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最終日

 僕が恋した少女は、素直で、礼儀正しくて、笑顔が可愛くて、居眠りしていた僕をわざわざ起こしてくれて、目標のために努力を続けられる人だった。

 そして、何もしなくても彼女に会える機会はもう、明日しかない。


***


 教室に富田さんが入ってきた。

 その瞬間から体中に緊張が走ったけれど、どうにかそれを表に出さないようにしながら、富田さんに顔を向ける。

「おはよう」

 よし、昨日よりは爽やかに言えた気がする。

「おはよう」

 富田さんも、ニッコリ笑って挨拶を返してくれる。

 いい感じだ。

 始業のチャイムを聞きながら、僕は背筋を伸ばす。

(最後の日、今日が勝負所だ)

 授業が始まった。


***


「それじゃあ、学部は教育学部?それとも──」

「文学部」

 富田さんは迷いなく答えた。

 昼休み、僕はまた富田さんと雑談をしていた。ドキドキしながら話しかけたんだけど、やはり彼女はフレンドリーに応じてくれた。

「文学部かぁ……文学部って何するのかよくわかんないんだけど、何を──」

「国文学!」

 訊き終わらないうちに答えられた。……なんか、テンション上がってきた?

「私、日本の近代以降の文学が大好きでね、特に三島由紀夫と、あとちょっと恥ずかしいけど田山花袋と、最近の人だったら新堂冬樹が好きなの!ゲーテとかドストエフスキーとかも読んだことあるけど、やっぱり日本のが良いって思ってて、深く鑑賞するには万葉集とか源氏物語の時代からじっくり研究していかなきゃって──」

 早口で興奮気味に喋っていた富田さんは、そこで固まった。

「……ごめん、一人で盛り上がっちゃいました」

 顔を赤らめ、やや俯きがちに謝る富田さん。

 ……やばい。ちょうかわいい。

「いや、いいよ」

 そのせいで、僕はそんな気の抜けたことしか言えない。

「……まあとにかくそんなわけで、文学部なの」

 そんなわけでと言われても、話の内容は殆ど理解できなかった。タヤマカタイとやらの何が恥ずかしいのか全く分からないし、最近の人らしいシンドウフユキなんて聞いたこともない。可愛いから別にいいけど。

 そうだ、可愛いといえば……。

 僕は勇気を振り絞って言った。

「そういえば今日の服、可愛いね。よく似合ってる」

 今日の富田さんは、黒のチューブトップの上に薄いボレロを羽織っていて、下はミニスカートだった。なんとなくオトナっぽく、気合いの入った感じだ。

「あは、ありがと。今日でこの講習終わりだからさ」

 ……?だから何なのだろう。気分が開放的だってことかな。荷物も昨日までよりちょっと多いみたいだし、授業後にどこかに遊びにでも行くのかな。

 そこで授業再開の鐘が鳴って会話は途切れ、僕も富田さんも、黒板の方に向き直った。


***


 彼女が隣にいる時間は、着実に減っていく。

 今日が終わればもう、二度と会えないかもしれない。

 だから、僕は……。


***


 そして、四日間の講習が終わった。

 学生たちは次々に帰りの支度をして出て行き、或いは周りの友達とお喋りを始めた。終講日とあって、昨日までよりも更に騒がしい。

 騒然とした教室の中で、僕の耳にはしかし、殆どの音声は聞こえてこなかった。

 隣では、富田さんが荷物をまとめている。

 僕らの前後の生徒は、既に帰ってしまった。

 ……つまり、今しかない。

「富田さん」

 僕は、少しかすれた声で、隣の女の子に話しかける。

「ん、何?」

 微笑を浮かべた富田さんは、僕の方を見た。

 意を決して、言う。

「富田さん、僕は、君が好きだ。四日間、君のことばかり考えていた」

 言いながら、僕は考える。

「だから、僕と付き合ってください」

 ──できることは、やった。勇気を出しておはようを言って、雑談をして、彼女に教える場合に備えて必死で勉強した。

 きっと、大丈夫。

 そんな刹那の思考の後、富田さんは、口を開いた。



「え、ごめん無理」



 ……あっさりと、そう言い放った。

 胸の辺りに、鋭い痛みが走る。

「……そっか。そうだよね」

 ……ショックだった。悔しくて、悲しくて仕方がない。

 それに、断られるにしても、もっと柔らかく言ってもらえると思って──

「ていうか私、彼氏いるし」

 ……呆然としてしまった。

 よく考えれば、こんな子に恋人がいないわけないじゃないか。

 何で僕は、そんなことにも思い至らなかったのだろう。もう少し頭を使っていれば、告白なんてしなかったかもしれないのに。

「あ……えと、ごめんね、じゃね……」

 何も言えないでいた僕にそう言って、彼女は教室を出て行った。


***


 込み上げてくる涙を堪えながら、予備校の階段を下りていた。

 例えば、志望大学の話や将来進みたい学部の話をした時、彼女は質問に答えるだけで、僕のことを訊いてくることはなかった。

 例えば、その後「応援してる」と言ってくれたのは、ただ話の流れでそう言っただけで、社交辞令以上の意味はなかった。

 彼女は、端っから僕なんかに興味を持っていなかったんだ。

 つまり、僕には最初から、可能性なんて、望みなんて、なかったんだ…………。

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