7 初めてのおつかい
「届け物をするってことですか?」
『はい。ご存じかと思いますがこの街の側にはダンジョンがありますのでそちらが配達先になります』
「つまりダンジョンに潜ると?」
『そうです。ダンジョン内からポーションや食料なんかの追加注文を受けることがあるのでその配達を冒険者に依頼しています』
「ダンジョンの中から連絡なんてできるんですか?」
『短い文面でしたらスクロールで可能ですよ。ご存じありませんでしたか?』
当然ご存じない。どうも伝達系の魔法の力が込められたスクロールを使って手紙のようなやりとりができるらしい。
お姉さんの説明によると引き返すほどではないが、手持ちのポーションや食料が心許なくなった冒険者が依頼を出すそうだ。スクロールじたいはギルドで無料で配っているのでこの配達収入をあてにしているのだろう。あとは初心者救済にもなる。ギルドとしても冒険者の死傷率を下げるために努力しているのだとか。まあ組合なんだしそういった取り組みをしていても不思議ではないだろう。でも地味すぎて異世界モノだと取り上げられないよね……。
それで相場はというと……。
「う~ん……銀貨三枚ねぇ」
基本料金が銀貨三枚であとは一層下がるごとに銀貨一枚増えていく仕組みのようだ。
採取依頼に比べれたら高いがコスパ的はどうなんだろうか? 行って帰ってくるだけと考えれば簡単な気もする。
『依頼がほぼ上層ですから……このあたりが相場になります』
「ん? 下層からの方が需要があるのでは?」
『ええ……そうなんですが下層となると運べる冒険者が限られてくるんですよねぇ』
ああ、なるほど。潜れば潜るほど難易度があがるわけだから配達ごときで命をかける輩はいないのだろう。なので下層でピンチになっても依頼を出す冒険者もほとんどいないそうだ。
『下層となるとそれなりに日数もかかりますから待てる余裕もありませんし……』
「でしょうね……」
ただでさえせっぱ詰まっている状況で何日も待てるとは思えない。受理されたところで本当にこられるのかわからない状況で待つなど拷問だろう。自力で無茶をした方がまだ生還できそうだ。
「ちなみにダンジョンの上層の危険度ってどんなもんなんですか?」
『う~ん……モンスターとの遭遇率にもよりますね……一層や二層でも運が悪いと潜ってそうそうに出てくる冒険者たちもいますし』
曖昧ではあるが斥候が優秀ならまったく戦闘しなくても上層ぐらいは潜っていけるらしい。それぐらいダンジョンは入り組んでいて広いようだ。むしろ遭難の方が心配だな。
「上層っていうとどのへんまでなんですか?」
『五層までですね。そこから先は下層になります』
ふむ……うまくやればモンスターと遭遇せずに依頼をこなすことができそうだ……なんてそんな簡単なわけないか。これは地道に採取だな、うん。
『わっかりましたー! 配達依頼受っけまーす!』
「おおおい! なに勝手に決めてんだよ!」
『だってー早い方がいいんでしょこれー?』
『まあ上層とはいえすぐに辿り着けるわけではありませんし……出発が早い方が助かりますね』
『だってさー』
「だってさーじゃねーよ! モンスターがうようよいるダンジョンにお前なんかが潜れるわけないだろ?」
『ダ・イ・ジョ・ウ・ブ』
なんか得意げな顔をされてイラッとした。
「何が大丈夫なんだよ?」
『みーくんは忘れんぼーさんだなぁー。あーしたちには……自転車があるでしょー!』
「……はぁ?」
『モンスターに見つかるまえに自転車で走り抜ければいいんだよー!』
「アホかお前! 自転車にどんだけ期待してんだよ。モンスターなめんな!」
『立ち漕ぎすればいけるよー』
「いけねーよ!」
『こう見えても年賀状の配達で実績あるしー』
「ちょっと腕に覚えがあるみたいな言い方すんな! あ! まさかお前か? 俺あての年賀状に細工しやがったの?」
『だって知らない女の子から年賀状が届いてたしー……これ見よがしに今年はよろしく(ハート)とかあざといよねー』
「やっぱりお前かよ! なんのことだわかなくて新学期そうそう女子に泣かれたあげく取り巻きに囲まれて糾弾されたわくそが!」
俺はまったく悪くないのに評判がた落ちで、その年のバレンタインデーはクラス全員に配られた義理チョコすらハブられた。
あの日のことはよーく覚えている。抗議しようとした俺はクラスメイトに組み伏せられ教室の床をなめるはめとなった。陰キャの連中が俺を囲みこれ見よがしに目の前でチョコレートをれろれろと舐めましながら見下しやがった。あの日の苦い思い出が俺の青春に影を落としたのは言うまでもない。
『みーくん……あーし思うんだー』
「なんだよ急に声のトーン落として?」
『あーしがここにいる理由だよ』
「理由って仕事探しにきたんだろ?」
『そうじゃなくてー。あーしにしかできないことがあるんじゃないかって思うのー』
「はぁ?」
『あーしがダンジョンに潜ることで救われる命があるかもしれない。あーしがダンジョンに潜ることで誰かを助けられるのかもしれない。あーしがダンジョンに潜ることで――』
俺はしばらくアンの訴えを黙って聞いていた。
『――だからねー。あーしが自転車でここにたどりついたことに何か理由がある……そう思うんだー』
「……そっか」
『わかってくれたー?』
「ああ……あれだろ? ただ好奇心でダンジョンに潜りたいだけなんだろお前?」
『え! ち、違うよー』
「ダンジョンダンジョン連呼しながら興奮してんのがみえみえなんだよ!」
『――ッ!』
「驚愕してんじゃねーよ! 何年幼なじみしてると思ってんだ。お前の本心なんて手に取るようにわかるわ!」
『以心伝心――相思相愛!』
「そーいう話しじゃねーよ!」
このアホをなんと説得すればいいのか悩ましい。ダンジョンを遊園地のアトラクションかなんかと勘違いしているんじゃなかろうか? 俺が頭を悩ませていると……。
『ここでいいですかぁー?』
『え、あ、はい……』
さらさらさら――。
「て、おい! なにサインしてんだお前!」
『えー? だってみーくんもついに折れていいよって言ってくれたでしょー』
「言ってねーよ!」
『またまたぁー……あーしもみーくんのキモチが手に取るようにわかるんだよー』
「妄想だそれ!」
くそ……面倒な。だがこのままアホを野放しにはできない。
「すいません。エリスさんその依頼キャンセルでお願いします」
『えっと……一度契約されたのでキャンセルされますとキャンセル料を頂くことになりますが……』
「え……」
金かかるの?
「えっと……じゃあ依頼が失敗したときは?」
『損害賠償を頂くことになります』
なんてこった。
一文無しの俺たちにはもう依頼達成以外に残された道はないようだ……。
『頑張ろうねー、みーくん』
死ぬ気で頑張るのはお前だぞっと……やっぱり俺のキモチは伝わっていなさそうだ。