妹の友達が可愛すぎる!~鈍感男子の二人きりのショッピング~
『お兄ちゃん、大至急ヘルプミー!』
家で大学のレポートを書いていると、突然妹からそんなLINEが飛んできた。
いつも軽口を叩く妹からの謎のSOS。その切羽詰った文面に、オレはすぐに返事を返した。
『どうした? なにがあった?』
『大変なんだよ! お兄ちゃん助けて!』
『だからなにがあった?』
『なにがって言われてもー! とりあえず来てー!』
文章は焦っているようだが、直後にピコンと「はよ来い」のスタンプが押されたため、たいしたことないなと悟った。妹はたまにこういうことをする。
とはいえ、行かなかったら行かなかったで何を言われるかわからなかったため、オレは部屋着から外出用の服に着替えて妹の指定するファミレスへと向かった。
「お兄ちゃん、こっちこっち!」
ファミレスに入ると、店員より先に妹が奥のテーブルから手をあげた。
案の定、満面の笑みだ。
このやろう、と思いつつ奥へと向かう。
妹は学校帰りなのか、高校の制服を着たままだった。
「意外と早かったねー。さすが暇人」
「お前なあ、あんな文章で人を呼び出しておいて第一声がそれか」
文句の一つでも言ってやろうとして、ハタと止まった。
妹の隣に誰かいる。
制服から察するにどうやら同級生のようだ。
「あ、あの……、急にお呼び立てしてしまってすいません」
と、口ごもりながら謝っている。
清楚系を絵に描いたような女の子だった。
長い黒髪に白い肌、潤んだ瞳に尖った顎。
あどけなさの残る可愛らしい雰囲気をまとわせている。
ショートカットでカッサカサの肌をしたがさつな妹とはまさに正反対である。是非とも交換してほしい。
妹とその女の子は2人で4人座れるテーブル席の片方を占拠していたため、仕方なく向かいの席に腰をおろした。
「で、なんだよ。ヘルプミーって」
「その前に自己紹介! 加代ちゃん、これがうちの兄の京介だよ」
「これって言うな。どうもはじめまして。兄の京介です。東京の京に介抱の介と書いて京介です」
「“ぼんくら”と書いて“きょうすけ”とも読むよね」
はり倒すぞ、貴様。
「で、お兄ちゃん。こっちは同じクラスの加代ちゃん」
「は、はじめ……ま…て……。は、浜名加代と申………ごにょごにょ」
ちっさ!
声、ちっさ!
緊張しているのか、委縮しすぎてどんどん縮こまっていく加代と名乗る女の子。
隣では妹が「加代ちゃん、頑張って!」と応援している。
うん、ほんと。頑張って。
「は、はじめまして……。浜名加代と申します……」
気を取り直して改めて自己紹介をする彼女。
声は小さいが、なんとか聞き取れる大きさぐらいにはなった。おろおろする仕草は可愛らしいが。
「で、ヘルプミーってなんだ?」
オレは妹に向き直って再度尋ねた。
大至急というからには、ただ事ではない何かがあるのだろう。
しかし、妹の口から出た言葉は予想外のものだった。
「うん、実はね。お兄ちゃんに加代ちゃんの買い物に付き合ってほしいの」
「……は?」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
いや、これは誰だって間の抜けた声を出すだろう。
いきなり人を呼びつけておいて、呼びつけた理由が買い物に付き合ってほしいって……なんだそれ。
「近くのショッピングモールでしか買えないグッズがあるらしいんだけど、加代ちゃん一人じゃ行けないんだって。だからお兄ちゃん、ついてってくれない?」
「ちょっと待て。一人で行けないならお前が一緒に行けばいいだろ」
「最初はそういう約束してたんだけどねー。私、テストで赤点くらっちゃってさ。補習受けるハメになっちゃったんだ。てへへ」
てへへ、じゃねーよ。
「じゃあ別の日にすればいいじゃないか」
「それが加代ちゃんの弟くんが今日誕生日なんだって」
「弟?」
「そう弟。あとに生まれたほう」
言われなくてもわかるわ。
