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ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
21/35

診察 21 バックステージにて

 久しぶりの公会堂だ、それも大ホール。音響は悪いし、ステージは狭いし、バックステージなんか……。でも高校生の頃のあこがれの場所だったからね。客席の柄は相当悪かったけど。

 今回の企画は相当関係者に無理を言ってしまった。なんたってデビュー当時の雰囲気でやりたいから共演者を集めてっていうところから相当無理があるよね。大体メンバーだった範子だって最初は嫌がったものね。

 「もうトーコさん勘弁して下さいよ、私何年ステージご無沙汰してると思ってるんですか」

 電話の向こうでは尾崎範子が結構マジで怒っていた。そう言うけど私らグループとしてはまだ解散してないからね、確か大阪の先生の事務所には籍が残ってるらしいし。

 ガルファンの二人は現役だし、面白がって出るよって言う連中もいるしね。まあそのあたりは関西のノリでって言うことだ。

 ステージのバックには「全関西フォーク大会」って模造紙に一字ずつ書いて横に並べた昔風の垂れ幕というか横幕が大きく出ていた。その下ではおっさんたちが騒ぎながら紙に文字を書いている。

 「闘争勝利はいいとして、沖縄奪還と安保粉砕は外せんだろう」

 「何を言うか、そこは解放だろうが」

 「やっぱり世界同時革命で行こうや」

 何もめてんだか。客席より関係者の柄を心配するべきだったか。

 「トーコさん大丈夫なんですか」

 マネージャーが心配そうに言った。いいじゃないの皆んな懐かしいんでしょ。

 客席でも今夜のステージに出演してくれる酔狂な連中が騒いでいた。

 「おーい、打ち合わせをやるから注目してくれ」

 運営がそんなこと言っても誰も聞きゃあしない。

 「チケットは売り切れで立ち見もあるそうですよ」

 それは良いわね、大入り袋出しましょう。

 用意してもらった楽屋に行くと皆んな揃っていた。ガルファンの二人、尾崎範子そして波多野くんだ。

 いくらノリは昔風でも入場料をいただくんだからね、このメンバーだけでもちゃんとやりますよ。バンマスも呼んで打ち合わせを行った。

 ステージは大受けだった。

 「皆さんこんにちは、私達TNTです」

 そうMCから入ると客席が大歓声に溢れた。おお皆んな知ってくれてるじゃないか。東京じゃこうはいかない。私のデビュー当時のグループ名なんてたぶん誰も知らないだろう。でもデビュー当時の曲は知ってもらってるとは思うんだけど。

 「じゃ聞いてください」タイトルを告げてすぐに演奏に入る。

 私と波多野くんで交互にボーカルをとる。昔はともかく、今は絶対私の声のほうがいいんだからね。伊達にボイストレーニング続けてないんだから。

 三曲やって私達はステージから引っ込んだ。ここからはの舞台は目まぐるしく変わる出演者たちによって盛り上がった。客席もかなり出演者たちの身内が多いようで、舞台上とのやり取りがあったりして賑やかだった。

 最後にまた私達が出て、トリとして歌うことになっていた。今度はTNTとしてではなく私、坂本塔子として歌った。もちろん範子と波多野くんはバックミュージシャンとしてすぐ横に並んでもらった。

 途中でちょっとしたハプニングがあった。

 「スイートホーム」という、これもご多分に漏れず波多野くんの曲だったから打ち合わせも簡単だった。たしかダイアナさんもステージで歌ったことがあったので英語の歌詞もある。波多野くんのバックコーラスを英語で入れてもらうことにしたのはそのためだ。

 ワンコーラス目はなんの問題もなかった。

 ツーコーラスのサビに入る直前のところで波多野くんの声が止まったのだ。

 私も長年のツアーというドサ回りで伊達に鍛えられているわけではない。ステージ上でトラブルがあれば歌っていてもすぐに気がつくし、大概のことは対処できる自信もある。突然の停電にだって対応したこともあるぐらいだ。

 だからマイクトラブルかと思ってそっと横を見ると、思わず私も息が詰まりそうになった。なんと波多野くんが泣いていたのだ。口が半開きで声を出そうとはしているが、涙が溢れていて全くコントロールできないようだ。範子ももちろん気づいていているが、どうにも出来ないなあれは。

 動揺したが歌いきった。予定にないMCを入れながら様子を伺うと、範子がマイクをいじって首をかしげたりしている。機材トラブルの振りをしているのだ。波多野くんはすまなさそうにOKサインを送って来た。

 その後はうまく進行し、ステージに出演者全員が現れてエンディングとなった。

 この後にTV中継が入って、私は生中継で歌番組に出演した。

 TVの方の司会者に妙にいじられる波多野くんが面白かった。


 「ゴメンねトーコさん」楽屋に引き上げてすぐに波多野くんが謝ってきた。

 「どうしたのよ、歌詞忘れちゃったの」

 「いやそうじゃなくて、突然感情が抑えられなくなって」

 「なによ、私の声に今更ながら感動してくれたの」

 「いやそんな、あ、でもある意味そうかもしれない」

 理由を聞くと私ももらい泣きしてしまった。


 「トモ、それはトーコに送る曲なの?」

 ダイアナが紅茶を飲みながら聞いてきた。アフタヌーンティーの最中だったが一気に完成させてしまおうと、作りかけの曲を仕上げていたのだ。

 原曲は、冷蔵庫の中で凍りかけていた愛を歌ったもので、トーコさん用にアレンジしたものだ。好きな歌詞なのであまり変更を加えたものではない。

 メロディをダイアナが気に入ったようなので、歌詞を英訳しながら歌い直す。全体を理解したダイアナが歌詞やメロディに変更を加える。

 「いい感じね、私も歌いたい」今のダイアナとはイメージが違うような気もしたが、本人が良いのなら反対する理由もない。

 そしてこの曲は日本語版をトーコ先輩が歌い、英語版をダイアナが歌うことになった。トーコ先輩の方はスマッシュヒットにはなったようで、これをタイトルにしたアルバムも出したらしい。ダイアナの方はステージで何回か歌ったのだが、シングル・カットはしなかった。やっぱり曲調が他の曲と違いすぎたのだ。

 そして年月が過ぎ。日本語バージョンに英語の歌詞でコーラスをつけることになった。

 ~そして暮らそう百歳になるまで

 このフレーズをダイアナはどういうつもりで歌ったのだろう。二人で仲良く歳を重ねてここで暮らしていこう、という歌詞をどんな気持ちで歌っていたのだろう。それだけが彼女の望みだったのだ。きっと。

 なのに叶えてやれなかった。なんだよ僕たち俺達、三人がかりでなんて馬鹿なんだよ。

 僕の中で三人分の感情が爆発した。もちろん身体に変化はない、頭が弾けるわけもない。

 ただ声が出なくなり、涙が一気に溢れた。

 それだけのことなのだが、トーコ先輩には迷惑をかけてしまったな。


 ダイアナさんが歌っていたのを思い出したって、なんなのそれ。これって二人の合作だったの?じゃあ曲の解釈が違ってこない、これ。

 私と範子が泣き出すと、横で様子を伺っていたガルファンの二人も抱きついてきて一緒に泣き出した。他に関係者もいるというのに。

 誰よカメラ回してるの。あとでテープ取り上げるからね。

 


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