27 Sランク冒険者のその後
それは想像を絶するような戦いだった。
キングドラゴンベビー……おおよそ人間が敵うようなモンスターではない。人間など丸呑みできるほどの巨体は俊敏で何度も剣をかわされる。その皮膚は鋼の刃を弾き強力な耐性により上級魔法すら決定打にはならない。S級冒険者であるカインが考えるうるかぎりで最高に優秀な仲間を集めた七人のパーティーですら苦戦を強いられていた。
「まずいぜカイン……もうポーションが残り少ない」
「ああ……俺もこれが最後だ」
シーフのキッドは仲間たちにアイテムを使いながらサポートに徹していたが、とうとう手持ちのアイテムが切れそうになりカインの元へ報告にきた。
それはあらかじめ決めていた撤退の合図でもあった。しかし……。
「俺たちはこいつから……逃げられるのか?」
今も目の前で猛威をふるうドラゴン。仲間たちの決死の攻撃もやつの動きを鈍らせるほどでしかない。まさかこれほどまでとは思ってもみなかった。
「あの嬢ちゃんの予想が的中しちまったようだな……」
キッドが呻き声をあげる。そうキングドラゴンベビーは二十年の時を経て成体へと成長しつつあった。
「ウォーレンのじいさんもすでに魔力が限界のはずだ……カイン?」
全ての属性の上級魔法を操ることのできる大魔道士ウォーレンの魔法をもってしてもドラゴンに決定的な傷を負わすことができずにいる。このままではいずれ魔力が枯渇して動けなくなることだろう。カインは決断を迫られていた。
「カインよ! わしのことなら心配無用じゃ! この好機を逃すでない! ドラゴンのやつめも吐く炎が弱まっておる。このまま押し込めば勝てるぞい!」
「しかし――」
「これだけ万全な状態でこやつに挑むチャンスなどもうあるものか! 少なくともこの老いぼれの寿命が尽きるまでありはすまいて」
カインにとってもそれこそが気がかりであった。本当なら深層で力尽きて戻るよりほかなかったところを、少女たちが命懸けで届けてくれた幸運により繋いだチャンスだった。
カイン自身もこんな幸運は二度とないと確信している。ならば――。
「おいカイン! 見ろ、ドラゴンの様子がおかしいぞ!」
敵から目を離すなんてどうかしていたが、それほどに悩んでいたカインは顔をあげて驚きの声をあげる。
「奴の動きが止まっただと?」
突如としてドラゴンがその動きをとめてよろめきだした。
「じーさん何かしたのか?」
「わしではない。だが――」
「チャンスだキッド! ありったけのアイテムを使え! 総攻撃だ!」
この好機をのがしてはいけない。カインがSランクへとのぼりつめるまでに培ってきた冒険者としての感が叫び声をあげている。いまこそ決死の覚悟で挑めと――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっ!!!!!!!!」
まさに鬼神のごとき猛攻。誰もが後先考えずに全身全霊をもってドラゴンへとしかける。カインも最後のポーションを飲み干すと、空の瓶を投げ捨てて渾身の一撃をドラゴンにお見舞いした。
そして……。
男たちの荒い息だけがダンジョンの静寂に木霊していた……。
あれほどうるさく暴れ回っていたドラゴンの姿はもうない。巨体を地に伏せピクリとも動くことはなかった……。
「勝った……のか?」
キッドが惚けたようにカインを見る。カインはドラゴンに突き立てた剣を抜くと頭上にその剣をかざした。
歓声が爆発したようにあがった。誰もが疲れ果てているのに勝利の雄叫びをあげずにはいられなかったのだ。カインも同様に肺の奥底から勝ちどきをあげた。
声が枯れるほど叫び、勝利を噛みしめて落ち着いてきたところでキッドの啜り泣く声が聞こえてきた。
「なんじゃいきなり? 傷口でも痛みだしたか?」
「そうじゃねーよ、そうじゃ……。俺はよう、嬉しいんだ……。こうして誰一人欠けることなくドラゴンを倒してダンジョンを攻略したんだぜ? こんなん奇跡だろ?」
周囲を見渡せば傷をおってはいるものの、誰一人欠けることなく立っていた。たしかに奇跡だ。だが……。
「忘れるなキッド……この勝利は俺たちだけでは決して勝ち取れなかったものだ」
