●ミサとミサキとミサイル
●
なんで、こんなことになってるんだっけ。
「へー、ミサってんだ。可愛い名前してんじゃん」
「あぅ、あ、ありがとうございます……。播本さん……」
「ミサキでいーよ。同じクラスなんだし、仲良くしよーよ。……あ、名前似てるからイヤ?」
「い、いえいえいえいえ嫌じゃない……です。ただ、あまりこういうの馴れてなくて……でして」
「……ふーん。ま、あーしは気にせずタメ語で喋っから。そっちはその内でいいケドー、」
反省文を書き終えて、ミサはぼろぼろになった心をひきずったまま帰宅しようとすると、突然とある生徒に呼び止められた。
「あのさ、家ドコ?どーせなら一緒に帰らね?」
播本美咲。ミサと同じ生徒指導室で、反省文を面倒臭そうに書いていた怖い感じのコ、それが彼女だ。
入学初日に堂々と遅刻して、服装や何やら全部で指導対象に引っかかっていたクラスメイトで、浅黒くやけた肌と派手な金髪が目立つアンニュイな彼女と、なんやかんやあって一緒に下校している。
本来なら自分を背負って学校にまで連れてきてくれた先輩に、お礼なりミサイルについてなり声をかけておきたかった所だったが、彼は逃げるようにとっとと帰宅してしまい、追いかけることも叶わなかった。
そのため、特に断れる理由もなく、ミサは彼女と肩を並べて下校しているのだ。
「ところで、なんだけどさー、あの先輩のこと好きなの?」
「ほぁっ!!!!???」
そういって不意に投げかけた彼女の一声は、あらゆる戦場で不覚をとらなかったミサの急所を一撃で射抜いた。
あ、あ、な、わわ、なんで?なんで!?
私の名前すら知らなかったのに、なんでそんなことがわか、かかか、はわわわ、こ、怖いっ!この人こわいよ!
「お、その反応。もしかしなくても図星だね〜?」
よっぽど私の表情が慌てていたのか、よっぽど顔の色が真っ赤だったのか、よっぽど身振り手振りがわかりやすくうるさかったのか、播本さんは確信を得た笑みを浮かべて私の肩に腕を回した。
「べ、べべべゆにしゅ、すきってきまったわけじゃなくてですねよくわからないというかあのひとのことついついめでおっちゃうだけでそれがすきかどうかまだはんだんしかねますしそもそもわたしはあのひとのことをなにもしらないのにそれをすきとよんでいいのかいなよんだらほんとうにひとをすきになるおんなのこすべてにわるいといいますかとにかくわたしのいまいだいているこのかんじょうにれんあいてきなようそがふくまれているかどうかはわたしにもわからなくてすきといちがいにきめてしまうのもよくないといいますかいまこのじかんもとてもゆういぎでたのしいといいますかなんといいますかわたしなんかがこんなきもちをもってしまうことじたいまちがいといいますかでもいまからこんりんざいかれとせっしょくすることをきんじられたらそれはとてもかなしくていやなわけでして……」
あぁぁああぁぁああ……っ、もう何言ってるの私は!
