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「―仕事に三ヶ月も穴を空けよって、このゴミ屑が。貴様は会社の歯車にもなれない人間の屑であるだけでなく、高額の医療費を使い込む疫病神、まさに人間失格だ」

鬱の自覚はなかったが、通い慣れた岐阜工場の門戸を三ヶ月ぶりに潜ると、全身から汗が噴出し、不整脈を感じた。

応接に通されると、無数の書類が束になって積み上げられ、その向こう側には、人事部のジョーこと、城山丈一郎の姿があった。

ジョーは、金子が応接に入るや否や、剣幕を荒げた。

「これは労災でもなんでもないぞ、貴様は月に四十時間しか残業をしていないから、法定上はなんら問題ない。単に貴様が先天的な健康問題を抱えていただけだ。会社側には何の責任もない。事実、他の多くの設計者は、勤務中に失禁などしていなかろう」

「産業医の診断書があるでしょう。倒れるまでの約半年間、僕の残業時間は百時間を超えていました。土日も家で資料作りと、僕の病気は紛れもなく過労によるものだ」

ジョーは、金子の病因が会社側の責任でないことを一貫して強調したが、対する金子も、こればかりは折れてはならないと、必死に反駁してみせた。

「がっはっは、産業医なんて会社のお抱え医師なんだから、我々の都合の良いようにカルテを書き換えさせてもらったわ、このボケカス」

「な、なんと…。私は新製品の開発で、通常期の倍の案件を抱えて、会社に貢献していたんですよ、会社のために身を粉にして働いたのに、そんな言い方はないでしょう…」

「言い訳をするな、このボケカス。時間管理ができんのは、貴様が無能だからや、貴様がもっと効率よく仕事を回していれば、残業などせずに済むのだ」

足組みをしながら金子を面罵し、煙草の煙をくゆらせるジョーの様子はヤクザそのものであった。

机上の灰皿には、ジョーが吸った吸殻の山が、嫌な臭いを放っている。

無茶苦茶なジョーの言い分に、この場でこれ以上、押し問答を続けても意味がないと、金子は場を改めることに決め、相手の言い分を記録するに留めた。

「ほんで、今後はどうするつもりなんだ」

ジョーは、ひと通り金子の人格を否定する文言を並べた後、落ち着きを取り戻したのか、ようやく金子を椅子に座らせた。

ドサっと力なく腰を下ろす金子。

会話の内容は徐々に金子の会社復帰に及び、ジョーは人事書類を眺めながら、こう続けた。

「今朝、病院を出たばかりなので、まだ何も決まっておりませんが、しかし、設計に戻るのは難しいかと考えております」

「まあ、そうだろうな。いい年こいてオフィスで脱糞する貴様に居場所はないだろう。戻っても白い目で見られるだけやろうな」

本音を言えば、このまま辞めてやると啖呵を切りたい気分に駆られたが、三十も半ばを過ぎ、しかも精神病を患った人間を雇う会社があるのかと、半ば自棄になっていたのも真だ。

「貴様がまだ安徳工機に残りたいと言うなら、働き先を与えてやってもよいが」

この期に及んで会社が復職先を与えるとは何事かと思ったが、

「ええ、ちなみにどちらでしょうか」

と金子はとりあえずジョーの言葉を待った。

しかし、ジョーの口から飛び出したのは、金子の想像の及ばない衝撃的な内容であったのである。

「貴様には、来月から中国に飛んでほしい」

「ち、中国?」

「そうだ、なにか文句はあるか?」

今朝、退院したばかりの病み上がり社員を、まさか海外に出向させるとは―。

狂気の沙汰であると金子は思ったが、対するジョーは、威圧的な態度を変えなかった。

「三十過ぎて会議中に糞便を漏らし、精神疾患を患った貴様に、再就職先があると思うか? 仕事を与えてやってるだけ有難いと思え、がっはっは」

「く、くそッ…」


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