「買いたいのはその弟くんの誕生日プレゼントなんだよ。だから今日じゃなくちゃダメなの」
「なるほどな」
「ねえ、お願い! 一緒に行ってあげて! どうせお兄ちゃん、暇でしょ?」
「暇なもんか。オレは大学のレポートがあるんだよ。さっきだって家で書いてたんだぞ」
「ああ、あの中身スッカスカのやつね」
おい! なんてこと言うんだ! 読んでもいないくせに適当なこと言うなよ! 当たってるけど……。
「ねえ、いいでしょいいでしょー。可愛い女子高生とデートできる絶好のチャンスだよ? お兄ちゃんにとっては永遠にやって来ない女の子とのデートだよ? それでも断るの?」
さっきから失礼なやつだな。
彼氏いない歴=年齢の貴様に言われたくないわ。
「お願いだよー」
「はあ、わかったよ。付き合えばいいんだろ、付き合えば」
オレの言葉にホッとしたのか、加代ちゃんが満面の笑みで「ありがとうございます!」と言って頭を下げた。
「大学の勉強でお忙しいのに、本当にすいません!」
「ああ、別に気にしなくていいよ。いい気分転換にもなるし」
「そうそう、気にしなくていいよ加代ちゃん。どうせ三流大学なんだし」
お前は黙っとれ。
「そう言っていただけると安心します」
加代ちゃんはそう言ってほほ笑んだ。
ほんと可愛くて礼儀正しい子だな。やっぱり妹と交換してほしい。
こうしてオレは、初めて会う妹の友達とショッピングモールへと行くことになった。
※
「行先はこっちでいいんだっけ?」
「はい、そこの大通りから右手に行った先です」
妹が去って、二人きりになったオレたちは少し気まずい空気の中、ショッピングモールへと向かっていた。
しかし目指す先と目的はわかっているので、気は楽だ。
加代ちゃんはその控えめな性格でオレの少し後ろを歩いている。
「にしても、不思議だなあ」
「え、何がですか?」
「あんなガサツな妹にこんなに清楚で可愛い友達ができるなんて」
「そそそ、そんな! か、可愛いだなんて……。妹さんのほうがずっと純真で可愛いです……」
「あいつのほうが?」
ボワン、と妹の姿を思い浮かべてオレはゲラゲラと笑った。
「あははは! 冗談はよしてくれよ! あんなサルみたいなやつのどこが可愛いんだよ!」
あはははは、と腹を抱えていると、ピコンとスマホが鳴った。
見ると妹からだった。
『今、お兄ちゃんにめっちゃ殺意を抱いたんだけど。私の事でなんか変なこと言ってない?』
……あいつはサイコメトラーか。
『言うわけないだろ。てか、補習はどうした』
『今から受けるとこ。お兄ちゃん、隠しても無駄だからね。あとでちゃんと加代ちゃんに聞くから』
う……ヤバい。これじゃ迂闊なこと言えん。
『わかったわかった。とりあえずきちんと補習受けてろ』
ピコンとLINEを送ってスマホをしまったオレは、加代ちゃんに両手を合わせてお願いをした。
「ごめん加代ちゃん。さっき妹のことサルって言ったの、ナイショにしてくれない?」
加代ちゃんはクスクス笑いながら「いいですよ」と言ってくれた。
よかった。
「でも二人とも本当に仲がいいですね」
「へ?」
「よそよそしさがないというか。遠慮がないというか」
「い、いやあ、どうかな。むしろ仲悪いほうじゃないか? しょっちゅうケンカするし」
「そんなことないですよ! ケンカするほど仲がいいって言うじゃないですか。うちはそこまで仲良くないですし……見てて羨ましくなります」
「そ、そう?」
弟のために誕生日プレゼントを買いに行こうとする加代ちゃんのほうが仲いい気がするけど……と思ったが黙っておいた。
こればっかりは個人的な思いもあるからなあ。
まあ、こんなに可愛い子から羨ましいと言われて悪い気はしない。
オレは内心ムフフと笑った。
ほんと、良い子だよな。本気で妹と交換してくれないかしら。
と、突然加代ちゃんが足を止めた。目線の先には一軒のクレープ屋がある。
「どうしたの?」
振り返って尋ねると、彼女は「いえ、なんでもありません!」と慌てて首を振った。にも関わらず、ジーッとクレープ屋を見つめている。
