診察 24 夏休み前
大阪の夏は暑い。生まれて以来ほとんどを過ごしてきた英国と比較すると、とてもではないが同じ夏という言葉で同一の季節を表現しているとはとても思えなかった。
孝信は6月の段階で既に暑気あたりになっていた。数日に渡って学校を休んだほどである。
基本的に努力家気質なので祖母による甘やかしにも耐え、すぐに体力を回復させて復帰したのだが、さらなる災厄が襲ってきた。
妹である藤子の襲来である。
「お久し振りです、お兄様」
完璧な日本語である。発音にイントネーション、ちなみに父智信のような関西なまりもない。
「お帰りになる様子がないのでこちらから押しかけてきました」
孝信は思った。
女の子は怖いな。年齢は関係ないな。
同級生だってそうだ。男の子たちはどんなに頭の良い奴だって、付き合ってみれば興味や能力は自分とそう違わない。でも女の子は違う。ませてるとか言うやつもいるけど、すこし違う。精神年齢とかが自分たち男の子とはしっかりと違うんだ。
自分の素性が明らかになって以来、女の子たちの自分を見る目が変わって来ているし、クラスや学年が違っても話しかけられることが多くなった。
だから年齢は関係ないんだと思う。藤子もしばらく見ないうちにすっかり変わったような気がする。
「そんなこと言ってもこちらはまだ学期が終わってないんだよ」だからイギリスへ帰れるわけがないじゃないか。
「あら、そうでしたか。私はもう夏休みですからちょうど良いと思ったんですが」
ああ、もう完全にわかって言ってるよね。
「だって、フジコ寂しかったんです。お兄様だけじゃなくてお父様まで帰って来ないし」
寂しそうに一瞬視線を下に向け、そして兄を見上げる眼には涙が溢れ…てはいなかった。
「だから遊びにきたんです!」いきなり英語に切り替えてそう言った。なるほど英語だと幼い顔に戻るのか、器用な奴だ。まあせいぜいエンジョイして下さい。
ところで藤子は一人で来日したわけではなかった。エマとタローが同行していたのだ。
そりゃあハタノファミリーが全員揃っているんだから当然のように君たちも付いてくるよね。これでラジェシさんがいれば全員集合だな。
「明後日にはこちらで合流ですよ」
彼は東京に行っているらしい。そういえば英国航空の日本直行便は大阪に寄ってから東京まで行くんだった。仲良く同じ便で出発したようだ。
例によって東京ではチャリティー講演を行うんだろう。
「今回はお父様も参加なさるそうです」
本当に全員集合になってしまうようだ。祖父母も喜んでいるからいいけどね、さすがに手狭じゃないかなあ。
急遽祖父母は応接間を片付けて僕たち兄妹とエマを押し込み、父の部屋にラジェシとタローを配置することにした。エマは少し抵抗したが、祖母は断固として押し切った。
僕たちに異論はなかったが、タローは違ったようで、昼はラジェシが散歩などの相手をしていたが、夜になると僕たちの部屋に滞在した。
そうやって賑やかな夏が始まったのだ。
「お兄様遊びに行きましょうよ」
「僕は今勉強中だからね、外に行きたいならエマと行けばいいじゃないか」
そもそも現在は期末テスト期間中なのだ。
「エマと歩くと色んな人が付いてきて鬱陶しいんです」ああ、そういうことね。
「ラジェシさんに頼んだらどうなんだ」
「彼も忙しい身ですから」日本に滞在していると仕事がどんどん増えていくそうだ。
「お願いすれば嫌とは言わないでしょうが」
「そうだな、お嬢様のワガママに付き合わせるのもな」
「タローでも良いのですけど」それだと行けないところも出てくると。
「試験中は早く帰って来れるんでしょう」そりゃそうだけど、と考えかけたところで失敗に気づいた。
「お兄様はやっぱり優しいわ、行ってみたいところのリスト作ったの、無理はしないでくださいね」
なんだこれ、大阪だけじゃないじゃないか。奈良や京都なんか行ってたらどんだけ時間かかるんだよ。
まあ神戸ぐらいならいいか。




