薬効
市立病院で検査を受けて治療を受けると、無くなった分の内臓の働きを補う薬を処方される。わたしは毎日ものすごい数の薬を毎食後に飲んでいる。それを河口は無表情にじっと見ているのであった。
「オレの母親が精神病だったがよ。お前はおとなしいもんだな。オレの母親はすぐ狂乱したぜ。」
「薬の進歩かもね。」
「薬ね。」
河口はわたしの飲んでいる薬の束を手にとって見ていた。面白そうに。そしてふと気が変わったように居間のテレビを点けた。
わたしは白を基調とした赤や青の薬を見てみる。薄紫色の睡眠導入剤が可愛らしく思える。
わたしは薬をひとつぶひとつぶ飲む。間を空けて、時間をかけて飲んでいた。失った内臓をいたわるように、脳をなだめるように。
母と買ったお揃いのトレーナーを着ていると河口が苦笑いした。好みじゃないのだろう。かまわずにわたしはギャザースカートと合わせて着ている。
台所でわたしはセリを刻んだ。河口の子分がお浸しにしたのだが減らないので卵焼きに入れてしまおうと考えたのだ。挽き肉も入れて、卵を半熟にして出汁ツユを入れて、丼に入れたご飯の上にさっとかけて。たまご丼だ。
「おう。」
河口は喜んで食べていた。わたしも美味しく食べる。実は河口の子分よりわたしのほうが料理は上手だ。だが、わたしは不調のことが多くちゃんと料理が出来ないので黙っているのだ。子分に悪いし。
子分は台所の隅っこで立ってたまご丼を食べている。なんだか思い詰めたように顔をしかめている。
「若いからだよ。」
河口は笑いながら言った。
河口は近隣と近所づきあいをしながら情報をまとめ、本部に送っている。色んな詐欺や空き巣が地域で頻出していた。河口の属するグループの仕業なのだろう。
ここに十年以上住んでいた新井さんのとこの病気のお嬢さん。ほら、ゆいこさんよ。これで河口に対して近所の人は警戒心を解いてしまう。ゆいこさんの旦那さんだって。河口は市民大掃除にも子分を連れて参加するので有り難がられている。
町内会長をしている中井のおじさんが訪ねてきたりする。
「ゆいこちゃん。おかげんいかが。」
「おじさんいらっしゃい。」
おじさんが来たときは缶のオレンジジュースだ。いつも冷蔵庫に転がしておくよう子分は河口に言われている。中井は河口の上司だ。
「垢抜けてね。もともと可愛らしい、きれいなね。あんな、目に。」
中井のおじさんは目頭を押さえる。でも本当に悲しんでいるとはわたしは思えずにしらっと見ている。
「ね。あそこまですると思わなかったから、ね。おじさんちょいちょい顔出すからさ。でもほんと綺麗になって。あんなんでも幸せなんだね。河口は、ちゃんと旦那さんしてるんだね。」
「うん。」
うなずく。
「うん。うんうん。」
おじさんはわたしに信用されていないのを感じ取っている。でもわたしに優しい言葉をかけてくれるのだった。
人間って不思議。
ゆいこは切ないような気分になるのが嫌で、おじさんが帰った後はマンガを読む。なんでもいい。マンガの、筋道のハッキリした世界観で切なさを削ぎ落とせれば。
両親が借金を簡単に出来たのは、中井のおじさんがいたからだ。推測だが。町内会長で知り合いのおじさんが、ふと、両親を訪ねたに違いなかった。両親はおじさんを信用したのだろう。地元民で町内会長の中井さんだから。
中井のおじさんにしたら、貸した金はゆいこで徴収できる。両親の保険金も取れたのだろう。いいもうけばなしだったに違いない。
わたしの内臓は全部でいくらだったんだろう。
障害年金は河口が取ってしまう。でもわたしが欲しいものは河口が買ってくれる。特典付きのアニメDVDも買って貰ったばかりだ。インターネットは買い物で使うぐらいだ。わたしは携帯電話も持っていない。
河口がコンビニから帰ってきた。
わたしにプリンを渡す。河口はよく、みやげにプリンをくれる。わたしをかわいいと思ってくれているらしい。黙ってスプーンを出してきて食べる。満足そうに河口がわたしを見ている。
わたしが河口に何かしてあげられることは、無いのだろう。なるべく発作を起こさないように、病気に気をつけるくらいか。
河口は悪いことをしている悪い人だ。それなのにわたしは普通に河口と暮らしている。
悪いことも悪いと思わなくなる日が来るのかも知れない。