診察 26 北野坂お茶会
ハタノ兄妹はお茶をご馳走になっていた。それもスコーンやミニサンドイッチなどが添えられたアフタヌーンスタイルである。
二人は現れた女性に誘導されて家の中に案内された。狭くはあるがちゃんとしたホールのある洋風の住宅なのだがタカノブにはそのあたりを観る余裕はなかった。
「まあ、素敵なお家」
妹のほうは外観や内装の手入れの良さに感心していた。現れた女性の様子から、ここは安全なところという判断がついたのである。
したがってテーブルに案内されてティーセットを前にしても、ちゃんとした礼をすることが出来た。
「突然の訪問になりました、ご招待ありがとうございます」
そして兄のわき腹をひじでつつく。
「あぶないところを助けていただきましてありがとうございます。ぼ、私はハタノタカノブと申します、こちらは妹のフジコです」
かろうじて失礼のないように挨拶をする。
「あらまあ、これは立派なレデイとジェントルマンね。あなたも見習いなさいね」とは二人の後ろからついてきたさきほどの巨漢に対してである。
「あー、ちょっと動いたら腹が減った。もう少し食べ応えのあるものはないの」
「お行儀悪いわね。少しはお客様を見習いなさい」
「はいはい、人をこきつかっておいて報酬もなしかよ」
タカノブはそこで気がついた。
「あの!先ほどはありがとうございました」
「まあ座れよ、お二人さん」
大きな手でタカノブの肩を軽く抱いて椅子に誘導する。
「あなたも自己紹介ぐらいしなさい」
「あー、俺はトヨタコージだ。そこのうるさいおばさんの息子だ。よろしくな」
兄妹に続いて座ろうとしたコージだがすばやくテーブルを回り込んできた母親に片耳をつままれた。
「あなたね、いくらご活躍したからといって少しはマナーのことも考えなさい。じぶんちでもないんだからね」
「痛いよ、ママ。わかった、わかりました。以後気をつけますから」
「まあまあ相変わらず仲のよい親子ね。うらやましいわ」
いつの間にかもう一人女性が現れていた。
「ミレイさん、ごめんね。ちょっとうちの子がやりすぎたみたいで」
「問題ないわよ。お向かいさんも、もっととっちめてやれば良いのよ、なんて言ってたわ」
「でもすごい音してたでしょ。植え込みなんか大丈夫だったの」
「まあ二三本折れてたかもね」
「そうなの、弁償しなくていいのかしら」
「いいのよ、映画みたいだったわ、って喜んでたもの、見物代もらえるんじゃない」
そして兄妹のほうに話しかける。
「あの不良君たち、目をさましたら鼻血も拭かずに逃げてったわ」
最後に現れたのがこの館の主人で、王美玲と名乗った。
豊田母とは高校生のころからの友人で、今日はたまたま豊田親子が遊びに来ていたのだそうだ。
「良いタイミングだったわ。浩二君がいなかったら警察呼ばなきゃならなかったところだったわ」
「近くに交番があるんだからすぐに駆けつけてくれるんじゃないの」
「だめよ、あの人駐車違反にはうるさいんだけど、荒事はさっぱりよ」
「えー、そうなの。うちの近くの交番は結構たよりになるんだけどなあ」
「そりゃ、あなたのところはねえ。なんたって本家が近いからねえ。警察だって負けてられないでしょ」
ちょっと二人の会話には割り込めないタカノブであった。
フジコといえばお茶のサービスを浩二から受けながらおしゃべりをしている。
「そうか、やっぱりハーフさんなのか。肌が白いのはお母さん似なのか」とか。
「ああ、向こうは夏休みが長いんだな」とか。
「いや、お兄さんもなかなかだったぞ。チンピラ三人を相手にして、びびっちゃいなかったからな」などという会話が聞こえてくる。見れば頬を少しばかり赤らめながら、フジコは楽しそうに話しているではないか。この猫かぶりめ。タカノブは一人冷えかけたお茶を飲んでいた、のだが。
「ところでハタノさんとおっしゃったわね」
「どちらのハタノさんかしら」
突然話題が振られてきた。
二人からかわるがわる質問をあびせかけられる。
「やっぱり。なんとなく似てると思ったのよ」
「そうね。口元なんかそっくりだわ、若いころに」
そう言って二人は目を合わす。
「あなたご存知なの」
「あなたこそなによ。若いころって」
そしてそろって声を落とし、早口の会話を交わしだした。
「だってつい数年前にお会いしたわ」
「なによそれ、わたしなんか二十年前の話だわ」
「それって、ひょっとして、あなた」
「そうよ、霧の中の彼よ」
「あれって実在してたの。あなたの妄想上の人じゃなかったの」
「なんですって、そんなふうに思ってたの。失礼しちゃうわ。ちゃんと証人だっているわよ」
「驚いた、二十年目の真実現るね。だって皆そう思ってたわよ、先生だってそんなこと言ってたもの」
「酷いわね、人のこと妄想少女みたいに」
そしてあらためてタカノブは問いかけられる。
「じゃあ智信さんは今大阪にいるの?」
なんだよこの人たち。




