表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖捕ノ者  作者: 葵枝燕
第二章 清賀と籬編
6/6

第六幕 キリョウ

 こんにちは、お久しぶりです。葵枝燕でございます。

 『妖捕ノ者』、第六話です。

 本当に久々の更新ですね……お待たせしました。

 今回は、前話の続き――というよりは、過去編となっております。

 それでは、第六話の開幕です。

 赤に、黄に、色付き始めた木の葉が散る。地を覆うそれらは、やがて来る極寒の季節に備え始めていた。

 山の頂に存在する、闇の空間。深い森に覆われたその奥に、人間達は近付こうとすらしなかった。闇の奥に潜む何かに、人間達は恐怖していたのだ。

 その洞窟の奥に、女がいた。黒い羽に全身を包まれ、顏には黒く艶めく嘴を生やした女だった。名前を、()(リョウ)という。(からす)(てん)()というアヤカシだった。

 彼女はもう、自分の命がそう長くないことを知っていた。桜を見ることはおろか、今年の雪さえも見ることはできないだろう。しかしそういったことには、後悔はなかった。それでも一つだけ未練はあった。自分がいなくなった後、ひとり残されるだろう息子だけが気がかりだった。


 よく晴れた夏の日のことだった。

「ごめんな、綺綾さん」

 そんな一言を残して、去って行く一人の青年。振り向かずに遠ざかるその背中を、彼と同じ姿に化けていた綺綾は、見送るしか術が無かった。

 (こう)(しゅう)という名前の青年は、綺綾にとって特別な存在だった。

 大抵の人間は、綺綾の正体を知った途端に距離を置き、やがては近付いてすら来なくなった。それは、異質のものに対する警戒心の表れだったのかもしれない。

 そんな人間達の多い中で、厚秋は常に優しかった。綺綾がアヤカシだと知っても、態度を変えることはなかった。そう、綺綾が身籠ってしまったときでさえも。


「私は、この子を産みますよ」

 そう切り出した綺綾に、目の前にいるアヤカシは厳しげな表情を見せた。アヤカシの名は、(ゲン)(シュン)。この山に住む鴉天狗達を治める長であり、綺綾の父親でもある男だ。

「本気で言っておるのか?」

「お父様は、この子を殺せと仰るのですか? そんなことが、私にできるとお思いですか?」

 お腹の子を、死なせたくはなかった。そんなことを目の前にいる男は教えてこなかったはずだ。

「お父様が、他の誰かが何と言おうとも、私は産みます。育ててみせます」

「綺綾様、正気か」

「汚らわしい子など、産まぬ方が良い」

 周りの者達はそう言って反対の声ばかり唱えた。玄隼は厳しい顔のまま、綺綾を見つめていた。そして、ようやく口を開いた。

「お前がそうしたいのなら、(わし)は止めん。しっかり育ててみせろ」

「はい」

 周りの者達は依然反対の声を唱えていたが、綺綾はそれを完全に遮断して立ち上がった。


 妊娠を告げたとき、厚秋は満面の笑みを浮かべて喜んだ。「二人で頑張って育てていこう」と、言ってくれた。

 しかし綺綾は不安だった。アヤカシと結び、子を成すことを、人間がどう感じるのか。子を見た途端に、この青年は逃げ出してしまうのではないか。

 どれだけ巧く人間に化けても、所詮綺綾はアヤカシだった。紛い物の、偽物の、演じることでしか人間になれない、それが綺綾の正体だった。その証拠に、愛しい男の前でもアヤカシの姿でいる時間は、限りなく短いものであった。嫌われたくないと、心の底はいつも不安に彩られていた。

 そんな時間を過ごす間に、胎児は生まれ出てきた。


 生まれてきた子は、見た目こそ厚秋と大差なかった。違いといえば、背に生えた羽だけだ。そこだけは、母親の綺綾に似ていた。そこだけが、人と違う点だった。

 生まれてきたばかりの子を見下ろして、そして綺綾を見詰めた厚秋は、別れの言葉を紡ぎ出した。

「両親が、勝手に縁談を取り付けてしまったんだ。断れない。すまない、綺綾さん」

 青年の悲痛な声に、綺綾は責め立てることをしなかった。落ち着いた眼差しに愛情を滲ませ、一つ頷いただけだった。

「謝らないで。貴方はただ、帰るだけなんだもの。貴方にはそこが、生きていく場所なの」

 わかりきっていた。最初から、厚秋と綺綾とでは、住む世界が違ったのだ。そのことに気が付かないふりをして、目を逸らし続けてきた。それでもこれが、現実だった。


 こうして(しとね)に横になっている自分は、幸せだったのかと綺綾は思う。あの頃確かに愛した青年は、きっとこの世にいないだろう。あれから何百年もの時が流れていた。

(まさか、お父様より先に逝かねばならないなんて)

 自分がこうなってから、仲間達は口々に言った。「人間と交わり、子を産んだからこうなったのだ」と。「寿命が削られてしまったのだ」と。まるで不幸なことのように言葉を並べた。

 自分は、正しいことをしたのか? それとも、間違ったことをしたのか? 綺綾自身にもわからないことだった。しかし、子を産んだことには何の後悔もなかった。

「母上」

 幼い声が綺綾を呼んだ。もうすぐ、きっと年が明けるころには飛べるようになるだろう息子。しかし綺綾には、我が子の雄姿を見る時間はないだろうという予感があった。悔しいことだが、確かな予感だった。

「おいで、(マガキ)

 綺綾は、愛しい我が子の名を呼んだ。

[人物等の説明 ~第六幕編~]



()(リョウ)

 鴉天狗の女。

 人間の青年・厚秋との間に、息子・籬をもうけた。

 籬が幼い頃に他界。


(こう)(しゅう)

 人間の男。

 綺綾との間に籬をもうけるも、両親が組んだ縁談により綺綾の元を去る。


(ゲン)(シュン)

 鴉天狗の男。

 妻に先立たれてからは男手ひとつで、一人娘の綺綾を育ててきた。綺綾が亡くなってからは、孫である籬の面倒も見ようとした。

 山一帯の鴉天狗を治める長でもある。

 常に厳しげな表情を浮かべている。


(マガキ)

 父親は人間、母親は鴉天狗という、混血児。清賀の式。

 黒い羽を変化させ、刀を作ることができる。


――――――――――――――――――――


[あとがき]

 本当はもう少し後に、籬の過去編として出したかったのですが、そうすると内容を忘れそうだったので、今で出しておこうと思いまして。

 玄隼様の過去編なんかも書きたいなとは思うのですが……いつになるやらです。

 

[次話予告]

 次回「第七幕 かりい」は、今回までとはまた別の話となります。お楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