけだものね。

 「藤子、そういう話をあんまりするんじゃないよ」

 だまって聞いていた孝信もついに口をはさんで来た。年のわりに沈着冷静な孝信君にしてはいささか感情的ね。

 「あまりよそ様に言う物じゃないよ、そんなプライベートなことは」

 「まあ、ごめんなさい。ちょっとすばらしい話だったのでついね。孝信さんはこのことを詳しくしっているのかしら」

 美玲は矛先を変更した。

 「そりゃあ少しは聞いていますけど」

 会話の相手が替わったところで、夏子はこのすきに藤子に問いかけた。

 「なあに、孝信さんはあまりこの話題はいやなのかしら」

 「お兄様は恥ずかしがりやさんだから」

 「そうなの、ちょっと意外ね」

 「ずっとね、みんなから聞かされてきたものだから」

 みんなというのはイギリスのお屋敷の人たちのことらしい。どうもダイアナと智信のラブストーリーはお屋敷の関係者全員が知っていて、ロマン小説のように話が練り上げられているようなふしがある。

 だいたい自分の両親の恋愛話なんて男の子としてはあまり聞かされたくはないだろう。でも女の子にとってはある種あこがれのおとぎ話的シチュエーションだものね。

 「おばあさまは知っているの」

 まあね。伝聞ではあるけれど。あなたたちのおじいさまから聞いてはいますよ。

 

 

 

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