思考回路はあっという間にショートして、考えるよりも先に言い訳が口から垂れ流される。どこで呼吸してるんだろう、と自分でもよくわからない程の高速詠唱で、魔女の呪いのような言葉がダラダラと口から流れ出ていく。
そんな意味不明な音の羅列を受けた播本さんも、きょとんとした顔でこちらの顔を覗いている。
「ぷっ、あははは!なになに、わかんないわかんない!」
彼女は大きな声を上げて笑って、私の肩にまわしていた腕を振りほどいて離れた。お腹を抱えてけらけら笑う彼女の姿を見て、私はこの世に生を受けたことを過去最高に呪った。
どうやって死のうか考えて、思いついたのは宇宙かマントルの二択だった。
「はー、おかしい。もうそれ好きってことじゃん。でもいーいミサ?ちょっち言わせて。女のコはね、勝手に恋してもいい生き物なんだよ」
「……え?」
笑いの波が収まったのか、ミサキは目に浮かんだ涙を人差し指で拭い、呼吸を整えながら穏やかな笑みを浮かべると、やけに落ち着いた声でミサに向かって説いはじめた。
「恋愛に関して自分なんかが〜とか、相手のことよくわからない〜とか、そういうの気にしたらダメダメのダメ。好きに要素を求めない、好きを分析しない。
だって好きなんだもん、それでいいじゃん? 今恥ずかしいと思ってるかもしんないケド、ぜんぜんそんなことない。一番恥ずかしいのは自分の気持ちを隠して、嘘ついて、……それで後悔するコトだよ。あーしらJKなんだよ? 後悔するなんてもったいない! いーや、人間なんだから後悔なんてもったいない!……どうせあと百年未満しか生きられないんだったら、少しでも楽しい方がいいっしょ!」
ミサは口を開けて黙ったまま硬直し、目の前でキラキラ輝きながらJK学を説くミサキを、頭のてっぺんからつま先まで、何度も視線を注ぎながら頷いた。
すると、自分の胸の奥がざわざわと徐々に昂り、その気持ちは抑えきれないまま、じーんと頭の方へと登っていく。
は、播本さん……、この人、この人……!
「メッチャいい人〜〜〜〜〜〜!!」
私は涙を含めたいろんな汁でぐちゃぐちゃになった顔で、思わず彼女の大きな胸に飛び込んで抱きついた。
「わっ、もー、なになに?」
彼女は一瞬だけ驚いた様子だったが、きもちわるい声を上げておんおん泣く私を優しく抱きしめて、そっと頭を撫でてくれた。
あんなに一方的に全部吐き出したのに、ちゃんと全部聞いてくれていた、その上で今欲しい言葉を全部くれた。
そうだ、私は人間じゃないけど、人間である前にJKなんだ。
後悔してしまったらそれこそずっと後がつく、何百年も先の先まで、ずっと嫌な思いが続いてしまうのだろう。そんなのはイヤだ。
私は何回でも失敗できるかもしれないけど、だからといって何回も失敗はしたくないもん。自分の気持ちに、正直に向き合わなくちゃ。
だって、あの人もきっと私より先に居なくなってしまうんだから。
「もしもーし、もーいいですかミサさーん?」
流石に長いことおっぱいに顔をうずめすぎたのか、いや、そうじゃなくても女の子同士抱き合うのが恥ずかしくなってきたのか、ミサキはミサをひっぺがした。
「あぅ……、いきなりごべんね……、わだし、すごい嬉じぐって……、ありがとうね、ありがとうね播本さん……!」
「こーら、なんだその顔は、可愛い顔が台無しだゾ〜? ……あの、さ。じゃあそのお礼っつーか、代わりってゆーか、あーしも、ちょっと言いかな?」
ミサキはそう言うと口をもごもごさせて、目を逸らしながら言いづらそうに何かを伝えようとしている。
「うん!何でも言って!私で出来ることならなんでも!」
その様子を感じ取ったのか、ミサはぱあっと明るい笑顔を咲かせると、ミサキの両手をとった。
「……そう? じゃあ、あのさ……」
えへへ、なんだろうな。オトモダチになって、とかそんな可愛いお願いかな?
