第一章 envy 妬み
ミスで丸ごと消えてしまったので、初めから書き直しました
嘘だと言って欲しい。冗談だと言って欲しい。
だけど野沢ははっきりと言った。俺と岩崎を別れさせてくれ、と。
俺は野沢の胸ぐらを掴み怒鳴った。
「どういう意味だ!なぜ俺と岩崎を別れさせるんだ!俺に恨みでもあるのか!」
自分でもかなり怒っており、手に力が入っているのがわかった。だが、野沢の言ったセリフにより力が抜けた。
「オレも岩崎のこと、好きなんだ」
野沢の胸ぐらから俺の手が落ち、逆に野沢が俺の胸ぐらを掴んできた。
「お前にはわからないだろーな!この数ヵ月間、オレがどんな気持ちで過ごしてきたか!お前はオレのことなんてこれっぽっちも考えなかっただろ!幸せ顔で岩崎のことを話して!」
確かに、俺は野沢のことは全然気にかけなかった。気にかけていたなら彼女自慢なんかしなかっただろう。
「オレは考えた。何でオレじゃなくてお前なのかと。出した答えが『一緒に過ごして来た時間』だ。お前が中三の時、岩崎と一緒のクラスになったから『今』があるんだ。それがお前じゃなくオレだったら、二人とも違うクラスだったら『今』は違ってるはずだ。だからオレは願う。フェアにしてくれと」
確かに、俺が中三の時、偶然、岩崎と同じクラスになって、偶然、野沢と離れた。そして偶然、岩崎と仲良くなり、告白された。
もし俺じゃなくて野沢だったら、二人とも違うクラスだったら、今とは違う物語が語られている。
だけど、その物語はもう語られることはない。過ぎてしまったことだ。
だけど、野沢はこの非現実的な力を使って、違っていたかもしれない物語を高校から始めようとしている。
「この力によって全てが白紙になるはずだ。岩崎はまたお前を選ぶかもしれないし、オレかもしれない。他の男かもしれない。だが、誰を選んでも後悔はしない。フェアプレイで行われた結果だ。お前が選ばれたら、オレはお前の友達でいる。オレが選ばれたら友達でいてくれよ」
「………そんなのいいわけないだろ」
俺の腕に力が入るようになった。
「は?」
「そんなのいいわけないだろ!」
俺は再び野沢の胸ぐらを掴んだ。
「そんなのお前の勝手なワガママだろ!勝手に俺を嫉妬して、勝手に俺を妬みやがって。勝手にフェアプレイとかいいやがって。全然、フェアプレイじゃないだろーが!」
「なんだと?」
「大体、お前と俺は岩崎の好みとか知ってるだろ!そこでもうアドバンテージがあるじゃねぇか!他にも数えきれないほどある」
「はっ!そんなの調べればあっというまに調べれる。一緒に過ごした時間っていうアドバンテージと比べれば小さいことだ!」
俺は野沢を殴りたい衝動にかられた。だが、我慢した。ここでキレて殴ったら残る最後の願いで何を願うかわからない。
「ふん。岩崎と付き合わせくれっていう願いじゃないだろ?オレはチャンスが欲しいだけなんだ。」
「なに偽善者ぶってんだよ。お前は正々堂々じゃないと戦えないのか?」
「なに?」
「お前は逆境から逃げ出しているただのチキンだ!腰抜だ!」
「なんだと!」
野沢は掴んでいた手を離し俺の顔を殴った。
俺も躊躇わず殴りかえした。今後のことなんかどうでもいい。俺は心底キレていた。
俺と野沢は一度もケンカしたことはなかった。きっかけも無かったし、したいとも思わなかった。
だが今思えば、もしかしたら野沢は四月あたりからずっとケンカしたかったかもしれない。
どれぐらい時間がたっただろうか。
俺達はまだ殴りあっていた。止めようとも思わなかった。止めたら、負けの様な気がしたからだ。
ゴスッ
俺の拳が野沢の腹に食い込み、俺の方に倒れかかってきた。
「!お、おい!」
「くっ、だが……願いは……………叶……ったはず…だ」
途絶え途絶え言いながら、完全に俺の方に倒れた。気を失ったみたいだ。
俺は野沢をゆっくりと地面に寝かせた。
その後、俺に今までの野沢ことについての罪悪感、そして今日のことについての罪悪感が襲ってきた。
「なんでこんなことになったんだ?なんで俺、こんなことしたんだ?第一、この折り鶴さえなければ……」
「それは違います」
背後から声が聞こえた。
「誰だ!」
後ろを振り向くととても質素な服装の女の子が立っていた。「あなたはこの折り鶴がなければ、今日の様なことは起きないと思いましたね。それは違います。今日のことは必ずいつか絶対に起こります」
「なんだと?」
「あの人とあなたは親友でしたね。だけどあの人はあなたに愛する人をとられ、妬んでいました。あなたがあの人のことを気にかけない限りは、あの人の妬みは積み重なり、いつか爆発してしまいます」
そうだった。今日のことは俺が野沢のことを気にかけなかったから起こったわけで、俺が自慢したり、岩崎と付き合っている限りは避けられない。
気にかけれる自信はない。うかれてもいたし、今日、初めて野沢が岩崎のことを好きということを知ったからだ。
「それにそれは今日より酷いかもしれません」
「そうだよな。今日より嫉妬がたまるんだからな」
でも、今日起きたことが正解かどうかはわかるはずがない。
もしかしたら、後の方が穏便に済ませるかもしれないからだ。
「あんたは今日起きて正解だったと思うか?」
俺が目の前のヤツに質問すると、怪訝な表情………いや、落胆した表情になって答えた。
「あなたは、遅くても速くても親友との仲が壊れるのを正解だと思うのですか?」
実に的をえた答え。俺はそんな答えは思い付いたりしなかった。
「自分の被害の度合いだけを考えるのなら、あの人とあなたは、そこまでの関係なのでしょう」
「そうかもな。俺達はそこまでの関係だったんだろうな」
季節は春なのに、冬の様な震えるような冷たい風が俺と野沢だけ吹いているようだった。
「今日のことはあんたの仕業なのか?」
「違います。私はずっと見ていただけです」
「この鶴は?」
「ご存知の通り、願いを叶えてくれるものです。ただ………他に副作用がありますけど」
「副作用?」
「あなたの今日の出来事を振り返ると分かると思います。」
今日の出来事を振り返ると分かる?ちょっとだけ考えてもわからない。ケンカ以外に何かあったか?
