表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖捕ノ者  作者: 葵枝燕
第二章 清賀と籬編
5/6

第五幕 マガキ

 こんにちは、お久しぶりです。葵枝燕でございます。

 『妖捕ノ者』、第五話です。

 本当に久々の更新ですね……お待たせしました。

 今回は、前話の続きとなっております。

 それでは、第五話の開幕です。

 村は水底に沈んだ。家も、人を含むあらゆる生物も、残酷な美しい輝きを湛える水の底にいるのだろう。耳が痛くなるほどの静寂が世界を支配していた。

 少年が一人、木の枝に腰掛けそれを見下ろしていた。背中に鴉に似た黒い羽を生やした、異形の少年だった。

「どうだ、(きよ)()。これで満足か?」

 異形の少年は、木の下で佇んでいる少年にそう声をかけた。

「満足だと? ふざけんな、こんなの……」

 下から聞こえる声は、ただただ悲痛に歪んでいた。その声に、異形の少年は(わら)った。おかしかった。ただただおかしくて、嗤いが込み上げてくる。自分でも止められなかった。

「どうして、(はる)()を殺した!?」

「おれは、お前の願いを叶えたまでだ」

 異形の少年は、嗤いをその顔に張りつけたまま言った。事実、異形の少年にとって少年以外はどうでもよかった。殺されようが、自死しようが、老衰で死のうが、興味も関心も湧かない。

「これが、お前の本当の願いだ」

「何で晴乃を殺したんだ!? 俺は、晴乃とこの村を出て行くつもりだったのに!」

 異形の少年の顔から嗤いは消えない。

「お前はその女のことだって、本当は邪魔だったんだ。憎んでいたんじゃないのか? だからおれは、真っ先に殺してやったんだ。水に溺れる苦しみを感じないうちにな。そこは、優しさだと思ってくれないか?」

 異形の少年にはわかっていた。晴乃という女に好意を寄せている一方で、少年がそれを諦めていたことを知っている。少年の内心に、恐らく周りの人々以上に気が付いていた。

(マガキ)、お前は何様のつもりなんだよ!!」

「何様のつもり、だって?」

 若すぎる、と異形の少年は思った。そしてそこで初めて、顔に張りつけていた嗤笑を消した。見た目こそ二人の少年は似ていたが、それでも全く別の生き物だ。異形の少年の背に生えた、闇の如く黒い羽がその証だった。

「その言葉、そっくりお前に返すよ。……忘れるな」

 羽を拡げる。この場所に留まることが、異形の少年には苦痛だった。

「おれは、人じゃないってことを」

 太い枝を蹴り、宙へと浮く。今はただ、少年から一歩でも遠く、離れた場所にいたかった。

 それが無理だということは、彼自身がよくわかっていた。彼と少年の間で結ばれた紐は、それほどに固く纏わりついていた。複雑に絡んだうざったいものは、絆などでは決してない。そんな美しいものであるはずがない。それが、彼と少年を繋ぐものの正体だった。

 異形の少年は籬、少年の名前は清賀という。

 清賀の生まれ育った村は、その微かな片鱗さえ残さず、水の底に沈んでいた。


 清賀の願いには、訊く前から気が付いていた。

 周りから話しかけられ、それに応え、普通に暮らしている。そんな見せかけの自分を、清賀が常に演じていることにはずっと昔から、出逢った当初から、感付いていた。

 籬は、人間とアヤカシの間に生まれた混血児だ。母親は既にこの世にいない。父親なぞ、どこの誰なのかさえわからない。籬が生まれてすぐに、父親は姿を消したのだ。愛したはずのアヤカシの女と、その間に生まれた子を置いて。当然のことだと、生まれたばかりの籬は思った。アヤカシとの間に生まれた子など、恐怖の対象でしかない。そう思えるほどの知能が、生まれたときには既に存在していた。

 だから、清賀の願いなど、訊かなくてもわかってしまうのだ。アヤカシが見えることで好奇の目にさらされることを、清賀はいつも憎んでいた。同じ人間なのにどうしてそんな目で見るのかと、そう思ったこともあっただろう。