「何言ってんだよカイン……こうして七人全員いるじゃねえか?」
「あの娘のことじゃな?」
カインは黙って頷いた。俺たちのもとへ命懸けでポーションを届けてくれた少女のことをカインは忘れてはいなかった。地面に散らばる空き瓶がどれほど役にたったことか……。仲間たちもそれを実感しているからこそ重く受け止めているようだった。
「たしかにあの子のおかげだな……しっかしソロで深層まで運んできたときは驚いたぜ」
「お主……気づいておらなんだか」
「なんのことだよじーさん?」
ウォーレンは呆れたように溜息をつく。
「深層にソロで潜れるやつなどおるものか。それもあれほど早く……」
「でもげんに運んできたじゃねえか?」
まだ若いキッドには彼女がもっていたアイテムの数々が何を意味していたのか気づけなかったようだ。
「キッド……あの少女の言葉を思い出せ。これはみんなからの餞別だと言っていただろ」
「ああたしかにそうだが……まさか!」
ようやくキッドも気がついたらしい。おそらく……いや、間違いなくその統一性のないアイテムの数々は仲間の形見なのだと。
「あの使い道のねえようなゴミみたいなアイテムはそういうことだったのかよ……ちくしょう!」
己の浅はかに気づいたキッドは拳で壁を殴りつける。行き場のない怒りはキッドの拳から血を滲ませた。
想像したのだろう。ギルドは自分たちのために精鋭を集めて深層まで荷物を運んでくれた。その過程で被害がでないわけがない。あのアイテムの数をみるといったい何人の仲間を失ったのか……考えただけ辛かった。
「ちくしょう! あの子はそんなこと一言もいわなかったじゃねえかよ!」
「そうじゃのう……まるで被害など何一つなかったかのような明るい笑顔じゃった」
「我々に気を遣わせまいとしてくれたんだろう……」
あの若さでそれだけのことができるからこそ散っていった仲間たちが託したに違いない。
「そうだ! あの子に早く伝えてやろうぜ! ボスは倒したんだ。これで最深部の帰還ゲートが使えるはずだ!」
「待てキッド……お主、忘れたのか?」
「なんだよじーさんとめるなよ! 早くおしえてやらねえと一人で戻って――あっ……」
キッドも気づいたようだ。彼女が別れ際に自分たちに背を向けたことを……。
「あの娘はみずからセーフルームをでよった……つまりそういうことじゃ」
「なんで……なんでだよ! あの子武器も防具も失ってたんだぞ? 一人で戻るなんて自殺行為だ!」
「そうじゃ……だからカインもとめようとした」
「そうかあのとき……」
カインは首をふった。たしかにあのときとめようとした。待っていてくれと言おうとした。しかし結局言い出せなかった……。
「なんでとめなかったんだよカイン!」
「おちつけ若造! 冷静になって考えてみよ。セーフルームにすらモンスターが現れるあの場所で帰ってくる保証もないわしらを待つことがでお主にできるか?」
「それは……でも一人戻るより可能性はあったはずだろ!」
「そうだ……だが俺は言い出せなかった。彼女が俺たちの負担になるまいとみせた笑顔を見て言い出せなかったんだ……」
「あのなんの憂いもない笑顔……よほどの覚悟をもっておらねばできまいて」
自分が足手まといになることを知っていて足かせにならないように彼女は別れを選んだのだ。これから死ぬであろうことを微塵も感じさせないその覚悟を見抜いたカインはその意思を尊重した。それが一流の冒険者である彼女への礼儀だと確信していたから……。
「じゃあよう……あの子が最後にみんなのとこに帰るって言ってたのは……」
つまりそういうことなのだろう。運び屋としての仕事をやり遂げた彼女はもう……。
キッドが号泣する。ウォーレンは静かに黙祷を捧げているようだった。他の仲間たちも同様にやるせいない表情を浮かべていた。カインは……リーダーとして、いや、一人の冒険者として勇敢な彼女をたたえようと思う。
「8人だ!」
みなが一斉にカインを見る。彼女の顔と言葉を思い出す。
「俺たち7人……そしてアンを含めた8人の勝利だ」
「そうだ……そうだぜカイン!」
