5 モンスターロード
あれほど閑散としていた道路に馬車の姿がチラホラと増える。
街に近づくにつれてどこからともなく集まってくる馬車は砂利道を通ってきたようだ。なにゆえ?
『あーし馬車ってはじめて見たよー』
「俺も洋画で見たぐらいだな……」
道路の上なのに走っているのが馬車というのはなんとも不思議な光景だ。
『こんにちわー』
「お、おい!」
急にスピードを上げたかと思うと、馬車に並走して御者に挨拶する幼なじみ。その剛胆さに驚いているのは俺だけではなかった。御者も顔が引き攣っている。
「お前いきなりすぎだろ。だいたい言葉が通じるわけ――」
『こ、こんにちわ』
「通じるのかよ!」
勘弁してくれ。だって異世界なのに日本語が通じるのだ。そりゃ驚くでしょ?
『あははー。やだなぁーみーくん。通じるに決まってるよー』
「なに言ってんだ? 日本語がそんなグローバルなわけないだろ?」
『読み書きはできないけどー言葉は通じるって異世界では常識だよー』
「そのフィクションで覚えた根拠のない非常識を当たり前のように語るのやめろ」
それにしてもほんとなんで通じるのだろう?
たしかに御者のおっさんは同郷を感じさせる顔つきをしてはいる。鼻は低いし肌も黄色い。目元だって一重だし、日本人と言われても違和感はない。しいて言うならやたらとごつい体付きだけは日本人離れしているようにも見えるがモンスターがばっこする異世界ならば鍛えていてもおかしくはない。やはりここは異世界なのだ。日本語が通じるのはおかしいだろ?
しかしアンはまったく気にする様子もなくおっさんと世間話をしていた。なんだか気にしている俺が馬鹿みたいだ。
俺の反応こそ自然だと思うのだが……自信がなくなってきたよ。
それにしてもたいした奴だ。アンはナチュラルにこの世界の情報をうまく聞き出している。まあ本人に自覚はまったくないと思うが。
『――それでねーゴブリンがわーって出てきて大変だったんだー』
『それは当然だよ。なんせモンスターロードなんだから。それにしてもて護衛もなしによく走り抜け……いや……そうか辛いことを聞いてしまったね』
何を想像したのやら……。
別に誰も犠牲になどなっていないが、おっさんは勝手に納得したようだ。それにしてもモンスターロードか……。
アンが興味本位で聞いたところによるとモンスターに支配された交易路をそう呼ぶらしい。どうりであれだけ便利そうな道に人気がなかったわけだ。
このぶんだとゴールまで続く道程にも気を配ったほうがいいだろう。ほぼ直線距離なら五百キロ程度の道程だが、迂回をよぎなくされればどれだけ時間を食うことやら……。
夏休み中に帰れればいいのだが……付き合っている俺も気が気でない。
『――それでーお金もないから街についたら働かなきゃいけないんだー』
『そうかぁ……逃げるのに必死で荷物を全て……よし、金は貸してやれないが街に入るときは口利きしてあげるよ』
なんかしらない間に同情されていた。まあ身分証的なものや金もないのでどうしようかと思っていたので渡りに船か。それにしてもたいしたコミュ力だな。
いまさらだかこのおっさんは馬車で半日ほど行ったところにある村の特産品を卸している村長の息子なのだとか。なので検問も顔パスらしい。ありがたいことだ。
『――やっぱりーやるなら冒険者だよねー』
『そうだなぁ……たしかにキツイぶん実入りはいい。だが危険と隣り合わせだよ。大丈夫かい?』
『う~ん。薬草採取とかそんな感じのでいいんだけどー』
『採取依頼か……たしかにあの街の近くにはダンジョンがあるからその手の仕事はいくらでもあると思うが……ただあまり金にはならないよ』
『どうしてー? 需要あるんじゃないのー?』
『いやその……薬草なんかは栽培できるだろ?』
そう言っておっさんは荷台をさした。どうやらゴザでくるまれた植物が薬草のようだ。それにしても栽培か……。まあそうだよな。あって当たり前か……。
おっさんはアンが無学だと思ったらしく、野生の薬草の方が効力は高いのだと教えてくれた。だが安価なものに流れるは世の常だ。あまり薬草採取依頼には期待できそうにない。案の定、栽培できない系の薬草などは高額で買い取ってもらえるが、そういったものは危険な地域に生息しているのでやめた方がいいと釘を刺された。
そうこうしているうちに街へと到着した。
近くで見ると城壁も結構な迫力だ。五メートルぐらいはある壁が街を囲うように巡らされている。ひらかれた門のわきには検問所のようなものがあるのでここで審査を受けるのだろう。
ここで追い返されるといきなり詰みなので内心不安ではあったが、おっさんの口利きですんなり通ることができた。
『では私はこれで……元気でなアン』
『ゴライアスさんありがとうー』
いつの間に名前で呼び合うようになったのか……。あなどれんコミュ力だ。
それにしてもなんて名前だ。とても薬草栽培するような村人の名前じゃないな……。
『さーて……まずは観光かなー?』
まあ日本の街並みしか知らない俺たちからすると、こういったヨーロッパ風の街並みは珍しい。見て回りたい気持ちもわかなくはないが、俺たちは遊びに来たわけではないのだ。
「まずは仕事探しだぞ」
『そういえばお腹空いたー』
まったく自由なやつだ。俺は地図を拡大して街の配置に目を通す。おっさんから冒険者ギルドのだいたいの位置は聞いているのでそれっぽい建物を探すのは容易だった。
いまが現地時間でいつなのかはわからないが、日の傾き方とかを見た感じこちらと大差なさそう。となるともう十五時か……。
「急ぐぞ」
『ごはんはー?』
「金を稼ぐのが先だ。ギルドが閉まったら野宿確定だぞ」
『えー……じゃあー頑張るかぁー』
街の規律で目に余る不労者は追い出されると検問で言われたので、早急に金を稼いで宿をとる必要がある。そのさいに安い宿屋の場所やら金額を教えてくれたので通貨についても少しわかった。
銅貨が百円で銀貨が千円、金貨が十万円の価値だった。実にわかりやすい為替レートで安堵した。俺もアンも算数は苦手なのだ……。
ともかく一泊素泊まり銀貨一枚が目標だ。聞いていた感じだと物価は安そうなので助かる。
俺たちは冒険者ギルドへ向かうために忙しく自転車をこぐのだった。なんか人目が気になるが急いでいるので無視しよう。