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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 23 スミレの述懐

 定期公演が終わろうかと言う頃になると、必ず組内で打ち上げの慰労会を行う事になっている。要はお酒も出る宴会なのだが、恐ろしいことに下級生は余興を行わなければならない決まりがあるのだ。

 かくし芸というよりは、寸劇を演じることが多いのだが、何しろ観客は上級生、いわばその道のプロである。生半可な出し物では済まないのだ。

 そもそも新人時代は何かと忙しいのだ。出番が少なくとも本公演はあるし、新人公演も控えている。第一基礎練習の課題などいくらでもあるのだ。

 そんな中で、この余興を準備するというのは大変なことなのだが、代々連綿と行われて来たものであり適当に済ますことなど決して許されるものではなかった。


 スミレが余興でその役を演じたのは入団二年目のことだった。


 とにかくがむしゃらに過ごした一年目。そして後輩たちが入ってきて、やっとそれまでを振り返ることが出来たのだが、当初の理想と現実のあまりのギャップに愕然とした二年目。綺羅星の如くに輝く先輩たちと、溢れんばかりの才能をみせつける後輩たちに挟まれて時に絶望感に苛まれた事もあった。

 それでもがんばれたのは何故だろう、案外お気楽に過ごしてきた十代の経験が支えてくれたのかもしれない。結構好き勝手させてもらったものな。英国留学までしちゃったし。まあ兄ほどの無茶はしてないけど。

 「ねえ、ボーッとしてないでちゃんと考えてよ」

 いけない、集中しなきゃ。

 忙しい予定の合間を縫って私達は相談ごとをしていたのだ。

 ここは一年上の先輩のマンション。集まったのは数名の有志たち。つまりは余興のネタ作りを行うのが目的なのだ。

 中心になっているのは脚本担当の先輩。なにしろテーマが決まらないので少々焦り気味である。

 「スミレ、あんたなんかないの。大阪生まれなんだからネタの一つや二つ出せるでしょ」

 「大阪人なら誰でも漫才が出来ると思わないでください。うちの家系は代々真面目なんです」

 ん、家系?家系ねえ。確かに両親は真面目だし、兄も。

いや兄は真面目なのかな。医者で大学教授で、でも実家にいる時は作曲ばかりしてたり、何人も女の人が訪ねてきたりするし。イギリスでは真面目そうだったけど、でもそもそもダイアナさんと結婚しちゃった事自体は随分と軟派なんじゃ。そういえば実家の押し入れには漫画雑誌がいっぱいあったしな。ちょっと古いけど男の子用の漫画は新鮮で面白かったな。ああそうだ。

 「先輩、六つ子しましょう、六つ子」

 「なによそれ」

 「ですからきんちゃんみたいなセットにして、こたつでも置いて松野家の夫婦がいて、そこに六つ子が順繰りに現れて……」

 そうだ、シチュエーション・コメディにすればいいんだ。

 「おそ松くんね」

 「ちょっと古くない」

 「私あんまり知らないんだけど」

 「赤塚不二夫ならアッコちゃんのほうがいいな」

 それまでの沈滞したムードが一変して意見が飛び交うようになった。

 

 そもそもで言えば「おそ松くん」というのは、私達女子の間では特に人気があったわけではない。同年代では雑誌の連載もなかったし、だいたい男の子の漫画雑誌ってあまり見なかったしね。アニメもあったようだけどちょっと古くて再放送も私は見ていない。

 でも登場人物のキャラクターが面白くて、イヤミだのチビ太だのは誰でも知っているだろう。ゴジラまでシェーってやってたし。

 そうそう、あの個性的なキャラクターに扮装するだけでも笑いがとれるよね。べつにニャロメとかお巡りさん出したってかまわないよね。

 となるとデカパンやダヨーンの人は娘役連中にさせて思いっきりはじけさせよう。六つ子は意外と動きがないから男役の子たちにふって、あえておとなしくさせる。こうなるとイヤミとチビ太が大事なポジションだなあ。ここは将来のトップ候補である先輩にさせて舞台ネタをパロってもらおう。


 「で、あんたは誰になるの」

 いや私は、あ、考えてなかった。

 しまった、トト子でも確保すべきだった。

 「じゃああんたはハタ坊ね。んー最後にダジョーって言わせればシメになるわね。スミレ、これ結構重要な役回りよ」

 

 私は白塗りメイクのうえに、頭に旗を立てて余興の舞台に立った。ショートコントの最後がスベっても、私が出て「ダジョー」といえば観客は大笑いだった。

 余興が終わり宴会に突入してもメイクを取らないのはお約束だ。私は組内のスター様たちにいじられまくり、頭にはお箸やフォークなど色んなものが刺さった。

 まあいいでしょう、受けてナンボの余興です。

 ああ、しかしこの時の写真が出回るとは。

 「私も持ってるわよ」ってミーサマやめてくださいよ。絶対に実家に持ち込まないでください。

 あかんわ、他の先輩様たちが山のように持ち込んで来た。

 もう当分の間、実家には帰れないな。

 「お前コメディエンヌに向いてるかもしれんな、プロデューサー紹介してやろうか」

 兄ちゃん、もう作曲の手伝いなんかしてあげないからね。

 

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