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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
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診察 22 スミレ実家で笑われる

 スミレは久しぶりに実家に帰ってきていた。

 宝塚から大阪の実家までは電車で一時間もかからない。入団して数年が経った今のように慣れてくると、実家住まいも悪くはないのだが、スミレはそれだけは避けたいと考えていた。

 ここは環境が良くない。

 なにしろ母親は筋金入りのヅカファンだ。サロンまで作って運営しているのだ。交友範囲は広く組に関係なく大物の先輩方がしょっちゅう出入りしている。そんな実家にいては仕事中より緊張しかねない。

 今でも実家に帰る前には必ず来客の有無を確認して、先客がありそうなら近寄らないようにしているくらいなのだ。

 だから油断していたのだ。今は母親以外にも要注意人物が実家に居るんだった。

 「スミレちゃん、久しぶりね」

 実家の玄関を開けて「ただいまあ」と無防備に大声で入っていった私を迎えたのは、誰あろう大物先輩の一人「ミーサマ」だった。

 私は「お腹空いた」と言おうとしていたのだが、「お」だけ発音してその後を必死でこらえた。ただし口は「お」の形で開いたままだった。だからその後に無理やり言葉にしたのが「お、おじゃまします」であったのも無理からぬ事だと思うのだ。

 「なにバカなこと言ってんの、挨拶ぐらいちゃんとしなさい」

 母もいたのか。

 「失礼しました、ようこそいらっしゃいませ」

 二人に爆笑された。

 ミーサマは現在医者である兄の患者として治療中なのだ。検査や治療そのものは近くの大学病院にお願いして施設を利用させてもらっているそうだ。だから母の客ではなく兄の関係なのでここにいてもおかしくはないのだ。

 兄は業界では結構有名人らしいのだが、日本で就職する気はないらしい。帰国直後はともかく、治療が順調に進んでいるらしい近頃は毎週のようにイギリスと日本を往復している。大学で講義を行い、病院勤務もこなしているらしい。

 よくそれで身体を壊さないものだ。 

 「休む暇はあるの」と聞いたら「飛行機の中でで十時間以上寝るから」と真面目な顔で答えてきたのには呆れた。まあ昔から長時間労働に強い人だったけどね。それ故と言うかなんというか、私には兄のスケジュールは全くわからない。お昼に電話して不在だからといっておやつの時間にいないとは限らないのだ。

 で、今は実家に滞在中。で、問診を済ませたミーサマもいらっしゃる、と。

 事情を知らなきゃ完全に出来てると思うわね、このお二方。

 その兄は何をしているのかというと、診療を済ませた患者様を放ったらかして部屋にこもってしまったようだ。全く物事の重要度というものをなんと心得るのか。

 私は兄の部屋に向かった。

 ドアを開ける前に仲の様子をうかがう。ギターを弾いているらしき音が聞こえたのでノックもせずにドアを開けた。

 「もう、お兄ちゃん何してんのよ、ミーサマ放ったらかして」

 兄は無作法に入ってきた私を見て嬉しそうに微笑んだ。

 「なんだ今日はお休みか。ちょうどいいな、ちょっと手伝ってくれ」

 書き散らかした五線譜があるところを見ると作曲中ということか。

 両親はこれをしている兄には近づかないようにする。集中を乱してはいけないと気を使っているのだ。でも私は気にしない。そんなのは一人の時にすればいいのだ。家族がいる時は、特に私が居るときはこちらを優先すべきなのだ。ちっちゃなときから私はそう思いそう行動してきた。

 「三春さんならお母さんと何か話し込んでたぞ、大事なことのようだからお前邪魔しちゃだめだぞ」

 大事そうなことならあなたも関わったらどうなのか、おおかた英国公演のことでも話題にしているんだろうから兄さんも加わればいいのよ。あっちの芸能事情にも詳しいんだから。

 「いや、僕はその方面はだめなんだ。いつだったか友人を紹介したけどうまく行かなかったようだし。あまり素人が口出ししちゃいけないだろう」

 兄さんは素人じゃないと思いますけどね。

 兄を部屋から引きずり出して母たちと合流。なぜか話題が私のことになり、母が最近の私の演技について注文をつけ始めた。ミーサマといえば私達の組の舞台をご覧になっていなかったようで、母の解説を真剣に聞き入るばかり。だめですよ、こんなミーハーの言うことまともに取り合っちゃ。

 「そうだ、スー坊ちょっと手伝ってよ」

 見かねた兄が話題を変えてくれる。ここはこれに乗るべきだな。

 兄は採譜が苦手らしくて私をよく使う。高校生でデビューした頃はコード進行だけであとは口頭でやっていたらしい。トーコさん大変だったでしょうね。

 ダイアナさんとは二人で楽しくやっていたらしいからごちそうさまです。おかげで五線譜は苦手なまま今日に至ると。まあいいけどね。

そうこうしているうちに孝信君が帰ってきた。

 彼は本質的に行儀が良い。英国貴族のもとで育っただけのことはある。当初怪しかった日本語も今はもう完璧だ。大阪弁に染まっていないだけ、私よりもきれいな言葉で話す。そして私やミーサマがいても動じる様子もない。

 「三春さん、姉さんいらっしゃい。今日はお二人共お休みなんですか」

 話題の振り方も如才ない。適当な近況話をしていると「お姉さんってハタ坊なんですか」突然そんな事を言ってきた。

 そうなのだ。ミーサマなんかは「スミレちゃん」とか呼んでくれるのだが他の先輩方は私のことを「ハタ坊」と呼ぶ。その呼び方は徐々に浸透し、ついにはファンの皆様方にも伝わってきている。

 私達団員には正式な芸名以外に愛称・呼び名というものがある。舞台ときに掛けられる声援にも使われるし、団員どうしの会話でも普通に使われる。大体は本名をもじったものが多いかな。だから私が波多野のハタ坊でもちっともおかしくはないのだ。だが。

 「聞いたぞ!お前慰労会でコスプレしたんだって」

 突然兄が大声で笑いながら言ったのだ。

 「何よコスプレって」

 「いや、なんだ、仮装でいいのか。とにかく頭にちゃんと旗立てたんだって」

 なんだ、そんなところに兄の笑いのツボがあったのか。

 「いけませんよ、そんなに笑っちゃ。とっても可愛いかったんですから」

 そうなのだ、あのときは写真を撮られて他の組にもしっかり見られていたのだ。組内だけの打ち上げ慰労会だったのに。

 「お前せめて六つ子の一人にはなれなかったのか、トト子ってわけにもいかなかったんだろうな」

 そんな競争率の高いところはくじ引きで外れました。それにメイクで顔をつくるから別に平気だったし、一言「ダジョー」って言ってれば良かったし。

 「まあいいじゃないの、私はそのあだ名好きだわ」

 「いや、お母さんはあのキャラクターよく知らないでしょ。もう雑誌は全部捨てちゃったしなあ」

 そんなもん見せなくてよろしい。

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