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隣に座っているユーレンに近付かれて、つい身をひいてしまった。そんなに大きくないソファーだ。背中はもう行き止まりで、これ以上さがれない。
「…まずは、少し離れない?」
エメラルドの瞳が、なんだか今は少し苦手だ。私を逃がさないと言うように、鈍く光っている。
「ミリーはさ。今日、あんな風に皆に詰め寄られるって知っていたよね?それも、あの男爵令嬢に」
…なぜ、それが分かったんだろう。怪しい行動はしていないし、私は誰にもゲームのことを話したりしていない。
どう答えればいいのか考えているうちに、ユーレンは目を細めた。嘘を考えているのがばれてる…そんな気がする。
「…そんなの、知っているわけないでしょう。別に呼びされたわけでもなく、あの方たちが教室にとび込んできたのだから」
先程の断罪は、ただの昼休みに行われたものだ。
別に昼休みに自分の教室にいるのはおかしくないはず。
ユーレンが私を見てくるため、視線をそらさないようにする。私は見かけからして悪役令嬢面だ。絶世の美女と呼ばれるくらいに美しいけれども、似合うのは淡いピンクではなく、毒々しい赤。自分自身でも引くくらいに、私には赤のドレスが似合う。
反対にユフィーはいつもパステルカラーのドレスばかりだった。
「ふーん、そう」
適当な相槌は、間違いなく私を信じていない様子。ユーレンの明らかな王子様顔が好きだ。前世でも、私はこの大好きな顔と大好きな声で王子様ルートを選んでいたような覚えがある。
それでも、こんなに近寄られてこられると恐怖以外の何物でもない。
これ以上後ずされない私の身体はソファーに倒れ込んでしまい、それを幸いにとユーレンが上に乗るように近付いてくる。
この体勢、すごくまずい。
「ちょっと、レン!何を疑ってるか知らないけれど、こんな体勢じゃ話もできないじゃない!」
「これくらい近寄ったほうが、ミリーは素直になるよ。8歳の時から急に僕と距離おきはじめたよね?そして、学園に入学して…あの男爵令嬢が現れたくらいからは王宮にもこないし、話し掛けても素っ気なくなった。気付いてないとでも思ってた?」
顔の横にユーレンの手をおかれ、囲われる。
うっと、つい息を詰めてしまったのが気付かれただろうか。
言う通りの行いをしてきた自覚があるからこそ、返事ができない。はっきり言って、気付かれていないだろうと思っていた。なんの確信があったわけでとないが、気付かれていないだろうと。
頬をスルリと撫でられ、硬い手の感触に身体が震えた。その姿を見たユーレンが、唇だけで笑む。
恐いのに、綺麗なその姿に、顔が赤くなっていくのが分かる。こんな近くまで近寄ったなんて、いつ以来だろうか。
「王太子妃なんて、嫌になった?あの男爵令嬢に譲ってしまおうと、そう思ってたの?」
「ちがっ、うけど…」
自信をもって違うとは言いきれない。
視線に耐えられなくなって、横を向いた。頬に責めるような視線が突き刺さる。
だって、私は悪役令嬢だから。ユフィーに断罪され、バッドエンドに向かうことは決定事項だったはずなのだ。
男爵令嬢を虐めた覚えはないけれど、私が虐めていると噂がとびかい、王子とユフィーが街中を歩いている姿を見たと噂される。最近の学園のネタは、この二つだけだった。だから、私はやっぱりこの世界は乙女ゲームの世界なのだと、シナリオは変えられないのだと思ったのだ。




