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妖捕ノ者  作者: 葵枝燕
第一章 松凪編
3/6

第三幕 むろしし

 こんにちは、葵枝燕です。

 『妖捕ノ者』、第三話でございます。

 二週間以上振りの更新ですね。お待たせしました。

 今回の話は、前回の続きとなっております。

 それでは、第三話開幕です。

 男は、上座に()していた。手元の紙を(にら)みつけながら、目の前にいる青年の話を聞いている。

 男の名は、(むろ)(しし)(くみ)(あい)と呼ばれる(よう)()()(もの)を束ねる組織の幹部である。北部支部所――通称(げん)()()(ところ)(おさ)を務めている。

 そして、その榁宍に向かって話しているのが、(さわ)()という青年である。特定の支部所に所属していない妖捕ノ者である。榁宍とは、友人関係にある男だった。

 榁宍は、その手に一枚の紙片を乗せていた。そこに書かれているのは、そもそも字なのかさえもわからないもの。のたくった線の羅列。しかし榁宍は、そこに書かれた名を見出していた。そしてそれは、澤良の語りとも一致する。

 (マツ)(ナギ)、という女のアヤカシ。かつて人の娘だったそれは、蛇身のアヤカシへと()ちてしまった。一人の男を純粋に愛し、叶えることの叶わなくなった恋に狂った、女の末路。哀れだとは思うが、同情はできない。むしろ自業自得だとさえ、榁宍は感じていた。

「で? 何で消さなかった?」

 茶を飲む澤良に、榁宍は切り込んだ。友人でもあるこの青年が優しすぎるのは、今に始まったことではない。それ故に心配だった。

 その優しさがいつか、(あだ)となることが気がかりだった。

「私は――」

 湯飲みをその手に収めたまま、澤良は言う。

「消す、という行為自体が好きではありません」

「こんな迷惑なアヤカシ、消す以外にいい方法があるか? こんなの、式にしたい奴がいると思うのか? 中途半端な考えで助けて、生き永らえて、どうせ消される。見つけた時点で消した方がいいだろうが」

 自分がこれを見つけたなら、間違いなくその場で消していた。存在している意味がない。迷惑なアヤカシなど、いない方が平和だ。

「お前だって、消す方法を心得てないわけじゃないだろう?」

 むしろ、澤良の方が自分より(うま)く消すことができるはずだ。アヤカシが、この世に不満の欠片さえ残さないように。何の恨みも抱かないように。

「お前ができないなら、俺がやってもいいんだぜ?」

 一度思い知らせた方がいい。そうでなければ、友人は同じことを繰り返す。一度は見せつけるべきだ。中途半端に助かることの苦しさを。

「榁宍……何を――」

「俺がこの紙を破れば、封じてあるアヤカシは消えるぜ? さらに燃やせば完璧だな」

 驚いたように目を見開く澤良を見る。それを見て、薄く笑んでみた。意地悪く、見えるように。

「止めたきゃ、止めてもいいぜ。その前に」

 息を吸う。一瞬、全ての音が消えた気がした。

「これを破る」

 慌てたように何かを叫ぶ澤良。榁宍は、それを聞き流して紙片を破ろうとした。

 手は動かなかった。

 榁宍は、緩慢な動作で自信の左腕を見た。そこにあったのは、黒い腕だった。

「何のつもりだ、()(ケイ)

 驚いた様子さえ見せず、榁宍は低い声で問うた。黒い腕の主は、くっくっと音を立てて笑った。

「すいませんなぁ、主の(めい)なもんで」

 どこか困ったように、黒い腕の主は言う。その姿は、その全てが黒だった。腕も、胴も、脚も、何もかもが黒い。顔に至っては、黒布で覆っている始末である。

「命令、だと?」

 榁宍は、部屋の出入り口に目を向けた。そこに立っていたのは、一人の少女。

鹿()()

