第二幕 さわら
こんにちは、葵枝燕です。
『妖捕ノ者』、第二話でございます。
今回は、前回の続きとなっております。
それでは、第二話開幕です。
男は静かに穏やかに、その山道を下っていく。その男の後ろを、美しい毛並みの黒猫が何か言いたげについてくる。その猫は不思議なことに、尻尾が二つ生えていた。
「玖凰」
男は静かに猫を呼んだ。
「言いたいことはわかりますよ。何故助けたのかと、思っているのでしょう?」
猫は、前を行く男に向かって一声啼いた。鈴を転がしたような、澄みきった綺麗な音だった。
男は苦笑し、ふと足を止める。目の前に、目指すべき建物のある村が見えていた。もう少しこの山道を下れば辿り着けるだろうと、男は思った。
男は名前を、澤良という。人に害なすアヤカシを捕らえることを生業にしている男である。人々はそんな職を営む者を、妖捕ノ者と呼ぶ。
「お前は、本当に阿呆か!」
部屋に轟く怒声。そのあまりの激しさに、室内にいた数人がびくりと身体を震わせた。しかしそれも一瞬のことで、彼らはすぐに自分の仕事へと戻ってしまう。その怒りの矛先が自分達に向かうことを、最も恐れている為だった。
「そんなに怒鳴らなくても良いではないですか」
一方、この怒鳴り声を向けられた澤良は、平常通りの反応であった。のんびりと湯飲みに口を付け、茶を飲み、そうしてゆっくりと湯飲みを置く。目の前で怒鳴っている相手がいるとは思えない態度である。
「誰が怒鳴らせてんだよ!」
黒地に青い川の流れ、赤い桜の花の散った、およそ男物とは思えない着物を派手に着崩した怒声の主は、苛々と澤良を睨む。
「ったく、俺らの仕事は暇でも楽でもねぇだろうが」
「ですから、そこは申し訳ないと思っていますよ。支部長のあなたが、暇なわけがありませんしね。ですが、ここが一番近い支部所だったのですから仕方がないでしょう?」
澤良が現在いるのは、玄武ノ所と呼ばれる場所である。妖捕ノ者をまとめる組織の支部所の一つだった。
そして澤良の目の前にいるのは、その玄武ノ所の長を務める男である。名を、榁宍。少々短気で、酒好きで、書状などの仕事は部下に丸投げすることもある男だ。それでも部下達が離れていかないのは、いざ任務となると誰よりも真剣に取り組むからであろう。そして、その見た目に似合わず部下思いな一面も持ち合わせている。任務で死んだ部下の命日には、墓参りを欠かすことがない。そういう面を知っているから恐怖と共に尊敬もされているのだと、澤良は知っている。
「確かに、その仕事を依頼したのはこっちの管轄だがな。何で消してこねぇんだ。害なす危険性のあるアヤカシは、基本的に消すべきだろうが」
「私はただ、助けようと思っただけです」
「優しすぎなんだよ、お前は。嫌いじゃないがな」
そう言って、榁宍は深い溜め息を零した。それは同時に、お人好しすぎる友人を心配するものでもあった。
「それで」
榁宍は姿勢を正して澤良を見た。その目はもう、一つの支部所を預かる男の目に変わっていた。
「そいつはどんなアヤカシだった?」
澤良は小さく息を吸う。そして、つい先ほど出逢い紙片に封じた、アヤカシの女について語り始めた。
[人物等の説明 ~第二幕編~]
●玖凰
黒い猫又。澤良の式。
普段は澤良の影の中にいるが、澤良の身に危険が及ぶと姿を現す。
また、影を自由に行き来する能力がある。
○澤良
人間。妖捕ノ者をしている青年。
性格は、自他共に認めるほどお人好し。特にアヤカシに対しては、強く現れてくる。
丁寧な言葉遣いで話し、それは自分の使役するアヤカシに対しているときでも崩れることがない。
○榁宍
人間。北支部所(通称・玄武ノ所)の長。
書類作成などの事務作業が苦手で、よく部下に丸投げすることがある。しかし、部下からは割と慕われている。
短気で、無類の酒好きで、派手な恰好を好む。
〈語句編〉
・妖捕ノ者
人に害なすアヤカシを捕らえるのを生業にしているもののこと。
捕らえたアヤカシは、自分の式として加えたり、支部所で相談して自分もしくは同業者の式にしたり、支部所で消してもらったりする。稀に、自分の手で消す者もいる。
・支部所
妖捕ノ者をまとめる機関(組合)が設置した四つの建物のこと。東西南北にある。
それぞれに支部長と補佐一名が付いている。
――――――――――――――――――――
[あとがき]
色々ややこしい語句とか出てきたかもしれないんですけど、後々詳しく説明したりするかもしれないので、気長にお待ちいただければと思います。それか、語句辞典みたいなの作りますかね。
[次話予告]
次回「第三幕 むろしし」は、今回の続きとなります。お楽しみに!!