「……もしかして食べたいの?」
「い、いえ! そういうわけでは!」
否定しつつも、チラチラとクレープ屋とオレを交互に見つめている。
やっぱり食べたいようだ。
「いいよ、買ってきなよ。待ってるから」
「で、でも……」
「我慢はよくないよ。せっかくなんだし、食べたいもの食べなきゃ」
「あ、あの……京介さんも……一緒に……」
ゴニョゴニョと口ごもる彼女。そんなに一人で買うのが怖いのだろうか。
「うん、じゃあ一緒に行こっか」
「は、はい!」
二人でクレープ屋に行くと、カウンターにいた若いエプロン姿の店員が挨拶をしてきた。
「いらっしゃいませー!」
すかさず加代ちゃんがクレープを注文する。
「ゴールドデリシャスストロベリーホイップクリームチョコソースバナナスペシャルひとつ」
ちょっと待て。なんの呪文だ、それ。
「ふふふ、ここのクレープおいしいって評判なんですよ」
「そ、そうなんだ……」
さっきまで怖がってたわりに、ずいぶん通い慣れてる感じがするのは気のせいだろうか。
「はーい、おまたせしましたー」
店員が持ってきたのは、生地からあふれ出さんばかりにはみ出たクリームたっぷりのドデカいクレープだった。
「千円になりまーす」
たっか!
クレープで千円て、たっか!
しかし加代ちゃんは何の疑問も持たずにお札を財布から出して店員に渡していた。
「ほら見てください、京介さん。こんなにおいしそう」
「う、うん、そうだね」
加代ちゃんは嬉しそうにクレープを頬張ると、目をギューッと閉じて「んー!」と足をバタバタさせた。
こんなに美味しそうにクレープを食べる人、初めて見た。
「おいしい?」
「はい、すごく!」
「そりゃよかった」
「あ、あの……」
「ん?」
「き、京介さんも、食べます……?」
そう言って恥ずかしそうにクレープを差し出してくる加代ちゃん。
天然なのかなんなのか、口の端っこにクリームをつけているところがまた可愛らしい。
だがあいにくオレは腹が減ってなかった。
「いや、オレは別にいいよ」
「え?」
「腹減ってないし……」
「……そ、そうですか」
とたんにシュンとうなだれる彼女。
あ、あれ?
なんか気に障ること言ったかな。
加代ちゃんはうなだれたままクレープをモグモグと口に運んだ。
どうしたんだろう、と思っているとピコンと胸ポケットに入れていたスマホが鳴った。
見てみると妹からのLINEだった。
『どう? 順調? 加代ちゃん悲しませてない?』
な、なんちゅうタイミングで送って来るんだこいつは。ていうか、補習はどうした。
『まだついてない。クレープ屋に寄ったから』
『あ、大通りのパンナコッタ行ったんだ! おいしいよね、そこのクレープ』
『いや、食べてないからわからん。加代ちゃんから食べるか聞かれたけど断ったから』
それからしばらく妹からの返信が途絶えたかと思いきや、何やら怒りのメッセージが送られてきた。
『は? 断った? は? なにそれ。あんたバカ? バカなの? は?』
同時にものすごい数の怒りスタンプが大量投入。
なんなんだ、いったい。
『食え』
『食えって言われても、腹減ってないし』
『いいから食え。何はともあれ、食え』
何はともあれ食えって、どこの体育会系だよ。
だがこれ以上口答えすると、補習をホッポリ出して駆けつけてきそうな勢いだったので、
『わかったよ、食べる食べる』
と返信してスマホをしまった。
「あー、加代ちゃん。そのクレープ、オレも食べたい」
一人モグモグと口を動かしていた加代ちゃんがオレに目を向ける。
「え?」
「いや、なんていうかさ、オレも食べたいなーなんて」
加代ちゃんは顔をパアッと輝かせてクレープを差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
手から受け取ろうとすると、その前に「あーん」と言われてしまった。
食えって、そういうこと?