「ああ……あの子の名もダンジョン攻略の偉業に連ねよう」
不満などあろうはずもない。誰もがアンを認めていた。
「そういや……あの石版のことは?」
「そういえばいたのう……」
「むふ……」
あれも仲間だったと認識すべきかカインも悩むところだった。
「言いだしてなんだけど……まあいいっか、アイテムだし」
「そうじゃの。石版じゃし」
「うむ……」
なんとなくあの非常識な石版のことをからめると、この感情が台無しになるように思えたのでなかったことにした。
そしてカインたちは奥にある帰還ゲートを潜ると地上へ戻ってきた。しかし……。
「誰もいねえな?」
キッドの言うとおり商人すらもういない。日が暮れているとはいえやけに早い店仕舞いだ。
「おかしいのう……ボスが倒されるとダンジョンが一時的に休止するはずじゃから気づくと思うんじゃが……」
盛大な出迎えを期待していたわけではないが騒ぎにはなっているはずなので、攻略した冒険者を一目見ようと人が集まっていてもおかしくはない。おそらくギルドにも報告が行っているはずなのだが……。
「なんだよ。たく……拍子抜けだぜ」
「まあそういうな。いまごろギルドに報告もいっておるじゃろうし直に広まるじゃろうて……のうカイン?」
「そうだな。それにもう日が暮れてきている。ギルドに報告するとしよう」
不満そうなキッドをなだめながらカインたちは街へと戻って行った。すると……。
「お……やけに騒がしいと思ったら」
「ふぉっふぉっふぉ……わしらを差し置いて勝手にさわいどるのう」
日が暮れたというのに街は賑わっていた。酒場のとおりを抜けるとどこも荒くれ者たちが乾杯の声があげている。ダンジョン攻略を祝ってという声も聞こえた。
カインたちは胸をはってギルドをおとずれると人集りで入口に入れないほどだった。
「どけどけ! 主役のご帰還だぞ!」
「やめんかキッド。みっともない。ああ……ちょっと道をあけてくれんかの?」
ウォーレンもまんざらでもない様子だ。カインもこれだけの冒険者たちが自分たちを歓迎しているのだと思うとこみあげれるものがあった。
「すごい騒ぎだな……」
「お、なんだあんたダンジョン帰りか?」
見ず知らずの冒険者がカインの言葉を聞いて話しかけてきた。Sランクでそれなりに名が通っているはずだが、どうも彼はカインたちをしらないらしい。それでもカインは気にする様子もなく頷いた。
「ああ、いま戻ったところだ。この騒ぎは……ダンジョン攻略を祝ってかな?」
「たっりめえよ。史上初のダンジョン攻略者が誕生したんだぜ!」
「史上初?」
たしか百年まえにボスは倒されたはずだ。そのあたりもこの冒険者は知らないのだろうか? カインがそのあたりを律儀に訂正すると……。
「は? んなこと知ってるよ。そうじゃなくてついに見つかったんだよ!」
「見つかった……とは?」
「驚くなよ……なんと――ダンジョンコアだ!」
「――ッ!」
カインは言葉を失った。ダンジョンの心臓でありダンジョンの支配者たるダンジョンコアとは存在すら曖昧な伝説上のしろものだ。それがみつかったとなればそれこそが真のダンジョン攻略と言える。しかし……。
「おいおいどいうこった? ボス部屋の奥にはなにもなかったはずだろ?」
「ああ、そのはずじゃ……見落としなどあろうはずがない」
キッドとウォーレンが言うようにカインたちも一応探しはした。しかし百年前も見つかっていないしその存在すら否定する学者もいる。ダンジョンコアとはそういう幻のようなしろものだ。それが見つかったと言われても未だに信じられない。しかしこの賑わいはカインの常識を否定しているものだった。
「いったい……誰が?」
「なんだあんたら知らねえのか? あの凄腕の運び屋のことをよう?」
「運び屋……?」
一瞬彼女の笑顔が思い浮かんだが、それはありえないと否定する。つまり自分たち以外にも深層に潜ってあのダンジョンを攻略した冒険者がいたということか?
「教えてくれ! それはいったい誰なんだ?」
「ああ、教えてやるよ……そいつの名は――クレイジーアンさ!」
クレイジー……アン?
その名を聞いた漆黒の英雄たちは大いに混乱するのだった。




