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窮地

 スーパーの野菜売場に並べる野菜を洗って梱包する仕事に就いた。いや、つかされたか。ヤクザのような男に仕事場に連れて行かれ、コイツ使ってくれよと強引にわたしを押し売る。

 朝、わたしは起きられない。必ず遅刻して行く。仕事中も居眠りをした。強い薬を使っているので副作用で眠くなるのだ。

 ある朝、ヤクザがベッドで寝ているわたしを蹴った。

「おおおおおいっ」

 ヤクザは怒り狂っていた。

「予定の額だけ集金できねえじゃねえか。ちゃんと働いているんだろうな。夜寝てるんだから大丈夫だろうがよ。おめえだって医者に偉そうに働かなきゃなんないって言い切っただろうがよっ」

 何を言われてもわたしの身体はぴくりとも動かなかった。連日連チャンで頓服薬を何種類も飲んでいた。それでも身体が言うことを聞かないからコーヒーと緑茶をうんと濃くして飲んでいた。胃腸もぼろぼろだった。

「て。てめーのようなデブが布団で寝たきり、誘ってんじゃねえぞタタネエヨ。」

 わざわざ言うと言うことは意識してんだな、とわたしは詰まらぬプライドを満たした。わたしの心は荒廃していた。いっぱしの健常者のように擦り切れてうらぶれていた。それまでのわたしは無茶を知らない優しい病者だった。無垢だったのだ。

「ごめんなさい。どうしても働けないよ。身体が言うことを聞かないんだよ。おかしいのは頭だけなのに、ダメなのは全身なんだよ。幻聴とか聞こえるし。もうダメみたいわたし。ごめんね、お金使っておいて返せなくて。」

 しゃべる前にわたしはぐっとパジャマの胸元を広げておいた。もちろんわざとだったが、どうしてそうしたのか自分では分からない。もう、行動も理由も自分でわけが分からなくなっていた。しゃべっている内容も適当だ。本当は憎い。ヤクザが、憎い。

「ヤクザのくそが。障害者まで働かせやがって、死ねこんちくしょう。」

「そっちが本音だろうよ!?」

 ヤクザはわたしの寝ているベッドをひっくり返した。怪力である。

 連れて行かれたのは普通の小さなビルだった。

「すぐ済むからね。」

 オペ着を着た濃い顔の男は、後で考えたらハーフなんだろうと気が付いた。

 内臓の幾つかが取られたらしい。

「これで、借金は返せたの。」

 ヤクザがプリンを買ってきてわたしに渡した。わたしはヤクザがひっくり返したせいで寝れないベッドの横に布団を敷いて寝ていた。内臓を取られた後でタクシーでヤクザに家に運ばれたのだった。

「普通だったら完済だ。だけど、そうは行かないんだよな。お前は一生むしられる定めなんだよ。」

「どうせすぐ死ぬじゃない。内臓取られたら。」

 腹の縫われた部分を触る。親が知ったらどう思うだろう。病気だからと大事に部屋に寝かせて、ときどきカラオケに連れて行って遊ばせてあげた娘が、内臓を取られたって。その前には強制労働だ。どうして借金こさえて自殺したんだか。疲れたんだよね。わたしのせいだよね。わたしが精神障害者だったせいだよね。

 両親は悪くない。

「傷ふさがったら売春宿だ。辛かったら非合法の薬打ってやるよ。」

「もうなんとでもすればいい。」

 処女と知ったら驚くだろうな。病状は重く、闘病生活のなかで男とも知り合うことが無かった。

「ゆいこちゃん。いるのかね。」

 誰だ、とヤクザが顎を振った。

「隣のおじさん。町内会長。」

「はい。」

 ヤクザが応対に出た。

 静かである。

「おいおい。町内会長の中井さんて、よお。」

 ヤクザがへらへらして横に退いた。

「ゆいこちゃん大丈夫かい。」

「おじさん危ないよ。いいよわたしとなんか関わらないで。」

「可哀相に。内臓まで。おじさんだったら丸のまま売春させるんで済ますのに。」

 わたしはびっくりしてしまった。

「オレの上司。中井さん。」

 中井がなぜ町内会長かと言うと、ヤクザのようなものであって、決して法律に触れる存在であるヤクザでは無いからなのである。法に触れているヤクザは、警察で登録がされているが、この中井などは陰でこそこそと非合法を働いているので逮捕も難しいのである。

 中井が言った。

「河口、お前ゆいこちゃんと結婚しなさい。そうしたらお前もこの辺で仕事がしやすいから。」

「はい。」

 次の日から河口の子分がウチのアパートに入り込み、家事などをした。わたしは河口ゆいこになったのである。



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