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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 25 北野坂にて

 タカノブとフジコは三人連れの少年たちに絡まれていた。

 不案内なくせに、適当に歩いた挙げ句がこれだ。

 「痛い目に会いたくなかったらおとなしくせーよ」

 「あんまし脅かしたらあかんぞ。ビビらし過ぎてションベン漏らしたらどうすんねん」

 「おとなしく貸してくれたら何もせーへんからな」

 タカノブは身長こそ伸びてきてはいるが、所詮は十五歳の少年だ。身体つきも細い。不良たちが目をつけるには手頃すぎる獲物だったのだ。

 タカノブはとりあえずフジコを後ろにかばってはいるが、どうすれば良いのか対応に極まっていた。正面の一人を倒しても左右のどちらかがフジコに手を出して来るだろう、そこでどちらかを相手にしても残った一人がフジコを確保してしまう、自分の力では三人同時には対応出来ないだろうし…

 「なんや、カツアゲしとんのか」

 タカノブの上の方から突然声がかかった。

 二人が背にしていたのは建物を取り囲む低い石積みを土台にした植え込みだった。思わず声のしたほうを振り向くと、その植え込みの上から男の顔が見えた。不良たちよりも少し年上なのか、ニヤニヤした表情は大人びているようだ。

 「お前らこんなとこでそんなんしとったらあかんで、どっから来たんや」

 声をかけられた不良たちは一瞬とまどったが相手が一人と見て「うるさいわ、だまっとれ」と怒鳴り返した。

 「ふーん、そうか」

 男はそうつぶやくと声も出さずに植え込みを飛び越えて不良たちの前に着地した。タカノブからすると、突然地響きとともに目の前に壁が出来たようなものだった。

 石積みは低いとはいっても自分の身長ぐらいはあった。その上の植え込みだって一メートル以上はあるだろう。つまりは三メートル近くを軽々と飛び越えてきて平然と立っているのだ。しかもタカノブと違ってがっしりとした重量級の体格である。

 「お前らここらのもんとちゃうやろ、カツアゲやったらもっと下のほうでやらんかい」ようはそういう悪いことは三宮や元町あたりの繁華街でやれということである。

 「うるさい、どこでなにしようと俺らの勝手じゃ」

 気おされてはいるが不良たちとしても口で負けるわけにはいかない。

 「勝手ならしかたがないな」言いながら身体も動いていた。

 一般的に不良の喧嘩はまずののしり合いから始まる。そこで少しずつ相手の素性や力量を測り、勝てるかどうかを判断していく。強い言葉を繰り返し出していくことで自分の気力も上がるし、相手が少しでも怯めばその隙をついて攻撃もできる。なにより向こうが強そうならうまく引かねばならない、言葉のジャブの応酬は大事な前哨戦なのだ。

 だがその常識は通用しなかった。

 男は意味のあるのかないのかよくわからない罵声をあびせる正面の不良にさっさと詰め寄って、なにごとが叫んでいる口の上にある鼻をねらって頭突きを放った。

 一瞬で意識を失った不良の胸ぐらをつかんで振り回すように向かって左にいた仲間に投げ飛ばす。飛んできた仲間を避ける余裕もなく受け止めているのを横目で見ながら右に棒立ちになっていた不良の腹に向かって肩から低いタックルをかけた。

 車道とはいえ住宅地である。狭い車道の反対側も住宅の壁がある。そこにタックルをかけられた不良は背中からぶつかり胃液を吐き出しながらそのまま倒れた。

 ほんの数秒の出来事である。

 鼻血で顔を血まみれにしている仲間を抱きとめていた残りの一人は、一瞬で起こった惨劇に身体を震わせていた。

 だが阪神間で不良をしていれば血や修羅場に多少は免疫がある。ただ圧倒的な暴力の差に判断停止に陥っていたのだ。ここで孵抜けていては次は自分が危ない。血まみれの仲間を突き飛ばすと住宅地の坂道を走り出した。とにかくここから逃げ出さねばという一心で。

 「おい気いつけて走れよ、危ないぞ」下り坂を走るのは慣れていないと意外に難しい。案の定三十メートルほど走ったところで足をもつれさせて盛大にひっくり返っていた。

 「おとなしく殴られてたほうがましやったんちゃうか」

 あわてて起き上がった不良は足を痛めたらしく片足を引きずりながら、それでも振り返りもせず逃げていく。

 「まあええか」

 男はタカノブとフジコのほうに振り返った。

 「君ら大丈夫か、って。わりと平気そうやな」

 タカノブは妹をかばう姿勢を解いていないし、フジコは興味津々という顔つきでにっこりと微笑んでいたのだ。

 顔を見合わせた三人の頭上から、今度は女性の声が降ってきた。

 「何もう終わっちゃったの。あらあらひどいことになってるわね」

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