プロローグ
薄暗い洞窟の中で冒険者たちは身を寄せあって迫りくる死の恐怖と戦っていた。
「ぐっ……」
「痛むか?」
「ああ……こんなことならケチらずにもっとポーションを買っておくべきだったぜ」
「ポーションだけじゃない……食料もだ」
満身創痍の冒険者たちは空腹も重なり体力も気力も奪われていた。はじめて到達したダンジョンの下層が予想以上に困難だったからだ。実際は治療薬も食料も多めに用意していたはずなのに、彼等の予想はそれを凌駕していた。
「下層がこれほどの規模の迷宮だったとはな……」
「すまない。奮発して買い集めた地図を落とした俺が悪いんだ……」
「お前のせいじゃねーよ。あれだけのモンスターから逃げられただけでも奇跡だ」
「そうだぜ。あんなにうじゃうじゃ出てくるなんて予想できるかよ」
彼等は予想を上回る量のモンスターに襲われて、いつの間にか物資を消費し尽くしていた。戻ろうにもここはダンジョンの下層。すぐに地上へと帰れるわけではない。傷つき疲弊した体を引き摺って帰還するのはもはや誰もが諦めるところだった……。
「リーダー……このままモンスターのエサになるぐらいなら俺は……」
「俺も嫌だぜ。どうせ死――」
「ギルドに依頼を出した」
ずっと黙っていたリーダーが仲間の言葉を遮りポツリと呟いた。
「依頼って……運び屋を呼んだのか?」
「ああ……半日前に送った」
リーダーの厳つい手には文字の消えたスクロールが握られていた。これは言語魔法を使用したメッセージを送るマジックアイテムだ。このアイテムがあればダンジョンの奥底からでもギルドへ依頼書を出せる。ダンジョンに潜る新人冒険者にとっては必需品と言ってもいい。そう新人にとっては……何故かと言えば――。
「リーダー……ここは上層じゃねー。下層も下層だ。運び屋ごときが辿り着けるわけがねーぜ」
「そうだぜ。アイツ等が潜れるのはせいぜい上層まで……」
「それに俺たちがここまで降りるのに何日かかったと思ってんだ?」
彼等はモンスターを警戒しながら慎重に潜ったとはいえ、その距離は決して短くない。人の足では半日たらずで辿り着ける場所ではないのだ。ここにいる誰もがそれをわかっていた。食料も尽き、いつモンスターに襲われるかもしれない環境で、彼等が生きていられる時間はそう長くはない。だからこそリーダーの行為が無意味だと誰もが気づいていた。
「噂を聞いた……たとえ下層だろうが荷物を持ってくる運び屋がいると」
戯れ言だと誰もが思ったが、リーダーの真剣な顔を見て口をつぐんだ。
「その運び屋にかかれば下層だろうが日帰りで依頼をこなして戻ってくるらしい」
「そんな馬鹿なこと――」
「俺も聞いたぜその噂!」
否定の言葉を遮ったのは別の仲間だった。
「その運び屋は地図も持たずにダンジョンに潜るってよー。なのに確実に依頼人に荷物を届けるらしい」
「それこそありえ――」
「噂ってあれか? 喋る石版と一緒に妙な荷車に乗ってくるっていう女の子の話しか?」
「お前までなにを言って――」
「その噂なら俺も酒場で耳にしたぜ。眩いばかりの光と共に鈴の音を鳴らして走ってくる救世主の話だろ? そう、こんな音――」
ダンジョン内に鈴の音が反響し眩い光が冒険者の目に飛び込んできた。
「いたいたー……この人たちだよねー?」
『他に反応もないし間違いないだろう』
キキキっと何か擦るような音をたててその荷車は止まった。そして降りてきたのはダンジョンの下層とは思えないような軽装――いやただの服を着た少女だった。
冒険者たちが場違いな存在に驚き口を開けたまま呆然としていると、少女は空気を読まずに笑顔を振りまいた。
「お待たせしましたー。ポーション十本と携帯食料五日分でーす。えっと……しめて金貨……いくらだっけ?」
『金貨二枚と銀貨五十枚だよ。ああ、持ち合わせがないようでしたら後でギルドに振り込んでいただければいいので頑張って生還して下さい』
「よいしょっと……はぁーこれで帰りは軽くなるねー」
荷物を置いた場違いな少女と、たしかに言葉を喋る石版を見て動揺しているリーダーからサインをもらうと当人たちはさっさと帰って行った。
「なあ……俺たち夢でも見てたのか?」
「でもこれって……」
冒険者たちは目の前に置かれたポーションと食料を見て生気を取り戻すと奇跡の運び屋に感謝したのだった。