しかし、ここで断ったらまた妹に怒られそうだったので、言われるがまま口を開けて加代ちゃんの手からクレープを頬張る。
恥ずい。
めっちゃ恥ずい。
女子高生から「あーん」される大学生って……。
しかし、そんな恥ずかしさよりもクレープの美味しさの方が勝っていた。
「う、うまいな、コレ!」
「ふふ、でしょう!」
ふわっとした生地と柔らかいクリームがチョコソースとうまく絡み合い、絶妙な甘さを引き出している。
これは足をバタつかせるのわかるわぁ。
ようやく気を取り直したのか、加代ちゃんは嬉しそうに残りのクレープを頬張った。
※
ショッピングモールへと到着したオレたちは、店内の地図を見ながら小物ショップへと向かった。
さすがは大型ショッピングモール。たくさんの客がいる。
加代ちゃんはオレと隣同士で歩くのが嫌なのか、すぐ後ろから服のすそを掴みながら歩いていた。
「……ど、どうしてそんな後ろにいるの?」
「だ、だって、クラスの誰かに見られたら恥ずかしいから……」
服のすそを掴みながら後ろを歩いてるほうが恥ずかしい気がするんだが……。
きっと端から見たら怪しげなカップルに見えることだろう。
「そういえば加代ちゃんの弟さんてさ、どんなのが好きなの?」
オレは前を歩きながら努めて明るく尋ねてみた。
「弟の好きなものですか?」
「そう、好きなもの」
「えーと、ゾンビが好きです」
「へ、へえ、ゾンビ……」
「ゲームの影響でゾンビマニアになったみたいで……。部屋中ゾンビの置物でいっぱいです」
「そうなんだ」
ずいぶんマニアックな弟さんだこと。
「家の中でもゾンビのマスクかぶって生活してます」
「……マジでッ!?」
ちょ、大丈夫なの、それ?
家庭崩壊してない!?
家の中でゾンビのマスクって……。
しかし加代ちゃんはオレの服のすそを強く引っ張りながら言った。
「だから弟の誕生日プレゼントもゾンビ系にしたいんです」
ああ、なんて弟想いのお姉さんなんだ。
オレの妹もこれくらいお兄ちゃん想いになってほしい。
にしても、ゾンビ系の誕生日プレゼントか。
清楚系を絵に描いたような加代ちゃんからは想像つかない買い物だな。
ああ、だから一人で買いに来れなかったのか。
ようやく合点がいった。
「なるほどね。じゃあ、弟さんが喜ぶようにめちゃくちゃゾンビなやつ選んであげよう」
「はい!」
後ろから聞こえる加代ちゃんの声は嬉しそうだった。
※
小物ショップにつくと、よそではお目にかかれない怪しげな商品が所狭しと置かれていた。
おもに海外のキャラクターばかりが売られているお店らしい。
等身大のモサモサしたマスコットキャラや、ビームソードを持ったマント姿の仮面男など、映画やTVで一度は見たことのあるキャラがずらりと並んでいる。
そんな中、ひときわ目立つ物体が目に飛び込んできた。
等身大のゾンビの頭部。
ゲテモノコーナーの棚のわきにちょこんと置かれていた。
小物グッズがたくさん置かれている中で、それだけが異様な空気を放っている。
舌をだらんとたらし、血にまみれ顔で白目をむいているゾンビの頭。見た目はまさに本物のゾンビだ。いや、本物も見たことないけど。
とにもかくにも、今にも動き出しそうなほどリアルだった。
持ち上げて見ると素材は発砲ウレタンでできているのか、軽くて硬かった。
ていうか、高ぇ! 五千円もする。ゾンビの頭で五千円……。オレはいらん。
でもこのクオリティはすごい。
「……これなら、喜ぶかもね」
「は、はい……。でも、ちょっと怖いですね……」
背中越しから覗き込んでる加代ちゃんが震える声でつぶやいている。
どうやら弟さんと違って加代ちゃんはゾンビが苦手らしい。まあ、得意な人もそうはいないだろう。
オレは面白がって背後にいる彼女に肩越しからゾンビの頭をいきなりつきつけてみた。
「うりゃ!」
「きゃっ! ちょっとやめてください!」
怯えた目で背中にしがみつく加代ちゃん。
よほど怖いのか、背中に顔を押し付けてくる。
オレはクックックッと笑って身体を回転させながらゾンビをさらに突き出した。
「ほれ、ほれ」
「きゃっ! やめて! きゃっ!」
加代ちゃんもドタドタとオレの背中に回り込みながら必死に顔を隠そうとしている。
きゃー、かわええぇぇぇー!