 榁宍が呟く。少女は、真っ直ぐに榁宍を見た。その目は、ある種の気迫に満ちていた。

「叔父様」

 少女の声が、部屋の中で涼やかに響いた。


「腕は、大丈夫ですか?」

「ああ。(あと)は残ってやがるがな。あの野郎、力いっぱい握りすぎなんだよ」

 縁側に座る、榁宍と澤良。澤良の膝では、黒い猫又が丸まっていた。

「あれは、何です?」

「見ての通りだ、アヤカシだよ」

「そうでなく、ちゃんと説明してください」

 榁宍は、大きな溜め息を吐いた。

「あの黒いアヤカシは、裡計だ。鹿絵の式だよ」

「だから、その鹿絵という少女は何者です?」

 少し苛立っているような口調で澤良は言った。榁宍が、話をはぐらかそうとしていると思っているのだろう。

「鹿絵は、俺の姪だよ」

「……は?」

 澤良の口から、彼にしては珍しい間抜けな声が漏れた。榁宍は、それに対し笑うでもなくからかうわけでもなく、どこかつまらなさげな顔で前方を見据えていた。

(めい)()さん? 榁宍の?」

「それ以外の何だっていうんだよ。鹿絵は、俺の姉貴の娘だ。アヤカシが見えるってんで、ここに連れてこられた。姉貴も、義兄も、アヤカシなんか見えないからな。恐かったんじゃないか? 自分の娘の気が狂ったとか、頭がおかしいとか、思っただろうよ」

 唐突に、姉の言葉を思い出す。「同じものが見えないあたしらよりも、あんたとの方が鹿絵も上手くやれると思うのよ。あんた、よろしくね」――……。何とも無責任で、いい加減で、残酷な言葉だろう。自分の娘を軽々しく手放すなんて、自分勝手にもほどがある。鹿絵をここに置いていくとき、姉は「鹿絵、会いに来るからね。榁宍叔父さんを困らせるんじゃないよ」と言っていたが、あれから数か月経つというのに一度も会いには来ない。手紙の一つさえも、寄越さない。

「澤良、鹿絵と、仲良くしてやってくれな」

 ふっと、そんな言葉が口をついて出た。何故そんなことを言ってしまったのか、榁宍自身が疑問に思ってしまうほどだった。同時に可笑しかった。こんな自分にも、姪を心配するような感情があったことに気がついた。

 腕に刻まれた指の痕。榁宍はそこを、そっとさすってみた。

[人物等の説明 ~第三幕編~]



(むろ)(しし)

 人間。北支部所(通称・玄武ノ所)の長。

 書類作成などの事務作業が苦手で、よく部下に丸投げすることがある。しかし、部下からは割と慕われている。

 短気で、無類の酒好きで、派手な恰好(かっこう)を好む。


(マツ)(ナギ)

 元は、とある町に住んでいた人間の娘。現在は、蛇の身体を持つアヤカシ。

 ある若い武士に恋をしていたが、その武士が突然亡くなったことで全ての男性が死んだ想い人に見えてしまうようになる。既に亡き者となっている男を捜して彷徨(さまよ)ううちに、アヤカシへと成り果ててしまった。


(さわ)()

 人間。妖捕ノ者をしている青年。

 性格は、自他共に認めるほどお人好し。特にアヤカシに対しては、強く現れてくる。

 丁寧な言葉遣いで話し、それは自分の使役するアヤカシに対しているときでも崩れることがない。


()(オウ)

 黒い猫又。澤良の式。

 普段は澤良の影の中にいるが、澤良の身に危険が及ぶと姿を現す。

 また、影を自由に行き来する能力がある。


()(ケイ)

 全体的に黒い人型をしたアヤカシ。鹿絵の式。

 力が強く、特に握力は凄まじい。

 頭部は黒い布で覆っているため、素顔を知る者はいない。


鹿()()

 人間。榁宍の姪。

 アヤカシが見えるという理由のために、榁宍のもとに預けられる。

――――――――――――――――――――


[あとがき]

 もっと色々活躍させたかったです!! 結構カットしたシーンが多かったですね、今回。

 ルビ振るの疲れました……。

 読んでいただきありがとうございます。また読んでいただけると嬉しいです。


[次話予告]

 次回「第四幕 きよが」は、今までとは別の話となります。お楽しみに!!

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