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サブリミナル小説『○ンコ、愛してる』

作者: 澄川三郎

この短編を読んだあと、あなたの中の何かが変わる……

 やっぱり昨日は飲み過ぎたな。「ウ○ンの力」、飲んどくべきだった。


 ふらつく頭で京急の運行情報を調べていた。


「雨で遅れてるって」


 ボクは○ンコに向けて、申し訳なさそうに肩をすくめてみせた。とにかく、スマホで調べられる範囲では、それが限界だった。


「うーん、困ったなあ」


 ああ、○ンコ、○ンコ、可愛いよ、○ンコ。小首を傾げて人差し指を頬に伸ばしたポーズがボクの心をくすぐる。あと、片方だけ上げた眉、もうたまんない。本人は狙ってるわけじゃないんだろうけど、無意識にやっちゃってるアヒル口も、正直、ボクの琴線に触れまくり。


 アヒルと言えば、そうだ。


 ボクは急に思い出した。


「そういえば、鳥かごから逃げ出しちゃったセキセイ○ンコ」


 聞いていいものかどうか、やや微妙な線だが。


 案の定、○ンコは悲しみの表情で目を伏せた。彼女が部屋で飼っていたセキセイ○ンコが逃亡して半月が過ぎていた。


「ゴメンゴメン」


 話題を変えないといけない。


 出張の土産話でどうだろうか。


「そういえばさ、この前、大阪の出張で、久々に「○んこ寿司」、行ってきたよ」


 渾身のネタだったにも関わらず、○ンコの反応は今ひとつ。そりゃそうか、前に言ってたよなあ、「ワタシ、「○んこ寿司」、行ったことない」って。


 しかし、そう簡単に軌道修正はできない。


「徳庵の駅降りてね、しばらく歩くと、なんだろうなあ、犬の散歩道みたいのあってさ。道端に、○ンコの○ンコが○んこ盛り。あ、これっておかしくない? ○ンコの○ンコが○んこ盛り」


 こみ上げる笑いをこらえて下を向くボク。冷ややかに見つめる○ンコ。


 盛大に外したようだ。 


 駅のアナウンスが、無情に、金沢文庫の駅で電車が止まったことを告げた。それに対してボクは、「口の両側を指で開いて『学級文庫』とか言わせるの、流行ってたよなあ、学級○んこ」などと、どうでもいいことを思い出す。


 ホント、どうでもいい。


 そんなボクの隣で、○ンコが大きく溜息をつく。


 ゴメン、○ンコ。せっかくのデートなのに。


「それより、今日のレ()()()ート、」


「妹の、借りてきちゃった」

 彼女は顔をしかめた。


 そうだったんですか。


 ○ンコの妹さんはピアノで留学している。


「妹さんの留学先……」


「うん、コンセルヴァトワール」


 ○ンコのフランス語の発音、鼻に抜けるrの音が気持ちいい。うん、こういうとこ、やっぱり好きだ。


「今年は……」


「ショ()()()ンクール、出るみたい」


 この話も失敗だ。○ンコにとって妹さんは、自慢の妹ではあるけれど、出来が良すぎてうとましくもある、みたいだ。


 でも、ショ()()()ンクール……、自分の付き合ってる彼女の妹が世界を舞台に活躍だなんて。まるで夢のようだ。不幸続きの自分には無い幸運のオーラが○ンコの世界には満ち溢れている。素晴らしい。そういうとこ、うーん、本当に好きだ。


「……でね、パパが買ったコーウン……」


「コー、ウン?」

 うっとりしすぎて○ンコの話を聞き漏らしていた。


「コーウンキ。ホンダの」


「へ?」


「パパが畑で使うからって買ったの」


「何を?」


「だから、耕運機」


「ああ……。ああ!」


 ○ンコのパパは自宅の横の畑で野菜をつくるのが趣味だと聞いている。どうやら耕運機を買ったらしい。どんだけ広いんだ、自宅の畑。そして、いつになったらボクをご両親に紹介してくれるんだ、○ンコ。それとも、住む世界が違うからとボクを遠ざけてしまうのかい、○ンコ。なあ、教えておくれ、○ンコ。ボクは○ンコにとってのなんなんだ。


「パパ、○ンコの和菓子が好きなのよね」


 横浜の百貨店で見ようって言ってたの、それだよね。ボクも好きだよ、○ンコ。


 下りの電車が動き出したとアナウンスが絞り出すような声で告げる。


「うん、今度にしよう」


 顔を上げた○ンコの瞳。固い意志。


 え、どういうこと。


「急いで急いで」


 ○ンコに続いて反対のホームに向かう。


「手土産に、パパの大好きな○ンコの和菓子って思ってたけど、今度でいい」


 手土産?


 ほどなく電車が見えてきた。○ンコがボクの手を握る。


「パパに会いに来てくれる?」


「え、今から?」


 でも、ボク。


「うん、これから」


 ○ンコの目を見て何も言えなくなる。ボクは○ンコのなすがままだ。


 ホームに滑り込んだ電車が起こした風が○ンコの香りを運んできた。


 ○ンコの匂い、大好きだ。


 まだ開かないドアの前で、○ンコがボクの手を握り直した。


「うん、このほうがいい」


 ちょっと照れたように。


 ドアが開く。まるでボクらの未来のように。


 うん、このほうが、ボクもいい。


 ○ンコ、愛してる。




 おしまい

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