ミサキちゃんも、もしかしたらクラスに馴染めるか不安なのかもしれないもんね。私なんかで良ければ、体育のペアにだってなるし、お昼も一緒に食べるし、放課後にプリクラだって撮っちゃうんだから。えへ、えへへ。
「アレ……、ミサイル……かな? あーしと一緒に死んでくれる……?」
ミサは全く気がついていなかった。
それもそうだ、今まで彼女のおっぱいしか見ていなかったのだ。呆気にとられた顔で振り返ると、その上空には今朝見たものと同じ爆発物が、こちらにめがけて迫っていた。
せっかく仲良くなれそうだったのに、せっかくJKライフ其の六、恋バナを楽しんでいたのに、
許さない。
「うん!大丈夫!私に任せて!」
ミサは、恐怖に震えて足腰も動かなくなったミサキの肩をぽんと叩いて親指を立て、標的のミサイルに狙いを定める。
「クラスのみんなには……内緒だよ!」
ミサはその場で大きく跳躍すると、せまるミサイルを掴み、そのまま大気圏外にまで跳んでいった。
成層圏でミサイルを手放し放り投げ、ポケットに入っていたのど飴で迎撃して、宇宙の彼方にまでミサイルをすっ飛ばしたのだった。
「あっ、しまった今スカートだから、地球からぱんつ見えちゃう」
落下しながらスカートを股ではさんで手で抑え、どうにか下着が見えないよう気をつけながら、そのまま何事もなかったように、すたりとミサキの前に着地した。
「へへーただいま!」
「え、おかえり……?」
状況がわけわからなさすぎたのか、ミサキはどこか魂の抜けたような顔と声でそう言った。
その顔を見て、ミサはしまった、と己の愚行に今更ながら気がついた。
中学校の青春の失敗の要因も、こんな感じだったじゃないか。
私は人と違うバケモノなんだから、人にこの力は決して見せてはいけないのだ。せめて麻酔針とかでミサキちゃんの意識を奪っておくべきだった。コレじゃあ、せっかくお友達になれそうだったのに、いやそれどころか、夢にまで見たハイスクールライフもココで終わって……。
じわっ、とミサの目頭は熱くなり、大粒の涙が目元に溜まる。唇を噛み締め拳を握りしめ、決して涙を見せぬようにミサはえへへと微笑んだ。
目撃者は、彼女一人。
彼女が消えれば、私の夢は遂行できる。
仕組まれた計算機能はそう告げるが、私の造りものの心はそれを強く拒んだ。
逆、逆だよ。
私が夢を諦めれば、彼女を消す必要は無いんだから、そんなことしちゃいけないんだよ。
世界に必要ないのは私の方なんだから、そんなことをしちゃいけないんだよ。やっぱり私なんかが、夢見ちゃいけなかったんだよ。せっかくの新しい制服もこんなに汚しちゃって、私なんかが――、
「……ッ!」
すると、今度はミサキが生物兵器のことを抱きしめた。
呆気にとられたミサは、涙を目に留める作業を一瞬忘れ、その結果ぼろぼろと粒が頰を伝って溢れていく。
「……二人だけの秘密、だったよね、ミサ。……助けてくれてありがとう」
顔も見せないまま、震えた小さな声で囁きかけられ、ミサはますます涙を流した。
――ああ、感情が制御しきれない、なんて不安定なポンコツ設計、なんて役に立たない機能なんだ。
でも、でも。
誰かにお礼を言われるって、こんなに嬉しいことなんだなあ。
ミサの造りものの心はあったかい熱を帯び、今まで破壊しかしなかった両腕で彼女をそっと抱き返す。
どうやって離れていいかわからなくなった所で、ミサキはにかっと歯をみせて笑い、パッと離れて微笑んだ。
「ま、あーし尻は軽いけど、口はカタいからさ、任せといてよ!」
「も〜、ミサキちゃんったらぁ」
「お!今名前で読んでくれたねぇ〜?んじゃ、明日からもそれでヨロ〜」
「えぇ〜」
…………ッ、
――ああ、ああ、遠ざかる、遠ざかる。
私の平和が遠くへ行ってしまう、私の願が遠くに行ってしまう。ああ、何故ですか、どうかお願いです神さま、私を、……死なせてください――。
……え?
今、何か声が聞こえたような、それも酷く物騒で悲しそうな……、
妙な違和感を持ちつつも、彼女の明るい笑顔を見ると、気のせいだったかなとどうでも良くなって、私達は二人仲良く下校していった。