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BLUE EARTH

作者: サージュ

文学フリマ短編小説賞用に書きました。


「この星は、僕らにとってバベルの塔になりえないだろうか。」

呟いた恩師の後姿は、言い知れぬ後悔を帯びているように見えた。

青い星を見上げるその光景はまるで、哀愁を帯びた一枚の名画のように、私の印象に強く残った。


あと70年で地球の資源は尽きる。

今の生活を続けるには、地球がもう一つ必要だ。

そんなCMを何気なく観ていたのは、そう遠くないいつかの昨日の話だ。

世界は、一人の天才を担ぎ上げ、第二の地球を手に入れた。

その人工の惑星の名前はブルーアース。

皮肉な名前だと、窓の外に広がる果てしなく青い海を見ながら思う。

この星にある全ては、人類が失ってきたものへの郷愁を、色濃く映している。

あの日、地球で博士が言った言葉の意味を、私が知るのに、そう時間はかからなかった。


「バベルの塔?」

向かいで昼食を摂る友人が怪訝な顔をする。

「そう。ケレベル博士が言ってたんだ。」

「なんだっけ、それ。太陽に近づきすぎて、翼を焼かれて落ちる話だっけ?」

「それはまた別の話。」

私は食後のコーヒーに口をつけながら、食堂の窓に目をやる。

青空には白い月と、茶色い生まれ故郷が仲良く並んで見える。

「なあサージュ、ケレベル博士は天才と呼ばれた人だ。恩師と言えども、俺達には考えも及ばないことを考えていたに違いないぞ。」

学生時代からの友人のロジカは、そういって食後のオレンジジュースを一気に飲み干す。

そして、『なにせこの星を作った人だからな。』と誇らしげに付け加えた。


ブルーアース計画が成功したとき、私とロジカはケレベル博士の助手としてこの星へやってきた。

その時、各国幾人かの研究者とその家族が移住した。

動物や植物は、惑星として機能し始めた時点で自然に生息が確認されていた。

新しい星は美しく、快適だった。

バイオテクノロジーを専門にする私とロジカは、この星で生まれた植物や動物たちを研究し、日々充実した生活を送っていた。

あの日以来、ケレベル博士もブルーアースの運行を見守り、研究を続けていた。

しかし、新しい居住区画が確保され、一般の人々の移住が始まった今年の初め、あっけなくその偉大な生涯に幕を閉じた。

この星を作り、初めにこの地を踏み、そして初めにこの星を去った。

第一居住区には、その業績と死を悼み、ケレベル博士の彫像が立てられた。


「背中ばかり、見ていた気がする。」

彫像の前で、ロジカがぽつりと言う。

確かに、私たちはただ博士の後ろをついてきただけのように感じられた。


それから、数年の歳月が、新しい星で過ぎていった。

居住区も10まで増え、移住計画は着々と進んでいる。

ただ、ここにきて、私はあの日の博士の言葉を思い出すことになる。


「サージュ、おかしいと思わないか。」

この日は朝からロジカが研究室へやってきていた。

白い部屋の白いパソコンデスクの前に並んで座り、画面のデータに目を走らせる。

ロジカがおかしいと言っているのは、出生率の話だ。

「確かに、他の植物や動物は殖えていくのに、人間だけが殖えられないな。」

そう、私たち人類はブルーアースで殖えることが出来ない。

「お前はまた、他人事みたいに。」

「他人事なら、調べたりしないよ。ブルーアース生まれの子供達はいるんだ。」

「でもそれは、みんな地球で妊娠して、出産がブルーアースだろ。」

ロジカが私の言葉尻を引き継ぐ。

「ケレベル博士は、このことを言っていたのだろうか。」

データを見ながらつぶやく私に、ロジカは呆れたように言う。

「またそれか。バベルの塔だっけ?その話、調べたぞ。越権行為だとでも言うつもりか?」

「俺たちはただ付いてきただけだ。そんなことを言う資格もないよ。」

私の言葉に、ロジカは複雑な顔をする。

「なら、政府への報告書に、そのおとぎ話を書くか?」

ロジカの言う通り、ケレベル博士の置き土産である私たちには、ブルーアース政府から早急な対応と報告を求められていた。

そしてこの日から、私たちはさらに高いバベルの塔を、築いていくことになる。


「コル、気分はどうだい?」

「平気!博士は心配性だなぁ。」

ベッドから起き上がりながら、私とよく似た少年は朗らかに言う。

あれから私たちは、”生まれない子供”の研究を続けていた。

コルはこの星で2番目に生まれた子。

しかし、やはり、正確に言えば、彼は生まれなかった。

生まれつき、”心臓”がなかった。

だから私とロジカは、”心臓”となるものを人工的に作り、彼に与えた。

そして、私は形式上"親"となった。

「サージュ博士、スペラと遊んで来てもいい?」

「あぁ、行っておいで。」

コルは、研究室を出て駆けていく。

コルが言うスペラとは、ロジカの娘だ。

"生まれない子供"の研究は正直難航していた。

そんな折、ロジカは長年交際していた女性がブルーアースへの移住が決まったのだ。

その時、彼はその女性と結婚すると、少し固い顔で私に言った。

私は心から祝福したが、ロジカの固い表情と同じ理由が、小さく影を落としていた。

そしてその影は、期待を裏切らなかった。


「ロジカ、コルがこっちに来なかったか?」

コルの健康データのチェックを終えたあと、私はロジカの研究室へ顔を出した。

「ああ、スペラと庭で遊んでいるだろ?」

振り返ったロジカは、私と同じ歳だが髪は白くなり、その心労を映す。

ロジカが結婚して程なく、女の子を授かった。

しかし、胎児の段階でその子には"脳"がないことがわかった。

生きている。

しかし、生まれては生きられない。

ロジカの妻は、ロジカと私に娘を助けるように言った。

私とロジカは、躊躇がなかったと言えば嘘になるが、ロジカの娘に"脳"となるものを作って与えた。

私達二人は、この事態をあらかじめ予期していた。

研究の末、ブルーアースで生まれるはずだった子供達は皆、何かを持たずに生まれようとしていた。

それはいつも、生命維持に関わっていた。

ロジカの娘も、例に違わずそうだった。


手術は母体の中で行われた。

その結果、スペラは無事に生まれた。

しかし、彼女の誕生を誰よりも願った母親は、その姿を見ることはなかった。

冷たくなった愛しい人の手を握り、ロジカは覚悟の上だったと、静かに私に言った。

そして、この二人の覚悟が、"生まれない子供"の解決策としてブルーアース政府に報告された。

私は、強い非難を覚悟していた。

しかし、政府はいともあっさりその報告を受け入れた。

そしてその技術の一般化を認めたのだ。


誰も彼も、何かを見失っている。

私はそんなことを考えながら、研究棟の中庭で遊ぶ少年と少女を見守る。

私たちが作り出した"脳"と"心臓"は、人として心を持つか?

事実、スペラは少し感情の波が少ない。

それを補うかのように、コルは彼女の側でよく笑いよく話した。


いずれこの星の未来を担う彼らの代には、全てが当たり前になるのだろう。

それは輝かしい未来か、新たな破滅の道標か。

ケレベル博士が後悔の色を見せたあの日から、着実にバベルの塔は高く高く築かれていく。

それは絶妙にバランスをとりながら、果てしなく不安定に揺らぎながら。



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