第二章 SYLLABLE そして mistake
「恵美ちゃん………」
舞ちゃんの顔から笑顔がなくなった。
さすがにやりすぎた、と思って慌てて否定した。
「ウ・ソ・」
と。
だけど舞ちゃんの表情は元に戻らず、顔を怒りに染めていった。
「恵美ちゃん………何でそんなこと言うの?わたし達、友達じゃないの?」
「だから、ウソだって!冗談を言っただけだから!」
この時は、舞ちゃんはただ誤解しているだけ、と思ってまだ余裕があった。
「だからさ、口ではあんな風にいっちゃったけど、そんなこと全然思ってないから」
苦笑いで弁解するあたし。だけど、舞ちゃんの顔には笑顔が戻らなかった。
「………ウソ…でしょ」
舞ちゃんの絞りだした様な声。ついさっきまでは、どんな状況でもあたしに聞こえる位の大きさだったのが信じられない。
あたしは聞き取ることが出来ず聞き返した。
「え?」
「ウソでしょ!」
今度は大きかった。だが、怒気を含んでいた叫びの様に思えた。
「わたし、せっかく友達が出来たと思ったのに………せっかく親友が出来たと思ったのに………」
「………」
「もうイヤ!」
舞ちゃんはそう叫ぶと、走って屋上から校内に入っていった。
あたしは、余りにも突然のことだったので呆然としていた。
静かな夜に時折聞こえる舞ちゃんのと思われる足音。それも次第に聞こえなくなり、静寂があたしの周りを支配した。
あたしは、最近の出来事を整理してなぜ舞ちゃんがあんな行動をとったのかを推測した。
クラス会
罰ゲーム
折り鶴
一緒の帰宅
夜の登校
不思議な現象
そして、舞ちゃんの言動
この様な出来事があたしの頭に渦巻いていた。
そして、出した結論は『折り鶴が、あたしが冗談でいった願いを叶えたから』だった。
「この折り鶴、余計なことをしたわね。あたしが本気であんなことを願うと思うの?」
「それは違います」
前方の手すりの方から声が聞こえた。
さっきまでは居なかったはずなのに、あたしと同じ位の年頃の女の子が立っていた。そして、こっちに向かって歩いて来た。
「誰?」
「そうですね、平たく言えば傍観者ですね」
「傍観者?」
「はい。今日のあたな方の出来事を全て見させていただきました」
「それじゃ、あなたはこの折り鶴に憑いてるオバケ?」
「その様なものです」
「ふ〜ん。じゃあさ、なんであたしの願いを叶えたのさ」
「私は傍観者ですよ。何も手を出さない、見ているだけの。願いを叶えるのは私じゃありません。それに、あなたの願いは叶っていません」
「ウソ!じゃあ、なんであたしと舞ちゃんが絶交したのよ」
女の子はここで
「ハァ」と溜め息をついた。
「一番悪いのはあなたです」
「あたし?どうして!」
「あの人はあたなを『親友』と思ってました。だけど、その『親友』の口から耳を疑いたくなるような台詞が出てきました、『絶交』と。信用していて信頼もしている人からその様なことを言われると、普通あんな風になります」
「冗談って言ったじゃない!それに、普通友達だったら軽口言い合ったり、冗談で悪口言い合ったりするじゃない!」
「じゃあ、あなたは友達だったら冗談で毎日『早く死ねば?』って言っていいんですか?」
「それは、度が過ぎてるじゃない!そんなこと言われたら誰だって絶交する」
「そうですね。じゃあ、毎日冗談で友達の悪口を言っていいんですか?」
「そ、それは………」
あたしは躊躇った。
友達だったら平気で悪口を言う。でもそれは、お互い冗談だってことを黙認してるから言える訳で、ドッチボールでの『ちゃんと狙えよ!馬鹿』と同じ様なお遊び台詞。
だけど、毎日ってことになると違う。『死ね』は論外だけど、悪口を毎日言われると流石にカチンとくるはず。あたしだってカチンときた時もあった。
「冗談でも毎日言われるとカチンってくるからダメね」
「そうですよね。」
「でも、あたしは今日初めて軽口言ったんだよ!舞ちゃんだって大分あたしになついていたし、あんただって舞ちゃんはあたしを信頼してるって言ったでしょ?友達だったんだよ!普通、冗談って分かるでしょ!」
「人間は一度経験しなければ、学ぶのは難しいんです」
女の子の表情が悲しい表情になった。
「一度、友達に冗談を言われたという経験をしてないと、冗談って気付きませんよ」
「そんなわけないじゃない!十七年間生きてきたんだから、一度位経験してるはずでしょ!」
「じゃあ聞きますが、あの人があなた以外の人を話しているところ、見たことありますか?」
舞ちゃんが誰かと話している光景………一度もない。クラス会で集合した時、いつもひとりぼっちだった気がする。二人一ペアを作る時だっていつも余って、クラスで影の薄い鈴原っていう女の子と一緒になる。だけど、いつもペアになっているわりには休み時間の時話したりはしない。
それに舞ちゃんの『わたし、舞ちゃん以外友達いないもん』………まさか事実だとは思わなかった。
「一度も友達と話したことがないというわけではありません。小学生の時はいました。だけど、中学生になると状況が変わりました。あの人の友達の交友範囲が広がって、あの人との関わりが薄れていきました」
その状況、あたしにもわかる。
