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平穏

 河口はわたしに作業所に行くことを許してくれた。ただし、職員以外に両親が死んだことや結婚したことは言わないよう約束して。職員が当人以外に情報を漏らすことはないから大丈夫だ。

 お昼からぶらぶら作業所に行き、夕方までメンバーと無駄話をする。心が落ち着く。両親が生きていたときのことを思い出す。朝は母に起こしてもらいゆっくりと過ごす。午後は作業所に出かける。夕飯を父を交えて母と三人で食べる。母とは買い出しに出かけたり映画に行ったり、旅行にも行ったしカラオケで遊んだりもした。これがゆいこの生活だった。彼氏が欲しいなあと漠然と思ったりはしたが、性欲は減退していた。病気か薬か原因は分からない。

「ゆいこちゃん、なんだか大人っぽくなったみたい。なにかあった、彼氏出来た!?」

 ゆいこははしゃいで笑った。笑って誤魔化す。

 職員がゆいこに言う。

「ゆいこさん、今度金曜日にね、カメラマンの人がこの作業所の様子を写真に撮りたいと仰って、来るんです。ゆいこさんは写って大丈夫だったら、いらっしゃるようだったら写真に写って、展覧会とかでその写真は使用されるようなのですが。」

 河口に相談する。

「平気だろ。写真くらい。」

「うん。じゃあ行ってくる。」

 サイズがないと思って諦めていたランジェリーを着けるゆいこ。つるつるのスリップを一番上にひらりと着る。

「似合う? 河口。こういうの好き?」

「好きだよ。おいで。」

 ゆいこのベッドに二人で寝る。

「お前は抱き枕だな。」

 ゆいこのおっぱいに顔を埋める河口。

「河口。セックスしたいならしていいよ。少しはしよう。ローションとか使ってみよう。」

「お前、性欲無いんでしょ。ほかの女が気になってそう言うこと言うんじゃないの。」

「性欲はないけど、セックスに興味はあるんだよ。どんな感じか、一度ちゃんと抱いて。」

 河口はゆいこの頭を撫でながら、分かったと言った。

 次の番。二人はゆいこの部屋に客用の布団を敷いた。一緒に風呂に入って、互いの身体に触れ合った。河口の鍛えられたからだ。ゆいこのふんわりと女らしい体つき、だが、背や腰のあたりにはしる縫合痕。わき腹にも太いみみずばれが赤くうごめいて見える。河口は縫合痕のひとつひとつに口づけた。

 バスタオルを身体に巻いて二人はゆいこの部屋に入り、バスタオルをはずした。

 しゃがみこむゆいこをしっかりと支えて河口は深いキスをした。

 むつみ合いは夜まで、激しくはなくゆいこを気遣って行われた。

 子分が作り起きしてくれた夕飯を食べて薬を飲む。ぐったりと疲れたが満足感の方が大きい。自分に性欲はないが、河口がゆいこで満足することが心地良かった。

 こんな世界があったんだ。ゆいこは驚くでもなく実感している。こんな世界があることをゆいこは知っていた。経験が出来なかっただけなのだ。そのうちに性欲自体が減退して諦めてしまっていた。両親に大事にされることで忘れようとした。

 生きている気がする。生きている実感がある。両親が死んだ後、ゆいこはとうとう生きた墓場へ自分が落ちたと思っていた。さみしい。もう誰も自分に深く関わってはくれない人生なんだと絶望した。ゆいこには両親以外、人間らしい交流のある人はいなかった。だから河口が現れたとき、悪魔でもいいと思った。

 悪魔でも良いから、わたしと関わって。人間らしく。わたしと人間らしく生きて下さい。

 涙が出る。台所の窓から夕日を見る。河口がビールの缶を開けて飲む。

 ゆいこはビールは飲まない。酒類は一切のまない。河口は気にする風でもない。

 カメラマンが来るという日、ゆいこは作業所に出かけていって、帰ってこなかった。河口は作業所に殴り込んだ。職員は冷静だった。

「カメラマンの方は四時までの約束でしたので。それより前にゆいこさんは体調が優れないとかでお帰りになったんですよ。」

 ゆいこの携帯電話に着信を入れる河口。

「あ?」

 男の声。

「ゆいこさんの身体ひどい。腎臓が一個無いし。肝臓も半分無い。胆嚢も無い。膵臓もないな。」

 河口は黙って聞いていた。

「なんだ。放っておいてもすぐに彼女は死んでしまうね。」

 河口がアパートに帰るとゆいこがいた。

「カメラマンの子ね、三軒となりのお宅の息子さんだって。河口に復讐しようと考えてわたしに近付いたんだって。だけどとりあえず病院行った方が良いって、言われて。わたしが内臓無いの知ってるんだよね。すごく河口のこと調べたらしいよ。」

 河口はゆいこの頭を軽く小突いた。

「お前、早くに死ぬのか。」

 面白がっているような言い方にゆいこは傷ついた。

「オレが飽きる前に死んでいなくなる。得だね。」

「何が得よ。」

「こうでも思わなきゃ。まっとうに泣いたりしねえぞオレは。薄汚いんだからな。」

 

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