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妖捕ノ者  作者: 葵枝燕
第一章 松凪編
1/6

第一幕 マツナギ

 こんにちは、葵枝燕です。

 実は記念すべき二十作品目、新連載『(よう)()()(もの)』、初めていこうと思います。

 活動報告にて書きましたが、きっと初めて私の作品を読む方もいると思うので、一応書いておきます。

 この話は、一話で完結したり、複数話に跨ったり、時代を色々行き来したり――しますので、多分ついていけないことがしばしばだと思います。そういうのが無理だと思う方や、読んでいて無理そうだという方は、遠慮なく中断して構いません。

 また、どんな終わりを迎えるか皆目見当がつきませんので、そこもご了承ください。

 なお、毎話あとがきにて、その話ごとの登場人物などの説明を書きたいと思います。登場人物は、登場+名乗り順に行います。

 では、第一幕の開演です。

 女は走る。眼前に見えるは、愛しい彼の後ろ姿。しかし、女はどこかで理解していた。目の前にあるのが、自分の求めている人ではないことを。わかっていても、止められない。これは、女に課せられた鎖。

 女の名を、(マツ)(ナギ)という。


 松凪は、とある町に住むごく普通の娘であった。両親を早くに亡くし身寄りもなかった彼女は、ある貴族の別荘で働いて生計を立てていた。給金は決して高いとはいえなかったが、松凪が一人で生活していく分には充分であった。

 同じ年頃の娘が色恋の話をする中で、松凪はそれに見向きもしなかった。一人黙々と生きていたのである。

 しかし、ある男との出逢いがそんな松凪を一変させた。

 その男は、松凪の仕える貴族の守護を任された若い武士だった。容姿端麗で文武両道なその男を、町娘達はこぞって狙っていた。誰もが彼に夢中だったのだ。

 しかし男は、その誰も相手にしなかった。

 邪険に扱ったりするわけではない。けれど、決まってこう言うのだった。「私は誰も(めと)らない。そう決めているのだ。まことに、申し訳ない」と。断られた自分よりも傷付いた顔をして、男は目を伏せる。そこに何か、彼の抱えるものの重さを感じて、娘達は笑みを浮かべて去っていった。そうして後は、彼を遠くからうっとりと眺めるだけで、娘達は満足した。

 松凪はそうではなかった。何度も何度も、自分の(おも)いの(たけ)をこの若い武士にぶつけた。「私は、誰よりもあなたを愛しています。一夜だけでもどうか――」などと(ねつ)っぽく語ったところで、男は松凪になびくことなどなかった。他の娘達に言ったのと同じ台詞(せりふ)と表情を、松凪にも返すだけである。それでも、松凪は諦めようとはしなかった。初めての恋心は、松凪を熱く燃え上がらせるには充分すぎた。

 そんな中で男が死んだのは、あまりにも突然のことであった。

 落馬しただの、仕えていた貴族の放った矢が運悪く当たってしまっただの、川で溺れていた子を助けようとして自分は流されてしまっただのと、町の者達は突然の男の死をまことしやかに語った。人によって死因はそれぞれで、何が真実であるのかわからない。彼に気持ちを伝えた娘、これから告げようと思っていた娘、その誰もが袖を涙で濡らした。それは、松凪にしても同じことであったが、(しょう)(すい)具合が他の娘達以上であった。食事も()らず、寝る間も惜しんで泣き続けた。

 男の死から七日目の夜、ようやく松凪は家の外に出てきた。

 町人達は(あん)()した。「松凪もやっと立ち直ってくれた」と、本気で思ったのだ。しかしそれは、新たな異変の始まりだと人々はすぐに気が付くことになった。

 松凪には、その目に映る全ての男が愛する彼に見えていたのだ。


(ああ、待って……愛しい方)

 松凪は髪を振り乱しながら眼前の男を追う。男は気付いていないのか、ゆったりとした足取りで山道を下っていく。

(どうか私とひと時を共に――)

 手を伸ばす。濃い緑に変色したその腕は、もはや人の手の形をした異質な何か。松凪は気付かない。自分が人でないものになっていることに。

(やっと、願いが叶う)

 松凪の醜い手が男を(つか)むまで、もう距離がない。

()(オウ)

 低く静かな声が、男の唇から漏れる。松凪の手が瞬間動きを止めた。男の足元、影になったその部分から、一匹の猫が出てきた。闇色の、美しい毛並の猫である。

「ずっと追われている気はしていたのですが、何者です?」

 男の肩に猫が跳び乗る。黄金色の澄んだ眼差しが松凪を射抜く。よく見るとその猫は、尾が二本に分かれていた。

「私は(さわ)()という者です。最近この辺りを騒がせているアヤカシは、あなたですね?」

 男は確信を持って問う。そうして、困ったような、悲しいような顔をしてみせる。それは、松凪にとって愛しい彼の見せていた表情によく似ていた。

「残念ですが、私は貴女の捜し求めている方ではありませんよ。そのことはわかっているのでしょう?」

 肩の上の猫が、小さな唸り声を発した。澤良の声はどこまでも静かだった。

「あなたのような方を、気に入る方もいるかもしれません。私と一緒に来ませんか?」

 澤良の手が、松凪に伸べられる。

「悪いようにはしませんと、断言できたら楽なのですが」

 つまり、悪い目に遭うかもしれないと、澤良は言外に語る。松凪は、それでもいいと思った。

 彼じゃない彼を追い続けることの苦しみを、もう味わわなくて済むのなら、どんな目に遭っても構わないと思った。

 松凪の深緑の醜い手が、澤良の手を握るために伸ばされた。

[人物等の説明 ~第一幕編~]



(マツ)(ナギ)

 元は、とある町に住んでいた人間の娘。現在は、蛇の身体を持つアヤカシ。

 ある若い武士に恋をしていたが、その武士が突然亡くなったことで全ての男性が死んだ想い人に見えてしまうようになる。既に亡き者となっている男を捜して彷徨(さまよ)ううちに、アヤカシへと成り果ててしまった。


()(オウ)

 黒い猫又。澤良の式。

 普段は澤良の影の中にいるが、澤良の身に危険が及ぶと姿を現す。

 また、影を自由に行き来する能力がある。


(さわ)()

 人間。妖捕ノ者をしている青年。

 性格は、自他共に認めるほどお人好し。特にアヤカシに対しては、強く現れてくる。

 丁寧な言葉遣いで話し、それは自分の使役するアヤカシに対しているときでも崩れることがない。


――――――――――――――――――――


[あとがき]

 人名漢字じゃない漢字を使うことも多いかと思いますが、気にしないでいただければ嬉しいです。


[次話予告]

 次回「第二幕 さわら」は、今回の続きとなります。お楽しみに!!

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