診察 18 付き人
「それでは表彰式を行います」
凍結した湖の上に数百人の人々が集まっていた。
高さ数メートルを超える氷で作られたモニュメントが立ち並び、小規模だが遊園地のような施設さえ用意されている。凍結した湖面の上に。
「何度見てもとんでもないわね、突然氷が割れて皆んな落っこちちゃうとか考えないのかしらね」
物騒なことを言うのはエマだ。その横におすわりしている犬のタローも小さな声で吠えた。
「大丈夫、俺が走っても割れないから」とか言ってるんだろう。
犬はともかく、小型とはいえ飛行機が発着するぐらいだから余程分厚い氷には違いない。釣りをする人が氷に穴を開けるのに苦労しているのをよく見かけるものね。釣りのハイシーズンには専門の穴あけやさんがスタンバイしているぐらいだ。
「フジコ出番だよ」
私を載せた犬ぞりが走り出した。
ほんの数十メートル走るだけなんだけれど。
雪を固めて作られた小さなステージの上では式典が始まっている。私の役目は優勝者の首に記念のメダルをかけることなのだが、年々やることが大げさになっているのだ。
最初はその場の思いつきのようなものだった。メダルだって用意していなかったから銀のスプーンを紐にくくりつけたものを、ビールケースに乗った私が優勝した人にかけてあげたのだ。場所だってホテルのレストランでお酒を飲みながらの余興だった。
それがわざわざ会場を作り、ちゃんとしたメダルを用意して、ついでに私に芝居がかった衣装を着せて、ついには犬ぞりにまで載せられてしまった。
氷祭りの参加者の中からその年の優秀者を投票で選び、伝説の氷の女王が表彰する、というお話が作られて、私は毎年そのためにここに来る羽目になった。まあ楽しいから良いけれど。いつも一緒に来るタローもエマもなんだかんだ言って嬉しそうだし。
さて今年の優勝者は、あら女の人だ。片膝をついてかしこまっている。私は手に持った模造の剣を彼女の肩にあて適当なことを言う。それからメダルを掛けて彼女の手を取り立たせてあげる。町長が副賞のカードを手渡す。
これだけのことなんだが、妙に人気があってテレビ局や新聞社の取材も増えた。見栄えが良いものね、湖の上の氷のモニュメント。小さな彫刻から大きいのは本当に泊まることの出来るホテルまで、様々の作品が並ぶ氷祭り。
私はこの表彰式で、氷の女王を演じるために毎年呼ばれて来てるんだけどいいのかな。最初は父や兄も一緒だったのに、今年なんか一人だよ、兄さんは日本に留学中だし、父様は、えーと今何処なんだろう、なんか患者さんと一緒にどっかにでかけたままだ。まったく。タローとエマがいるからいいけどね。
ちなみに町長が渡していた副賞はサウナと温泉の無料カードです。それも生涯有効だよ。
「一年とか回数券とかじゃケチくさいだろ」と町長は言ってました。太っ腹ですね。
「そんなもんどうせ年に一回ぐらいしか使いに来れないんだから、いっその事参加者全員に配ったらどうなんだ」とはローラおばさんの言。いつもお世話になるホテルのオーナーさんだ。
「やめてくれ、そんな物騒なことを言うのは。温泉はまだ赤字なんだぞ」
トーベ町長は真剣に恐れているようだ。幼馴染のローラおばさんがその気になれば祭りの商品ぐらい簡単に変更されかねない。
温泉施設は最近になって完成したばかりだし、サウナもそれに伴って拡張された。もう以前のように混浴じゃなくて残念だ、とは犬と馬の世話をしているおじさんたちの世間話。以前は男も女も同じ小屋でサウナに入り、熱くなった身体を側の湖や凍って入れない時は雪原に、みんな一緒に飛び込んでいたものだそうだ。
そのころの写真は何枚もパネルになって施設やホテルのレストランの壁を飾っている。
赤ちゃんだった頃の私が写っているのもある。サウナじゃなくて兄さんと一緒に犬ぞりに乗っているところだ。
サウナのには実は父様が写っているのがある。ローラおばさんがそっと教えてくれたのだ。兄さんや父様には内緒だ。だって十人ぐらいの男女が素っ裸で雪原に飛び出してるところだもの。あんまり娘には見られたくないだろう。当分は私だけの秘密にしておくのだ。
飛行機の中でくしゃみをしてしまった。
「毛布をおもちしましょうか」
CAさんに声をかけられてしまった。
「大丈夫ですか、少しお疲れなんじゃ」
隣の席で寝ていたはずの三春さんにまで話しかけられた。
「とんでもない。貴女こそしっかり休んでくださいね。日本に着いてしまえばしばらくお休みが取れないんですから」
空港に着いたらその足で会社に行きます。と、三春さんは決めている。体調の不安がとりあえず解消出来たのだから、少しでも早く報告と練習への復帰をしたいとのことだ。
「身体を使っているのが一番安心出来ますから」
まあそれも一理あるな。短期間とはいえ主治医として同行する身としては変化は少ないほうが良いと思うしね。
「付き人が出来たんですか」
報告に付いていったら理事長さんにそう言ってからかわれてしまった。
まあ、そんなもので済めば御の字です。




