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28 生け捕りにした結果……


 アンの安直な提案にのったばかりに大変な事態になってしまった。


 街中がお祭り騒ぎで冒険者たちが祝杯をあげるなか、俺とアンは深刻な面持ちのギルドマスターの前に座り居心地の悪い思いをしていた。それもこれも全部アンが悪い。なんでこんなことになったかというと……。


『ねーねーみーくん、あれ持ち帰って売ればお金になるんじゃない?』

「あ? 持ち帰るってコアをか?」

『そーそー持ち上げても案外軽かったしー』

「ふむ……」


 なんとなく持ち出してはいけない禁忌的な感じと、そもそもアイテムでもないなんだかよくわからない存在に遠慮していたせいか、持ち帰る発想は浮かばなかった。


「でもあんなの売れるのか?」

『売れないならーリリースすればいいよー』

「そんな魚みたいなこと……」


 でもまあ一理あるか。別に売れなきゃ捨てればいいわけだし……。


 というわけで早速戻ってきた俺たちは戸惑うコアをカゴに入れて持って帰ることにした。


『ぐ……おぇぷ』

「おいおい吐くなよ……」


 はじめはぎゃあぎゃあとうるさかったコアだったが、しばらくして静かになった。どうもカゴのなかで揺れて酔ったらしい。


 これ幸いとさっさとダンジョンを抜け出してギルドへ戻ってきところを冒険者たちに取り囲まれた。


『アンさんお疲れーす!』

『戻ったんだよな? 深層に辿り着いたんだよな?』

『バーカ! こんな早くも戻れるわけねえだろ? 失敗したんだよな?』

『んなわけねえだろ!』

『無理にきまってんだろが!』

『ああ? 表出ろや!』


 なんか冒険者同士で喧嘩しそうな雰囲気だ。


「なんなんだお前ら?」

『石版さんちーす! それで結果はどうでした?』

「結果?」

『依頼っすよ依頼! 達成したのか失敗したのかって聞いてるすよ?』

「はあ……?」

『ちょっとあなたたち通しなさい。通せっつーてんでしょ!』


 人垣をかきわけて現れたのはエリスさんだった。


 え? いまの声お姉さんの?


『お帰りなさいアンさん……と石版さん』


 ついでだな俺……。軽くショックだよ。


『ご無事のようですね……それで依頼の方は?』

『はいこれ』


 アンが受領証を渡すと心配げだったエリスさんの顔もぱっと明るく輝いた。同時に歓声があがる。うるさいなぁ……。


『よっしゃー! 俺の勝ちだ!』

『くそ……さすがに深層はねえと思ったんだがなあ』


 喜ぶものもいればガッカリしているやつもいる。なんだこの盛り上がりは?


『まったくこの一大事に賭け事なんてほんと信じられませんね!』


 ああそういうこと。どうも依頼の成功か失敗かで賭の対象になっていたようだ。エリスさんはご立腹の様子だったが、荒くれ者の冒険者たちはどこふく風で今日は勝者のおごりでお祝いだと騒いでいた。


『ほんとごめんなさいね。ところで……その抱えてるものはなんですか?』

「ああこれ深層でみつけた――」

『ダンジョンコアだよー』


 喧騒が一気に吹き飛んだように周囲が静寂につつまれると、誰もが我が目を疑うように俺たちを見ていた。なんなのいったい?


『えっと……その……本物ですか……それ?』

「ああ、こいつも認めてるし間違いないと思うよ」

『……ころせ』

『――ッ!』

「ああごめんね。こいつダンジョン出てからこれしか言わなくなってさぁ」


 あんだけ騒がしかったのにダンジョンから出ると枯れたような声でこれしか言わなくなった。正直俺たちも全てを諦めてしまったようなもの悲しい雰囲気のコアを見てちょっと声がかけづらかったんだよね。


『そんな……まさか……実在していたなんて……』


 エリスさんがわなわなと震えている。この反応はどうもあまりよろしくない気がした……。


「ああ……ひょっとしてこれ……珍しいもんでした?」

『珍しいもなにもダンジョンの最奥にいると言われていた伝説上のしろもの……ダンジョンマスターですよ!』


 ああ……やっちまった。これ絶対問題になるやつだわ……。


『へーきみすごかったんだねー』

『つんつんするな……ころせ』


 もう隠しようがないなこれ……。


『し、少々おまちください! すぐにギルドマスターお伝えしてきます!』

「え、いや、別にそんなお偉いさんに――」


 伝えてほしくはなかったのだが、エリスさんは踵を返すと飛ぶように去っていった。もう駄目だな……。


『おい……これってまさか……』

『大穴だああああああああああああああああああっっっっっっっっ!!!!!!!』


 うるせえ……。静かだった周囲の冒険者どもが急に活気づいた。


「なんだよ大穴って?」

『勢いでダンジョンを攻略するって枠があったんですよ! ダンジョンマスターを捕獲したってことはダンジョン攻略したってことですよね? もちろん俺たちそれに賭けました!』


 そういって狂ったように喜んでいるのは漆黒の鼠の少年たちだ。だから言っただろとか周囲の連中にドヤ顔である。


 そしていつのまにやら周囲からアンコールが。アンもまんざらでもない様子でコアを高々とかざした。もうやめてよ……。


 一際大きな歓声があがるなか、コアの哀愁が漂う声をマイクがひろっていた。なんかその晒し者にしてごめんな?


 ひとしきり騒ぎ終えたころエリスさんが怖い顔をして戻ってきた。俺たちのせいじゃないよ。


『ギルマスが直接お会いしたいそうですから一緒にきてください』


 鬼気迫る迫力に断ることもできず承諾する。


『あとアナタたち! 騒ぐならバーの方でやって下さい!』

『おおおおおおおおっっっっっっっ!!!!!!!!』


 返事だけはいいなこいつら。ルーキーたちがただ酒を奢ってくれるぞとギルドの外まで聞こえるように言いふらしてる。たかられる少年たちがあわれに思えたが関わり合いになりたくないので、俺たちは振り返ることなくエリスさんについていった。


 二階の一室にとおされた俺たちにはちょとした驚きがまっていた。


『ああーゴライアスさんだー』


 誰であろう……この街にくる途中で出会った村長の息子である。


『やあアンちゃん。よく来てくれたね』


 村長の息子にすすめられるままソファに腰をおろす。俺はこの部屋の主たる振る舞いに少々困惑していた。


「えっと……村長の息子って言っていたように記憶しているんだが?」

『ああ、間違いじゃないよ。私はたしかに村長の息子さ。ただ……元冒険者でもある』


 なんでも若い頃に村を飛び出して冒険者となり引退してギルドマスターになったそうだ。まあ別に嘘をつかれたわけじゃないんだが釈然としないな。でも簡単に街に入れたのはこのおっさんの地位も関係していたのだろう。なので感謝はしておいた。


『隠すつもりはなかったんだが……わざわざ言うほどのことでもないと思ってね』


 なんか照れているご様子。どうやら恥ずかしかったようだ。なるほど。偉ぶる様子もないしギルドマスターよりも村長の息子の方がお似合いだな。


『さっそくだが本題に入らせてもらおう』


 一転してまじめな顔になるので俺も思わず背筋をのばした。


『そのダンジョンコアを破壊するのをやめてほしい』


 頭下げられたよ……。なんだこの展開は?


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