悪魔でもいい
わたしは美人だった。
清楚でほどほどに賢い。運動不足でほんの少しだけ腹の肉付きが良い。
だけど美人だ。髪はゆるくウェーブがかかり華やかさをも演出している。
わたしは遅くに出来た子で、妹もいるが、妹は早々に結婚し片付いていた。両親亡き後、わたしはのっぴきならなくなった。家庭のある妹の世話にはなれない。
両親と暮らしていたアパートも追い出されるだろう。なのに借金があるとか言って、あの人、ヤクザが来た。
「身体で返すって手もあるよ。」
「デブだし病気だし。」
「関係ないよ。女でしょ。だったら問題ないから。」
「病気って、身体とかじゃなくて、精神だから。お客さんに迷惑とかかけると思う。」
ヤクザというか、警察にヤクザという登録をしていないヤクザのようなものだ。
わたしはベッドに腰掛けていた。わたしの部屋だ。
ヤクザは少し色をぬいたブラウンの髪をゆるく後ろに流して整髪料で固めていた。派手ではないが仕立てと分かるスーツで、表情がぴくぴくと落ち着かない。
両親と暮らしたアパートは追い出されなくて良かった。だがわたしは、地元にあるオデブサロンにて働かされることになった。
「わたし、そんなに太っていますか。」
「そこ勤めたらもっと太るから。大丈夫。」
悲しくて涙が出てきた。給料の半分以上はヤクザに取られてしまう。
オデブサロンでわたしは人気最下位。だってデブじゃないんだもの。隠れてこそこそと薬を飲みながら、カレーを飲むと言う特技を身につけた。
給料は無いようなもので、家賃はどうなっているのか分からないが、光熱費や水道でほとんどなくなる。それと、ちょっとは色あざやかな下着を着けてねと店長さんに言われて。セブン系列のスーパーで下着を買う。
それでもわたしはダメで、オデブサロンにヤクザは呼び出された。
「は。」
ヤクザはわたしを見てあきれていた。
「何でヤセてんだ。ここはデブの店だぞ。飲み食いしてんだよな。」
店長が言う。
「この子病気あるんだよねえ。気を使っててねえ、かわいそうだけど、ここじゃそう言う深刻なのは合わないし。それにこんなに細いんじゃ浮いちゃうしね。」
オデブサロンは首になった。
わたしはサロン以外で飲み食いをしていなかった。お金がなくて。ヤクザはコンビニ弁当をわたしに買ってくれた。
「お前、世間的に見たらデブだぞ。決してヤセてはないからな。」
のり弁と唐揚げ弁当を平らげる。
食いっぷりは良くなったのにヤセたのは何でだろう。職場まで歩いたり昼寝をしなくなったせいか。
「夜寝なくなったので、主治医に怒られちゃいまして。明日診察なんですけど事情を医師に話して下さいよ。」
「やだよ。病院なんて。」
わたしはため息を吐いた。
「ヤクザに働かされてるなんて、言っても誰も信じないです。」
両親がこのヤクザにしたという借金とは何だろうと一瞬思ったが、口にしないでおく。
「夜寝ないのが大事か。」
「大事です。」
「お前病気、何。」
統合失調症だ。
「分裂病ですよ。」
「そりゃ統合失調症だろう。」
「頓服薬が無くなったので、明日診察。必ず来て下さいよ。」
ヤクザは父の布団に勝手に寝た。
二人で昼間の駅前を歩く。朝マックをした。そこでもわたしは薬を飲む。ヤクザはそれをじっと見ていた。
しばらく昼夜が逆転していたので眠い。
病院でヤクザは小さく背を丸めて座った。雑誌を読み始めた。
診察の番が来た。
「ゆいこさんは、日中の就労でも難しいしお勧めしてきませんでした。夜の仕事なんて言語道断ですよ。」
ヤクザは言う。
「こっちとしても、借金を返して欲しいんですよ。ゆいこさんに。」
「障害者年金とか、生活保護とか、あるでしょうゆいこさん。」
医者の悠長さに腹が立った。
「そんなの全部取られちゃってますよ。」
わたしには両親がしたという借金の内訳がなんとなく分かっていた。
わたしを養っていたからだ。年金だけじゃ立ち往かなくなったのだ。わたしが病気じゃなくて健康で、独立できていたら二人は死ななかったのに。両親は自殺である。
医者にはわかるまい。悔しくてわたしは下を向いていた。お金がないということは決して医者には分からないのだ。無理に分かろうとして貰うのも惨めだ。こちらにもプライドがある。
「とにかく、わたしは夜の仕事をしなくちゃならないんです。そのための処方を、よろしくお願いします。」
「だめです。そんなのは認められませんよゆいこさん。夜はちゃんと寝ないと、また再発して入院ってことになっちゃうよ。せめて昼間の仕事じゃあ。」
言いながら医師はヤクザの方を見た。