 同じなのに。その部分に共感したのかもしれない。

 アヤカシでも、人間でもない。微妙な中間点の存在な籬にとって、どちらの世界も窮屈で生きづらい。母親が死んだその瞬間から、籬はいつも独りだった。

 どこか似た境遇の二人は、理解しあえなかった。度々、意見の違いで衝突をした。

 それでも籬は、清賀の願いを叶えてやろうと思ったのだ。村を出たいと言うその裏側で、彼が本当に叶えたかった願いを。


 とある家の前で、籬は足を止めた。あまり上等な造りでない家だったが、そこが清賀の密かに想う相手の家だと、籬は知っていた。

「どなたでしょう?」

 扉を叩くと、中から顔を出したのは少女だった。この娘が晴乃か、と籬は直感した。顔の造型は悪くないな、とも思う。

「少しお訊ねしたいことがございまして」

「何でしょう?」

「清賀という少年を知っていますね?」

 少女は目を数回瞬かせた後に、小さく頷いた。

「彼を、どう思いますか?」

 少女は目を見開く。

「それは、素直に言ってよろしいのでしょうか?」

 どこか迷っているような口調で、少女は言った。同時に周りを見渡す。

「どうぞ。誰にも言いませんから」

「それなら……」

 そう言って少女は口を開いた。その口から迸り出た言葉の数々に、籬は思わず我を忘れた。

「嫌いだわ、あんな人。気味悪いもの。変なものばかり見て。しかも、あたしのことを好きだなんて迷惑だわ。あたし、来年の春には庄屋の御子息と結婚するんだもの。ああ、本当に嫌だわ。どうしてあんな人と同じ村にいなきゃならないのかしら。ところであなた、あの人の知り合いか何か?」

 ああ、そうか。この娘も結局、周りの奴らと同じなのか。そんな落胆と同時に、別の黒い感情も湧き上がってくる。

「ええ、まあ。そんなところですよ」

 そう言いながら、籬はそれを取り出した。闇色をした刀が、彼の手に握られる。籬はそれを、目の前の女の腹に突き立てた。その動作には、(いち)()躊躇(ためら)いも感じられなかった。女は声もなく倒れる。息はもうしていないだろうと、籬は触れもせずに判断した。


 もしあの女が清賀を好きだったとしたら、そう答えていたとしたら、籬は別の行動を取っただろう。生かしておいたかもしれない。

 まあ、もう殺した後なのだ。どれだけ考えようが後の祭り、意味のないことだ。

 そんなことを思いながら、籬はとある木の上に立っていた。清賀が茫然と村を見下ろしている様子がそこからはよく見えた。

「籬じゃないか」

 自分の名を呼ぶ声に、籬は顔を上げる。栗色の猛禽類が、大きく羽を拡げていた。

()(メイ)さん」

 翅榠と呼ばれたその鳥は、籬のすぐ隣の枝に留まった。籬はすぐに、翅榠の違和感に気が付く。籬に見せている左側の顔、そこにあるはずの鋭い目が無い。最後に顔を合わせたのは三百年以上前だったが、そのときには両目とも存在していたはずだ。

「目は、どうしました?」

 訊いていいのだろうかと内心で思いながら、籬はそう問うた。翅榠は何の反応もせずに、()れた老人の声でこう答えた。

「失くしたよ。式に(くだ)るなら身体の一部を置いていけ、とさ。酷い話だと思わんか?」

「貴方ほどのアヤカシが式に? 一体どんな人間です?」

 ただの鳥に見える翅榠だが、それは見せかけの姿だ。彼曰く、「鳥の姿の方が色々と都合が良い」とのことで、籬の知る限りここ五百年はこの姿のままだ。

「支部長補佐をしているよ。もうすぐ――そうさな……十年以内には支部長になるだろ」

 そこで翅榠は顏を籬へと向けた。

「それで、何故こんなことをした?」

「……何の、話でしょうか?」

「誤魔化すな。これは、お前がやったんだろう? まったく、隠居したというのに駆り出された、(わし)の身にもなってくれ」

 ああ、この鳥の姿のアヤカシは、自分の所業に気付いているのか。そのことに籬はただ、言い様のない嬉しさを抱いていた。

[人物等の説明 ~第五幕編~]



(マガキ)

 父親は人間、母親は鴉天狗という、混血児。清賀の式。

 黒い羽を変化させ、刀を作ることができる。


(きよ)()

 人間の少年。

 アヤカシを見ることができる。しかし、その能力のせいで孤独感を抱えている。

 両親は彼の能力に気が付き彼の元から去って行ったため、母方の祖母に育てられた。が、彼女の死後は一人で暮らしている。


(はる)()

 人間の娘。

 清賀が密かに想いを寄せていた相手だが、彼女自身は清賀のことを嫌っていた。

 庄屋の息子との縁談が決まっていたが、籬の手により殺される。


()(メイ)

 鳶の姿をしたアヤカシ。(むろ)(しし)の式。

 元々は死の使いだったが、式になるにあたり彼曰く「引退」した。その際に、左目を失っている。

 主人であるはずの榁宍をからかうのが趣味である。しかし、榁宍を見下しているわけではなく、彼の実力は認めている。


――――――――――――――――――――


[あとがき]

 ただ和風な名前にしたくて、“晴乃”って付けたのですが、なかなかいい性格してますね。同じ読みでも“晴野”と悩んでいたみたいです。

 籬は、猫又がいるなら鴉天狗も出したいという思いから生まれました。名前の“籬”は「低い土塀」を指す言葉です。漢字がかっこよかったので付けました。彼には、幸せになってほしいのですが……。

 翅榠さんは、だいぶ前から構想を練っていました。やっと、初登場です。いつか、榁宍さんとの絡みも書けたらいいなと思ってます。


[次話予告]

 次回「第六幕 キリョウ」は、今回の続き(というか過去編?)となります。お楽しみに!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