いや、後でじっくり考えた方が良いだろう。
「なるほどな。あんたは傍観者ってわけなんだな」
「はい。そのような使命がありますから」
女の子が一瞬だけ気丈な表情になった気がした。
「俺、どうすれば良いんだ?」
俺は、解決策を模索した。このままだと、気まずいままで過ごしてしまうからだ。それに、謝って済むことなんかじゃない。
「自分で考えたらどうですか?願いもあと二つあることですし」
「わかった」
俺は考えた。
一番いいのは、俺と岩崎が別れることなのだろう。そもそもの原因はそれだからだ。
だけど、岩崎と別れるのは嫌だ。せっかく好きな子と付き合えたのだから、幸せは失いたくない。
願いを使って、野沢の記憶を消したり、好きな子を変えたりするのはどうか。
いや、だめだ。それは、俺の独占欲が出ているだけだ。
俺は試行錯誤して、一つの解決策を見い出した。
「野沢の今日の記憶を消してくれ」
「私に言わないで下さい。私が叶えるわけではないですから」
そう言われ折り紙に祈った。
一瞬眩しく輝き、また元の輝きに戻った。
「願いは叶ったみたいです」
「そうか。野沢の最後の願いはやっぱり叶ったのか?」
女の子は首を横に振った。顔には少し軽蔑が感じられた。
「最後の一つはどうしますか?」
「勝手にしてくれ」
「そうですか。では、最後に言わせて下さい。」
女の子が一呼吸ついて話した。
「今日はありがとうございました。お陰で人間関係を知ることが出来ました」
ありがとうだと?
コイツ、人が傷付いて悲しんでいるのに喜んでいるのか?
俺はボロボロになっている体に鞭を打ち、女の子に殴りかかった。が、殴ることが出来なかった。避けたのではない。俺の拳が体をすり抜けたのだ。
「無駄ですよ。私、ここにいませんから」
無表情で言われた。
「人の不幸を見て喜ぶのかよ!最低だな!あんたにはわからないだろうな!こんな悲しい気持ち!」
俺はわめいた。そうでもしないと、どうかなりそうだからだ。
「勝手なこと言わないで!!あなただって私の気持ちはわからないでしょ!私がどんなことを経験して悲しいか!」
女の子が初めて確りと感情を表した。
それは完全な怒り。
俺は恐縮し言い返すことが出来なかった。
「す、すいません。軽率でした。今後は気を付けたいと思います。では、さようなら」
表情が元に戻ったかと思うと、女の子はスゥーと逃げる様に消えていった。
「最後の一つは無かったことにします」
それが消えていく間、最後に聞いた台詞だった。
女の子が消えた後、しばらくすると野沢が起きた。
記憶がちゃんと消えているか心配だ。
「……う〜ん、あれ?何でこんなとこにいるんだオレ?」
ちゃんと消えているようだ。
「あ、藤堂!何でそんなボロボロなんだ?あれ?オレもだ!何でだ?」
「そんなこと気にするな。俺だって今気付いたんだから」
「オレ達、宇宙人にアブダクションされたんじゃね?」
「そうかもな。さっさと帰ろうぜ」
そうして、俺達は自宅に戻った。
途中、今日のことの発端の折り紙をビリビリに破いて捨てた。
野沢の折り紙はあの燃えるような赤色ではなく、薄いピンク色だった。
俺のはというと…………白から薄い水色に染まっていた。
その後、俺は野沢の本心を知ってしまったので前の様に気軽に話せなくなった。
野沢の方はというと、初めの方は俺のヨソヨソしい態度に不思議がっていたようだが、本心では俺に嫉妬しているので次第に話さなくなった。
二人とも他人行儀になってしまい、一学期が終わる頃にはまったく関わりを持たなくなった。
俺と野沢は赤の他人。親友でも友達でもない。ただ、同じ年度に産まれた人。知らない人
そのため、野沢の妬みの爆発の危険がなくなったようだ。知らない人を妬んでケンカを売るわけないだろう。
結果としては、良かったのか、悪かったのかは分からない。
だが、俺は後悔していない。後悔してないから、俺は今も岩崎と付き合っている。
「妬みの炎は赤く燃え上がる。人は何かしら友達の何かを妬んでいる。わかった?鶴」
女の子が折り鶴に向かって話しかけている。その色は白。
「あの男の子はちょっと偉いんじゃないの?友達からあんなに悪口言われても、友達ことを配慮して願ったんだから」
折り鶴に向かって話しかけているが、もちろん折り鶴は返事をしない。そのかわり、色が灰色になった。
「次はどんな人間関係なんだろうね?」
折り鶴は女の子の掌の上で寂しくたたずんでいた。
これで第一章は終りです。
envyはエンビィと発音します。イナビィではありませんのであしからず