「あ゛あ゛あ゛あ゛ー、加代ぢゃーん」
「もうやめてください!」
瞬間、みぞおちに激痛が走った。
「うぐっ!」
見ると、加代ちゃんの正拳突きが見事にオレのボディーに食い込んでいる。
な、なにこの威力……ハンパねえ……。
「きゃー! ごめんなさい京介さん!」
慌てて飛び退く加代ちゃん。
オレは「げふっ」と崩れ落ちた。
ま、まさかの不意打ち。ていうかこの子、ちょっと空手やってない?
「思わず手が出ちゃいました」
「い、いや、オレも調子に乗っちゃったから……」
「空手の先生からは素人には絶対手を出すなって言われてたんですけど……」
うおおおい!
やっぱりやってんじゃん、空手!
あっぶねえ。
よかった、オレ殺されなくて。
「本当にごめんなさい……」
「う、ううん、今のはオレが悪かったから。ごめんね」
もうからかうのはよそう。
結局、弟さんの誕生日プレゼントはゾンビの頭に決まり、カウンターで店員さんに包装してもらった。
店員さん、きっと包装しながらドッキリの景品だと思っているんだろうな。
てか、めっちゃ顔引きつってるんですけど……。
そんなにゾンビが怖いなら置かなければいいのに……。
とにもかくにも、無事プレゼントを買い終えたオレたちは、ショッピングモールを出て妹と合流したファミレスへと向かっていた。
『終わったぞ』
補習はもう終わってるだろう、と思いつつLINEを送る。
案の定、妹から最速で返事がきた。
『いいの買えた?』
『おう、買えた買えた』
『それじゃ、今度は私へのプレゼントいってみようか』
なんでだよ。
オレは速攻で「NO!」のスタンプを送ってやった。
『ところで加代ちゃんはどうするんだ?』
『加代ちゃん?』
『このまま帰していいのか?』
しばらくの沈黙のあと、加代ちゃんのスマホがピコンと鳴った。どうやらLINEが入ったようだ。
加代ちゃんはそれをマジマジと見つめた後、おもむろに口を開いた。
「あ、あの、京介さん……」
「ん?」
「き、今日は付き合ってくださってありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
「それで……、あの……できればお礼をしたいんですけど……」
「いやいや気にしなくていいって。オレも気晴らしになったしさ」
「そ、そういうわけには……」
「ほんと大丈夫だから」
「それでは私の気がすみません。ぜひお礼をさせてください」
「いや、マジでいいって。弟さんによろしくな」
「え、え、え、どうしよどうしよ……」
なんかわからんが焦りまくっている。
そんなにお礼したいのか?
