●生物兵器ミサのおはなし
――世界とは、残酷で退屈で、それでいて臆病だ。
『やめて!離して!離してよ!』
『ヘヘッ――」
あまりにもぶっきらぼうで、掴み所はなく、いつどこで誰しもが、あらゆる方法で傷つけ合い、そして傷つけられる。
『やめろ! ミサを離せッ!」
『アぁん? 何だテメ』
『――くん! 助けて、……助けて、――くん!』
そんな世界に生きる人々はやはり弱く、自分という個だけでは己を保てず、繋がりを求めては群れを成し、他人と触れ合うことで初めて自分を認識し、そうしてようやく世界にその存在を刻むのだろう。
『オぅ…ッ、っぐっふ…ッ!』
『ヒャヒャッ! 威勢がいいのは口だけかァッ⁉︎ オラッ、オラァッ!』
『やめて……!やめてよっ!もうやめて! 死んじゃう!――くんが死んじゃうッ!』
この弱くて儚い、シャボン玉かガラス細工のような脆い脆い世界では、あまりにも、
『ヒ……ッ!逃げ、逃げロォッ!』
『殺されるッ!殺されるッ! 逃げろ!』
『――くん、……ごめんね。大丈夫だった?』
あまりにもあまりにも、
『ヒ……ッ、よ、寄るなッ化け物……ッ!たす、誰か、助けてくれええええええッッ!』
あまりにも、私にとって窮屈だ――。
●
北条美沙、それが私という個体に与えられた名前である。
私という存在は生まれながらにして間違った命であり、生まれるべき生命などではない。簡単に言ってしまえば人造人間、少し専門的に言えばホムンクルス、悪く言うなら化け物だ。
私を造った研究施設は、非人道的な研究と開発を繰り返し行っては莫大な資金を得る、この世界にとっての癌だった。その研究こそが、ヒトという生命の個体の培養、増殖、そして改造。
それらを紛争地域に戦士として売り出し、また施設自らが国と国同士の戦争を裏で仕組み、世界中の多くの人々の血と生命を金に換えていった。
私という個体は、施設長である母が産んだ子を素体に、培養と改造を長きに渡って行い誕生した、巨悪の生み出した最高傑作だった。
私と他の個体との一番の違いは、学習し、記憶し、感情を宿して成長するということ。
人の子となんら変わらない感性を持ちながら、施設史上最高傑作の肉体を持つ、まさに無限の可能性を秘めた自慢の娘だった。
そんな私が憧れたのは、テレビで観たヒーローだった。
あるいはゲームの勇者、漫画で見た主人公でもいい。仲間と共に巨悪に立ち向かい、人々に笑顔と平和を与える、そういうみんなのヒーローに、私という個体は成りたかったのだ。
だが、この世界には悪の組織の怪人も居なければ、魔物や魔王なんてものも存在しない。
人の敵は、いつも人だった。
多くの人々を救うためと銘打っては多くを殺し、
平和を願っては人々を殺し、笑顔を与えるためならばと人々を殺していた。
いつの日だかそんなことを続けているうちに、一度この世界から戦争は無くなった。
悪を討ち亡ぼすために生まれ、悪を倒すべき使命を持った私の倒すべき悪が、残すところ私の産まれた施設のみとなったのだ。
私は迷わず施設を潰した。仕組まれた最高傑作の計算能力と、これまで培った心が導き出した答えはすぐに合致した。
人々の平和と幸福のために全てを消して、自らの宿願を果たしたのだ。
そうして世界から悪は滅び去った。
脅威は消え去り、私という個体だけがその名残となって、およそ時は数百年が経った。
誰もが手を取り合う、理想的平和な世界。その中で壊れた精神を宿したまま、決して朽ちぬ私の身体が求め、憧れたのは、
JKだった。
キラキラとした青春のスクールライフ、部活して恋して受験して、ドキドキワクワクのハッピーデイ。
施設からふんだくったお金で、そんなマンガやアニメばかりをだらだらと観た私という個体は、
「いーなー、そーいうの楽しそうだなー」
という新たな使命を得て、この世界に再び起動する――。
……高校生になるためには、中学校というのを卒業せねばならず、ここでのスクールライフはものの見事に大失敗に終わってしまった。
でも、次の春には私もついに高校生!本格的なミッションはここからだ。
とりあえず現時点での目標は、放課後に友達とクレープを食べることだ。キャラメル味がいいなぁ、ホイップたっぷりの。