友達に新しい友達が出来ると、あたしに対しての態度があっさりになるって感じで、あまり感じが良いものではない。
逆の立場もわかる。
新しい友達って新鮮だから、つい優先してしまう。
その関係がいつまでも続いて、交友がなくなりもう話さなくなるときもあるし、ひょんなことで元に戻るときもある。
友達がいないってことは、きっと舞ちゃんは友達みんなが前者みたいになったんだろうと思う。
「そうやって中学時代を過ごし高校生になりました。高校生になってからは友達を作ろうと話しかけたりしてましたが、みんながみんなそっけない態度をとり、友達は出来ませんでした」
「何で出来なかったの?最低じゃない!その人達!」
「それはあたなの方が分かりやすいんじゃないですか?」
「あたし?どうして?」
「高校生の中には、何かの目的で交友関係を作ったり、理由なく友達を選ぶ人がいますからね」
いる。そんな人間はあたしの周りにいる。
ちょっとヤンキーっぽい人やかっこいい人に取り付き、虎の威を借る男子。
自分と違って男友達が多い女の子と仲良くなって、彼氏が出来た途端切り捨てる女子。
ヤな感じはするけど、あたしはそんな人達とも付き合っている。
「それに人間は同族意識が強いですから、大衆がやってることと違うことをやってると叩かれます」
「………」
「人間関係って精神使っちゃいますよね。深いし、曲がってますし、たった一言の冗談で誤解を招いて崩れてしまいますし。それに、信用しすぎると危険ですしね」
女の子と会話して、あたしが悪いってことは良くわかった。
舞ちゃんは信頼、信用しているからこそ、あたしが言った冗談を真に受けて受けてしまった。
「御理解いただけましたか?」
「うん。じゃあどうすればいいの?どうやって誤解をとけばいいの?」
「そんなの知りませんよ。自分で考えて下さい。私はあくまでも傍観者なんですから」
「あなたって薄情なのね」
「えぇ。人間、自分のことが好きな人が大半を占めてますから」
少し悲しいそうで、やるせない感じの顔だった。
「決めた。明日、きっぱりと謝る」
それがあたしが出した答え。最善かどうかはわからないが、友達だったらすぐに謝ったほうが良いはず。
「そうですか。それでは頑張って下さい」
女の子はスゥーと消えていっている。
その時、ホントにこの折り鶴のオバケってことに知った。
「待って!あなた、名前は?」
あたしは呼び止めた。名前なんか知っても、もう会えないと思うけど聞いてみたかった。
「私ですか?そうですね………亀とでも呼んで下さい」
「折り鶴なのに亀?へんなの!あたしは恵美!未来のミス日本よ!」
最後だけ、空元気を出してみた。
亀は少しだけ笑った感じがして、消えた。
翌日、学校で舞ちゃんに謝ろうとしたけど出来なかった。
舞ちゃんは、学校に来なかった。別に引っ越した訳じゃなかった。
先生が言うには『不登校になった』みたいだった。部屋から出てこないらしい。
あたしのせいだ。あたしが、冗談とはいえあんな酷いことを言ったからだ。
あたしは後悔し続けるでしょう。
舞ちゃんとの関係が良くなるまで。
「恵美。罰ゲームのことなんですが………」委員長が話し掛けて来た。だけど
「止めて、委員長。あたし、そんな気分じゃないの」
「恵美が静かなんて………雪でも降るんじゃないでしょうか」
馬鹿にするような口調。あたしはカチンときた。
「馬鹿にしに来たならどっか行って!あたしがいつでもヘラヘラしてるって思ったら大間違いよ!」
「はいはい。心はスワンですものね」
『バァン!!』
あたしはおもいっきり机を叩いた。
「あたしが言ってる意味が分かんないの?」
そう言ってあたしは教室を出た。
「恵美、どうしたんでしょうか?」
「あの日で機嫌が悪いんじゃないの?」
「違う違う!きっと、朝、車に水掛けられたんじゃね?」
「水溜りなんか出来てねぇじゃん!」
「いや、わかんねぇぜ。アイツはヘラヘラしながら登校してるからな」
「罰ゲームに対してじゃない?だって、あんな選ばれ方したんだから」
「富岡……舞だっけ?アイツと引っ付けられたからじゃね?」
「まぁ富岡も富岡だよな。『恵美ちゃんとだったら別にいいかな』だってさ!変態だな〜」
「大体、富岡ってなんか生理的に受け付けたがいんだよな〜」
「言えてる!」
「佐倉さんはどう思う?」
「私?私はなんか悩んでた気がする」
「そんな訳ないじゃん。アイツが悩む時は試験当日ぐらいだろ!!」
教室の中が笑い声で溢れた。
「黄色は心の危険信号。脆くなってるから注意。たった一言で崩れる時もある。わかった?鶴」
女の子が折り鶴に話し掛けている。その色は変わらず灰色。
「あの恵美って子、これから大変だろうね。クラスメートの大半に誤解されてるから。でも、なかなか友達思い。好感持てるね。それはそうと何で舞って子の願いは叶えなかったの?」
折り鶴は何も反応しない。
「教えてくれてもいいじゃない」
折り鶴は何も反応しない。
「ま、いっか。次はどんな人間関係だろうね?鶴」
折り鶴は女の子の掌の上で寂しくたたずんでいた。
これで第二章は終わりです。SYLLABLEはそのまま『シラブル』と読み、mistakeは『ミステイク』と読みます。
第一章の最後を書き直したので是非!
次は遅くなると思います