ほんとオレ、今日お礼されるようなことなんもしてないんだけど。
するとようやくオレのスマホに妹からLINEが入った。
『このまま帰すな、アホンダラ』
アホンダラってなんだよ。
『せっかくだからデートでも誘え、とうへんぼく』
とうへんぼく……。
オレの蔑称はいくつあるんだ。
ていうか、デート誘えって意味わからん。
『デートって?』
『今日のお礼にデートしてくれぐらい言えないの?』
『オレ今日ほとんど何もしてないんだけど』
『いいの! デートしてくれって言えばいいの!』
『いやいやデートは無理ありすぎるだろ! 絶対引かれるって!』
『引かれない』
『いや、引かれる。100パー引かれる』
『異論は認めぬ』
そのコメント後、いくらこっちがLINEを送っても既読にならなくなってしまった。
あ、あのやろう……。
「あーえー、加代ちゃん?」
「はい……」
「妹のやつがさ、デート誘えって言ってるんだけど……」
「デデデデデートですかッ!?」
「め、迷惑だよね……」
「そそそそそそんなことありません! 大歓迎です! むしろバッチコイです!」
「バッチコイ?」
「はわあああぁぁぁー!」
自分で言って恥ずかしかったのか、両手で顔を隠しながら背中を見せる加代ちゃん。
なんなの、この子……。
「わ、私でよければ……」
いいんだ……。
「う、うん、じゃあ今度の日曜日とか、映画でもどうかな?」
「はい! ぜひ!」
加代ちゃんは振り向いたと同時にきらびやかな笑顔を見せてきた。
なんだこれ。
清楚な可愛い女の子のこの笑顔は反則すぎるだろ。
「………」
「どうしました?」
「い、いや、なんでも」
ゴホゴホと咳払いしてごまかしつつ、スマホを差し出す。
「じゃあ連絡先教えて」
「はい!」
そう言って嬉しそうにスマホを差し出す加代ちゃん。
この時はまだわかるはずもなかった。
加代ちゃんが将来オレのお嫁さんになるだなんて。
オレたちが結婚するだなんて。
まだわかるはずもなかったんだ。
これは、そんなオレたちの出会いの物語──。
お読みいただきありがとうございました。
妹は補習なんてなく、隠れて二人を尾行していたという設定です。
すいません、本編に組み込めませんでした(汗)
以下、妹と加代ちゃんが京介を呼び出すまでの流れ。
加代「美鈴ちゃんのお兄さんってさ、カッコイイよね」
妹「は? いきなりなに? カッコイイ? あれが?」
加代「この前見せてもらった家族写真で、お兄さんの顔が頭から離れなくなっちゃって……」
妹「も、もしかして加代ちゃん、お兄ちゃんに一目惚れしちゃったの?」
加代「う、うん……」
妹「あじゃぱ」
加代「ねえ、お兄さんって、彼女いるの?」
妹「ないない! いるわけない! あんなとうへんぼくに彼女なんていた事もない!」
加代「そうなんだ。じ、じゃあ今度紹介してくれる……?」
妹「もちろん、加代ちゃんの頼みだもん。でもあれがカッコイイっていう加代ちゃんの美的センスわかんないなー」
加代「カッコイイよー! 美鈴ちゃんは妹だからわかんないんだよー!」
妹「そ、そうかなあ? でもお兄ちゃん紹介してどうしたいの?」
加代「え、と……。そこまでは考えてないけど。できればパンナコッタのクレープをあーんして食べさせてあげたい♡」
妹「ク、クレープであーん?」
加代「そしてねそしてね、あの笑顔で美味しいよって言ってもらいたい。きゃっ♡」
妹(なに、この妄想爆裂純情乙女)
加代「はあ、会いたいなあ……」
妹「よし、わかった。じゃあ今から会おうか」
加代「へ? 今から?」
妹「ごめん、誕生日プレゼント一緒に買う約束してたけど、補習入っちゃってさ。代わりにお兄ちゃんに行ってもらうことにする」
加代「へ? へ? ちょっと待って、聞いてない……」
妹「ごめん、言いそびれた。ということで、今からファミレスへGO!」
加代「きゃーーーー、ちょっと美鈴ちゃーーーーーーん!」
冒頭へ戻る。
なにげに妹の名前がここで初めて出てきてます(笑)
最後までお付き合いありがとうございました。