二日目
右隣の女の子になんとか意識を向けないようにしつつ、本日二コマ目の授業を終え、昼休みになると同時に、僕は教室を出ていく古文講師を追って、講師室に入った。昨日の復習での疑問を解消するためである。
「先生、昨日の文章の最後の所なんですけど……」
僕は該当箇所を指しながら言う。
「ここ、筆者自身のことのはずなのに、なんで伝聞過去の『けり』が使われているんですか」
すると講師は全く間を空けずに答えてくれた。
「ああこれはね、つまり伝聞過去じゃないってことだよ。『けり』にはもう一つ用法があるだろう?」
はて、もう一つ……ああ、
「詠嘆ですか」
「そう、それ。この文さ、『……のやうにこそあらめと思ひける心、』の後に『まづいとはかなくあさまし』ってあるでしょ。つまり──」
──なるほど、流石プロの解説は巧い。一発で理解できたよ。
「ありがとうございました」
僕は講師に礼を言った。
「はいはい」
僕は少し脇にずれて、忘れないうちに今聞いた内容をメモしようと、ペンを握った。
すると、
「おい、君」
先刻質問を聞いてくれた講師が僕を呼んだ。
「はい?」
僕が手招きする彼のもとにもう一度戻ってくると、
「今ね、君と全く同じ質問をこの子がしてきたよ。人に教えるのも勉強になるからさ、ちょっと君が彼女に教えてみなさい」
……なるほど、それはいいかもしれない。流石にたった今習ったことなら苦労せず人に教えられるだろう。
「いいですよ」
その質問者に言った。富田さんだった。
「えっ、」
「よろしくお願いします」
昨日の服とは違う印象の、灰色っぽいキャミソールと白のショートパンツでキメた彼女は丁寧にお辞儀をして、僕の方を見た。
(マジかよ……)
一気に緊張してきた……なんか、けっこう露出激しいし。が、やることはそれほど難しくない。僕はさっき講師がしてくれた説明を、ほぼそのまま富田さんに施した。
「──つまり、筆者は当時の自分の気持ちを懐かしがるように、『ああ、他愛なく、呆れ返ることだなぁ』みたいな感覚を持っていて、それがこの『思ひける心』って部分に現れたってこと……です」
……一応、説明はできたと思う。彼女はどう反応するだろうか──
「なるほど……ありがとう!」
(よかった……)
どうやら納得してくれたみたいだ。講師もニコニコしている。
「じゃ、僕はこれで……」
僕はそう言ってその場を後にした。これ以上彼女の前にいたら、心臓が破裂してしまいそうだ。
「あと、この『一袋取り入れて』の主語なんですけど……」
「んー、それは話全体の流れには関係ないから、気にしなくていいと思うけど──」
講師室からはまだ富田さんと古文講師の声が聞こえてくる。
(真面目だな……)
今の僕の説明、彼女はどう思っただろうか。少しはアピールになったかな……。
(いやいや、どうせ講習期間中だけなんだから……)
それでも、何となく気分は浮き足立ってしまった。
***
帰宅してから、僕は今までにない気合いで予習をし、その上講習には直接関係のない勉強も(古文に限って)猛烈にやった。
理由はもちろん、今日のような場面に備えようと思ったからだ。
(ま、そう何度もあるとは思えないけど)
それでも、一昨日までとは違い、僕は明後日には終わってしまう古文の講習が楽しみになっていた。




