表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドクターハタノの優雅な日常  作者: ふくろう亭
14/35

診察 14 忙しい人達

 ラジェシは新しく開校した小学校の入学式に来ていた。

 来賓というのか、実質的なオーナーとして子どもたちを迎える立場なのか、自分でもよくわからないのだが、とにかく式場である学校の校庭でタローと共に立っている。

 立っているのは椅子がないからではなく、うまく言えないのだが、子どもたちを前にしていると座っている気になれないのだ。タローも前足をピンと伸ばした気おつけ姿勢だし、別に立っていても苦痛ではないし、礼服の代わりにグルカ大隊の制服を着ているし、まあこのほうが気分が良いのだ。

 これで五つめになる。

 今回の学校は故郷の村から100km以上離れた場所にある。

 毎年のように学校作りを行っていると、もう自分の仕事はなんなのか分からなくなってくる。

 建設費と維持費の段取りは確かに自分が行っているのだが、何故破綻もせずに上手く行っているのかというと、よく解らないというのが正直なところなのだ。

 資金作りの内情といえば、まず寄付金集めだ。主に英国各地を講演会やチャリティパーティで回り、スピーチをしていろんな人々と握手をして小切手や現金を集める。最近は英国以外にも足を伸ばし、先月などは日本にまで行っていた。

 それから自分の給与収入からの持ち出しだ。毎月の運営費はこれが頼りだったりする。固定経費を確実に捻出するのは健全な学校運営には大事なことだ。

 そしてドクターからの寄付金がある。

 「あぶく銭が出来たよ」

 そう言って不定期に結構な金額が提供される。

 これらを侯爵家のジェームズさんの差配で運用したり分配したりして学校建設と運営が出来ている。

 なんでこうなってしまったのかはよく解らないが、子どもたちの喜ぶ顔を見ているとこれでいいのか、と思ってしまう。

 ドクターも「人生はなるようにしかならないよ」と言ってくれているのでそんなものかと思うようにしている。

 同じこの制服を着ていても、ライフルを担いで走り回るよりは善き人生には違いないだろう。

 しかし給与というのは何に対してのものなのだろう。ドクターに聞いても「前からそう決まっているからね」としか答えてくれない「タローも世話になっているし」とも。

 犬の世話など随分としていないのだが、いつも当たり前のようについてきてくれているので相棒なのは間違いないだろう。

 しかしどう考えてもこういう時に、ここにいるべきはあのドクターであるべきではないのかと思う。

 あ、かわりに立っているのが自分の仕事なのか、そんな馬鹿な。

 タローが小さくたしなめるように吠えた。


 ついくしゃみが出た。医者のくせに不養生な、とは思ったが、出物腫れ物所嫌わずとも言うしね、と思い直した。しかし英語ではどう表現すればよいのだろう、などと益体もないことを考えていると隣から話しかけられてしまった。 

 「どなたかドクターのことを噂なさっているのでしょうか」

 思わず話しかけてきたナースを見てしまった。

 見つめられたナースは「先日患者さんの家族の方がおっしゃっていたじゃないですか」と少しばかり頬を染めて言い訳のように言った。

 ああ、そんな事もあったな。患者はまだ十代の女の子だったが切羽詰まった状況での執刀になる事が予見された上のカンファレンスでのことだった。

 患者の母親が、僕が不謹慎にもくしゃみをしてしまったことを咎めもせずに、お国の諺ではと笑い話にして、ややもすれば暗くなりそうな場のムードをうまく変えてくれたのはありがたかった。そういえばこのナースはあのときも参加していたな。

 「心当たりはあるけどね」

 数回ほど訪れたチベットの風景が脳裏に浮かぶ。何故かタローの恨めしそうな顔も出てくる。そう言わずにラジェシ君の力になってやってくれよ。


 最近になって肩書が増えた。大学と病院だけでも結構忙しいんだけどな、ラグビー協会がワールドカップの件で動くように言ってきたのだ。皆どう思っているのか知らないが僕は日本国籍だし、あまりナショナルな事には遠慮しておきたいのだが「もともとは君達が蒔いた種じゃないか」と言われるとね。

 学生の時にやった太平洋遠征の目的の一つは確かにワールドカップをやろうよ、という夢物語の布教だった。現実に機運が盛り上がって来たのも南太平洋からだった。

 あれだ、身から出た錆と言うやつだ。これも英語で表現しにくいな。彼女がいたらなあ、僕の英語をうまく添削してくれたよなあ、世界の頂きでなんて僕には言葉に出来なかったな、創造物なんて発想も持てないし、文化が違うよな。

 楽しかったなあ、音楽室での日々を思うとどうしても感傷的になってしまう。


 「お父様」

 なんだフジコか。あんまり遅くまで起きてちゃダメだよ。

 「お兄様ばかりずるいです。私も日本に行きたい」

 ああ、学校のことか。日本語学校だけじゃ物足りないのか。

 「私もスミレおばさんみたいになりたいし」

 あんまりおばさんって言わないほうがいいぞ。しかしそれは、母上連合の陰謀なのか、それにしても今フジコまで身近にいなくなると僕の安らぎはどこに求めればいいんだ。

 「お父様も一緒に行けばいいのよ」

 帰国ってことか。それもありなのか。でもただでさえやることがが一杯あるんだが。

 どうしようダイアナ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