第六話
屋上には誰もいなかった。
あるのは、夜空の欠けた月と星。
聞こえるのは、虫の音。
「誰もいないね、恵美ちゃん」
「そうね。でもアイツらの罰ゲームは油断したらダメよ」
そう言って、あたし達は息を潜めて五分間、物音を一切たてずにいた。
だが、ことが起きる様な気配は無く、いくらなんでも静か過ぎるので舞ちゃんが疑い始めた。
「ねぇ恵美ちゃん。これは流石におかしいよ」
「ん、どうして?」
「だって、罰ゲームを始めるのにしろ、内容がわかんないし、人もいないから、どうすればいいかわかんないよ!わたし達、騙されたんだよ!」
舞ちゃんの力強いセリフ。こんな舞ちゃんは初めてだった。
「そ、そうかもね。あした、委員長に告訴しましょ」
いつもと違う舞ちゃんの立ち振る舞いに物怖じしたあたしは、舞ちゃんの機嫌を損なわないように帰宅を提案した。
「そんなことしなくていいよ。恵美ちゃんがまた馬鹿にされるだけだよ!」
「え〜、あたしは馬鹿にされるのは役割みたいなものだからな〜」
「ダメ!あんな奴らと無理して付き合っちゃったらダメになるよ!」
「コラ、友達に向かってそんなこといわない!」
「あんなの、友達って呼べないよ…………」
怒っている舞ちゃんをなだめつつ屋上から出ようとドアノブを手をかけると、いきなりポケットに入れてる『何か』が白く光りだした。
ケイタイの光とは比べられないくらい強い光りだった。
その『何か』を取り出してみると今朝見付けた折り鶴だった。
あたしのだけじゃなく、舞ちゃんの折り鶴も光っていた。ただ、舞ちゃんのは金色に光っていた。
「なっなに?これは?」
「知らないよ!わたしが光らせたわけじゃないから!」
あたし達は混乱していて状況が全く処理出来なかった。
把握出来始めたのは数十分後だった。
「クールになりましょ、舞ちゃん」
「うん、そうだね。」あたし達の手の中にある折り鶴は変わらず輝いている。
「なんで光っているんだろうね?」
「委員長とかが細工したとか。だいたい、委員長の作戦だし」
「え〜?ただの折り紙が急に光り出すっておかしいよ。蛍光塗料とは比べられないほと輝いているし」
そうね、あたしはそう判断した。いくらなんでも、こんなうすっぺらい折り紙から、普通の電球より明るい光りを出せるはずがない。あたしの頭では推測が巡っていた。
「恵美ちゃん………」
舞ちゃんがヨワヨワしい口調で話しかけて来た。
「今の技術で紙を発光させることって無理だよね?」
「奇遇。あたしもそのことについて考えていたとこ。結論は『ない!』に決まったんだ」
「人間の仕業じゃないってことは………」
舞ちゃんの顔がひきつっていた。
「……オバケとかの仕業なのかな……恵美ちゃん………」
「ま、まっさかー!この、ナノテクノロジーが口笛吹いて出回っている二十一世紀にそんなことあるわけないじゃない!」
あたしは口では強気に言ったが、心の中では正直不安で一杯だった。
この目の前で起こっている非科学的な現象は、科学的に証明されていない者の仕業としか思えないのだ。
「舞ちゃん、とりあえず離れないようにしよ」
「……うん。恵美ちゃんだけが頼りだよ。いつでも」
「ま、まかせて」
舞ちゃんの顔に少しだけ安心感が感じられるようになった。
その瞬間、舞ちゃんが持っていた黄色く光っている折り鶴が更に黄色く光り始めた。
「え、え?なに?舞ちゃん、何かした?」
「何もしてないよ!」
また慌て始めてしまった。
だが、今度は数秒で落ち着いた。背後に気配を感じたから。舞ちゃんも感じたらしく、静かになった。
「誰か…いるの?」
恐る恐る気配のする方に尋ねたが、返事は返ってこなかった。
「なんだろうね?さっきの気配。恵美ちゃんも感じたんでしょ?」
「そうだけど、結局は誰もいなかった………と思うけど」
確かめれば良かったけど、あたしと舞ちゃんには、いや誰も確かめに行けないとおもう。
こんな場所はすぐに立ち去った方がイイ。あたしはそう思って、『帰ろう』と言おうと舞ちゃんの方に振り向くと、舞ちゃんは難しい顔付きで折り鶴を見ながら話しかけてきた。
「ねぇ恵美ちゃん。この折り鶴に書かれていたことって覚えてる?」
「覚えてるよ。たしか『この折り鶴を拾った人は願いを叶えてあげます。もし叶えてもらいたいならば、夜、学校の屋上に来てください』だったっけ?それがどうかしたの?」
