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13 反省会


「ここかぁ……」


 思っていたよりもボロい。限界集落の空き家とどっこいどっこいといった外観だ。


『たのもー』

「お前ほんと怖い者知らずだな」


 扉を開けて中をのぞくと意外と小綺麗だった。一階はカウンターとテーブルが並べられた食堂のようだ。客もそこそこ入っており活気もある。どこに隠れていたのか女性冒険者も多く見られた。


「二階が宿ってパターンか……定番だな」

『安心するねー』


 ここなら安心して泊まれそうな雰囲気でよかった。


『お客さん泊まり?』

「ん?」


 アンを見つけてトコトコと駆け寄ってきたのは前掛けをつけた勝ち気そうな少女だ。


『こんにちはー。この宿の娘さん?』

『そうそう。よくわかったね。お客さんはじめてでしょ?』

『そうだよー』

「まあ定番だからなぁ」


 カウンターには恰幅のいい女将さんがいるのでもう何もかも想像通りでちょっと怖いぐらい……。


『およ? 他に誰かいるの?』

『うん。彼氏のみーくんだよー』

「誰が彼氏だ」


 アンがスマホを見せると娘さんは多いに戸惑っていた。どうもマジックアイテムというのは一般人には馴染みがないようだ。それでも細かいことは気にしない性格なのか納得していた。


『じゃあ彼氏さんと二人で一泊でいいかな?』

「金とんのかよ! あと彼氏じゃねーから!」

『冗談冗談。お一人様だね。食事はどうする? うちで食べてくれるならサービスしちゃうよ』

『ありがとう。連泊するから宿代もサービスしてほしいなー』


 図々しいな……。だが娘さんはすんなり受け入れてくれた。こういうものなの?


 幼なじみの対応力にはちょっと感心させられた。まあこいつの場合はノリで言ってるだけのような気もするが……。


『かーさん、お一人様連泊で! あと夕食付きだからサービスよろしく!』

『あいよ!』

『んじゃ空いてる席に座って待っててね』


 そう言って娘さんは別の客のオーダーを取りに行った。なんともまあせわしない。


 それから牛丼チェーンばりの早さで夕食は届けられた。


 思えばこれが異世界初の食事である。


 硬そうな黒いパンに恐らく野菜であろう植物の入ったスープ、それから分厚い謎のステーキ……。


「メニューは想像通りだな……で、味はどうよ?」

『想像どーりだねー。素材の味を生かした料理ばかりかなー』

「そうか……」


 あえて聞かないが調味料の種類が少ないか貴重なのだろう。


「あれだな。ダンジョン潜るよりマヨネーズでも売り出した方が儲かるかもな」

『あっーそれいいねー!』


 異世界あるあるだ。たぶん儲かる。まあ普及させる時間がないのでやんないけど。


 空腹を満たしたアンは娘さんに宿泊費を含んだ代金を渡して代わりに部屋の鍵を受け取った。


『彼氏と一緒だからって部屋汚さないでねー!』

「ませガキめ……ほら、さっさと行くぞ」

『みーくんと一緒のお布団に入るのって何年ぶりだろうねー』

「実質一人だけどな。あと布団なんて立派なもんないと思うよ……悪いけど」

『はぁ……緊張するー』


 聞いちゃいないな……。


 二階に上がり番号札の部屋へと入る。比較的安全とは聞いているがこういう世界なので施錠はしっかりとさせた。


『あれだねー……二人っきりで内緒の旅行に来たみたいで……ドキドキするねー』

「何度でも言うけど実質一人旅な」

『ベッド狭いねー』

「ほんと人の話し聞かないよね」


 文句を言いつつも疲れているのかアンはベッドに体を投げ出した。


『うう……ふかふかじゃないよー……枕もごわごわするしー』

「だから言っただろ……安宿なんだし期待するな」


 マットレスなんて上等なものはひかれていないのは見ての通りだ。だけど初日で宿に泊まれるだけ恵まれている方だろう。神様の後ろ盾もない一般人がうまくやれたものだとあらためて感心する。と、アンをなだめすかした。


『それもそうだねーわたしってラッキー!』


 そこにいる時点でアンラッキーなんだけどな……。


「まあいい。疲れてるだろうから今日はもう寝ろ。明日は朝から配達だ」

『ええー……観光はー?』

「んな暇ねーよ。ちゃっちゃと稼いでこんな街おさらばするぞ」

『もっとゆっくりいこーよー』

「ふざけんな……これから夏休みってときに一日中お前と通話して終わったんだぞ? 帰還が遅れれば遅れるほど俺の夏休みが奪われるんだよ。わかるかこの俺の悲しみが?」

『わたしは楽しいのにー』

「もーほんと自分勝手だよね」

『みーくんもホンートはまんざらでもないんでしょー?』

「どっからそーいう発想が生まれるわけ?」

『だって異世界だよー異世界ー。そーいえばこの世界なんて名前なんだろねー?』


 知るか。心底どーでもいいわ。


「いいから言うこと聞けよ。聞かないなら通信切る――」


 ぞっと言い終わる直前で通話が切れた。


「あれ? おい? アン!」


 ディスプレイを見るとライブ動画も切れて画面が真っ暗に――俺が慌てているとメッセが飛んできた。


『電池切れたー\(^o^)/』

「たく、おどかすなよ……」


 よくよく考えれば充電もせずによくもったものだ。途中で切ったりもして節約はしてきたつもりだが、ほとんど繋げっぱなしようなものだったのでバッテリーが切れもおかしくはなかった。


 メッセは充電しながら送ってきたのだろう。これ以上無駄遣いするわけにもいかないので今日はここまでと返事した。


『おやすみー^^』

「はいはいおやすみっと……」


 メッセを閉じて画面を見るとこちらもバッテリーは残りわずかまで減っていた。


 俺も残量に気づかないぐらいには集中していたらしいと思うと少しおかしかった。


 それなりに真剣ではあったが楽しんでいたのだと思う。


「異世界ねぇ……」


 転生にしろ転移にしろそういうイベントは当事者視点のものばかりだというのに、俺ときたら変わらぬ平和な世界からスマホを通してこんにちわー……いいのかこれで?


 しかしまあこういった変化球も嫌いではない。どうやら今年はとんだ夏休みになりそうだ。


「もうなってるか……」


 自然と笑みがこぼれた。とはいえ楽しんでばかりもいられない。幼なじみの性格に助けられているからいいものの、あちらの世界はまごうことなき弱肉強食、敗者に慈悲などそうそう与えられない厳しい世界だ。


「俺が支えてやらないとな」


 そしてゴールまで導いてやらねばならない。責任は重大である。


 こうして俺とアンの異世界サイクリング一日目が終わった。


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