生業
夫の河口が三軒となりの家庭を壊した。
「もとは新井、で、アパートですが十年以上ここには住んでいたって妻のゆいこは言ってますが。河口と申します。」
三軒となりのお宅は市内の美術協会に奥さんが属していて定期的に美術協会展に参加、個人的にも近隣の市のカフェでグループ展を開いたりしている。旦那さんも地元の歴史に関わる発掘調査にたずさわったりして、市の会報で筆を執る文化人である。独立したという息子はカメラマンで、都内での個展の度に帰省して両親にカンパを求めている。
「あのババア。自分がまだまだイケてるって思い込んでやがる。アーティストぶってつんとして、あー気持ちわりい。」
河口がわたしのベッドで言う。河口はわたしのことが好きなのだ。処女だったのも凄く嬉しいのだ。決して言葉にはしないけど。よく、服の上からもわたしの内臓を取った時に出来た縫合後を指でなぞっている。そして軽く首を傾げる。衝動的にやったのだ。
モグリの医者に、近々女を連れていくとは言っていたらしい。だけど、内臓を取らせたのは衝動的なことだったらしい。
バカだ。
ヤクザのようなことをしているから、わたしに傷を付けてしまったのだ。いくら首を傾げても無かったことにはできない。
三軒となりの奥さんに、どうしたか非合法の薬を打ったらしい。ほめそやし、身体を開かせ、薬を打つ。目的は旦那さんの仕事。歴史的に価値のある発掘物がでる土地が、大手の工場立地にちょっと引っかかってしまうとのことで、争っている最中だったのだ。大手と表立ってやりあっているこの旦那さんに手を引かせるために奥さんに薬を打ったのだった。
このお宅は離婚するらしい。
この地域で、夫はこういう汚いことばかりをするのだろう。
わたしの親はよもや、わたしがヤクザのような男の妻になるとは思ってもみないだろう。ヤクザのような、とは言ってもやっていることはヤクザと変わらない。薄汚れた生物だ。
人間じゃないわ。
わたしは三軒となりの奥さんとセックスしたばかりの夫をイヤがりその手を避けた。そしたら殴られて、頓服薬を飲まされて後ろから抱きしめられた。犯されなかったけれど、その身体には触れねばならなかった。いやだ。
汚い。汚い。汚い。
子分が食事を作ってくれる。河口の子分は通いでこのアパートの部屋にやってくる。このアパートのことを事務所と言っている。ヤクザの組事務所、と、わたしは口の中で言う。わたしはここの囲われ女だ。妻だなんて、偉いもんじゃない。
「どこ行くんだよ。」
不機嫌そうに河口は言う。
「作業所。」
「なんだそりゃ、よ。」
「障害者が通うところ。」
わたしは河口に買って貰った服を着ている。河口は外見に関するセンスは良かった。わたしは実際より痩せて見えるようになった。それでいて元の、楚々とした雰囲気は損なわれていない。イモな部分だけ削ぎ落とされたようでわたしは浮かれていた。
「やめちまえ、な。そんなところ。」
「なんで。結婚したって報告も職員にしたいし。」
河口は床を踏みならした。わたしはびくりとして震えた。
震えるのは殴られる女だからだ。反射的にそう思い情けなかった。
「結婚の前に、両親が死んだってことも言ってないんだろお前。怪しまれんだろうが。バカ。病院は行かしてやるから作業所は我慢しろ。」
「分かった。」
河口はわたしのあごを掴んだ。
「分かったってば。」
「お前そこをハメられるか。」
「え。」
作業所をハメる?
「だめだよ。あそこ、いつもお金無いもん。」
「でも役所が金卸してんだよな。おまえ、友達に会いたいだろ。一時でも会わしてやんよ。」
「いいよ。いいよ、大丈夫だから。友達なんかいなくてもいい。河口がいればいいよ。」
河口は笑いながら怒った。
お前オレのこと嫌いだろと言いながら、わたしをひっぱたいた。バカにしてんだろと言って、オレより友達や作業所が大事だからオレの機嫌を取るんだろって泣いた。河口は泣いた。
嫌いだけど好きだよ。と、わたしが言うと、河口は子分を外に追い出した。わたしを後ろから抱きしめて頭を撫でた。わたしは病気の影響か、セックスがしずらい身体だった。河口はそれと分かってから、わたしにセックスを強要しない。
ときどき商売の女の子を河口は抱くがわたしはちょっと焼き餅を焼くぐらいで河口を責めない。
ヤクザのような者の女らしくわたしはなっていく。ヤクザのようなもののわたしは妻だった。