「もし、もしだよ。これを作ったのが委員長じゃなくて、願いを叶えてくれる人が作っていたら、今の状況って説明出来るよね?」
「そういえば、あたしってこの折り鶴は『拾った』んだよね。下駄箱の前で。今思うと、委員長の仕業とは考えにくいかも。舞ちゃんはどうやってそれを見付けたの?」
「わたしは教室で見付けたよ。教壇の上だったっけ。あまりに精巧に作られていたから恵美ちゃんに見せようとしたら、同じ物を持っていたから罰ゲームの招待状って思っちゃった」
「「…………」」あたし達の間に沈黙が続いた。
「もしかして、本当に願いが叶うとか…」
あたしは本気でそう思った。
「そ、そうかもしれないね」
舞ちゃんも本気のようだ。
誰が合図したわけもなく、あたしと舞ちゃんは折り鶴を解体し始めた。
折り鶴が折り紙になっていてもまだ輝いていた。輝いているのは変わらなかったけど、あの文が変わっていた。
長い文が一言に変わっていた。『願いを』と。
「恵美ちゃん見て!文が変わってる!」
「あたしのも!これはホントに願いが叶うんじゃないの?」
「わたし達って選ばれたのかな!」
舞ちゃんにはさっきの怖がっていた表情はなく、出発前の顔、無邪気な笑顔に戻っていた。
そういうあたしも、ウキウキした顔になっていた。
「早速、願ってみようか?」
「うん!わたしからでイイ?」
「ちょっと待ったー!もし一回制だったらあたしの『運命の人との出会い』という野望はどうすれば!」
その時は、折り鶴が光っていたことや、背後に気配を感じていたことに対する恐怖心はなくなっていて、いつものあたし、つまり、教室にいるお調子者のあたしに戻っていた。
「じゃあ、恵美ちゃんお先にどうぞ!」
「あ、いや、うんうん。舞殿がお先にどうぞ。この世は義理と人情と友情と愛情と思いやりの世界。他人に道を譲るってのもあたし……じゃなくて……あっしの心意気よ!」
「あはは!恵美ちゃん、面白いよ!じゃ人情に甘えてお先に失礼します!もし一回制だったら、わたしが恵美ちゃんの白馬の王子様をつれてくるよ!」
舞ちゃんにも余裕が出来たみたいだった。
そして、折り紙を握りしめ、一呼吸ついて願いを言った。
「わたしと舞ちゃん、いつまでも親友でいさせて下さい」
「え?」
そんなの当たり前じゃない!恥ずかしいでしょ!あたしはそう思った。
舞ちゃんが少しだけ顔を赤くしてあたしの方に振り向いた。
「願いじゃなくて希望だけどね!」
「どう違うの?」
「願いは絶対的に叶えたいもので、希望は『だったらいいな〜』的なものかな」
「ふ〜ん。でも叶ったかどうかはおばあちゃんにならないと分からないね」
「あはは!そうだね!」
「でも、あたしは美しいまま散っていきたいんだけどな〜」
「ダメだよ。女に生まれたからにはおばあちゃんになっても美しく生きなきゃ!」
「それって、あたしにしか出来ないんじゃない?一生美しくって」
「そうかもね!わたし整形しなきゃ!」
「大丈夫!舞ちゃんは二番目に美しいから!」
「じゃあ、一番目って恵美ちゃんのこと?」
「ん!正解!」
あたし達は屋上に来てからやっと普通の会話することが出来た。普通の会話がこんなに楽しいなんて今まで気付いたことは無かった。
「あたしも願いを言ってみようかな」
しばらく笑いあってから切り出した。
「例え叶わなかったとしても舞ちゃんが探してくれるから心配ないけどね!」
「まかしといて!」
あたしには特に願いなんて無かった。
毎日に充実していたし、真剣に悩むほどの不満なんて無かった。
だから、あたしの言うことは決まっていた。
うその一言。いつものあたしの冗談。
「あたしと舞ちゃんの絶交!」
あたしは楽しそうに叫んだ。
折り紙は輝きを増すわけでもなく、減るわけでもなく光っていた。
この小説に二つ同じタイトルで同じ内容の『話』がありました。以前に消そうとすると『この話は存在しません』と出て消すことが出来なかったのですが、今日、なんとなく消そうとすると消せるじゃありませんか!
そして意気揚々と消してみると、なんと!二つとも消えているじゃありませんか!
12話から一気に10話になってしまいました。
『アッチャー!』そう思ったのも後の祭。また書かなければならなくなりました。
大体の流れは覚えていますけど、完璧に復元は無理です。
すいません。調子にのったら人生こうでした。