今日も焼きそばパンは買えないようです
なんでこれ書いたんだ………(遠い目)
「もらったぁああああぁあああ!!!」
俺は思いっきりダイブするかのように、体を前のめりに倒れさせながら飛び出し手を商品棚へと伸ばす。
今、狙うは焼きそばパン!
王道にして至高のパンである。
何が良いってそりゃ、淡水物×淡水物という夢の組み合わせだ。
育ちざかりの男子高校生からしてみれば、焼きそばパンとは己の腹の欲求を満たしてくれる重要アイテムなのである。
そんな俺の焼きそばパンへの熱い思いを思わず脳内回想で語ってしまったが、ここで気を抜いてはいけない。
背後からは地獄の亡者をも彷彿させる同年代の少年少女が俺の食糧調達を阻もうとしているのだ。
一歩。
また一歩と足が廊下を踏みしめ、前へと進む。
あと3m。
2、1………!!
「おばちゃん、これちょーだいっ」
「はいよ、まいどあり」
俺の伸ばした手は、焼きそばパンを掴もうとして………パンが持ち上げられた。
俺の手ではなく、クラスメイトの大地の手によって。
「亮、おっ先~」
軽くスキップしながら、購買から立ち去っていく悪友の姿を視界に収めながら俺は人の波に押され地面へと熱い抱擁を果たしに行く。
ああ、神よ……今日も俺にパンを恵まないのか…………
俺――瀬川亮は数多の生徒に踏まれながらそんな思いを抱くのだった――――――
県立大沢高校。
今日もまた昼食を求めた生徒たちによる食糧争奪戦が行わる至って平和な高校である。
「随分と遅いお帰りだな、亮」
「うっさい、お前のせいで俺の昼飯が消えたんだ」
「あらら、そらスマンかったな」
「まったく心の籠ってない謝罪ありがとよ」
教室へ帰った俺を待っていたのは美味しそうに焼きそばパンを食べていた大地だった。
梅原大地は身長180㎝、程よく整えられた茶髪にキリっとした目といった今どきの爽やか男子といった雰囲気の奴だ。
1年のころから同じクラスの悪友なのだが、俺と違って運動神経抜群のためこいつは非常にモテる。
現に今も学年で最も可愛いと言われている篠原優香と付き合っている。
はぁ………、爆ぜればいいのに。
「なんか、今お前物騒なこと考えてないか?」
「ああ、お前が爆ぜればいいのになってな」
「そうか……ん!?」
「どうした、そんなに大きく口を開けて?あ、パンを突っ込めと?」
さらりと混ぜた毒舌に大げさに反応した大地に、パンを突っ込もうとしたら慌てて距離を取られた。
まったく、ちょっと口の限界まで焼きそばパンを突っ込もうとしただけなのにな。
「いや、十分危険だからそれ」
おっと口が滑ったようだ。
大地がジト目で見てくるが一歩近づけば、慌てて視線を逸らした。
ふっ、ちょろいな。
「それで、お前今日の昼飯は?」
「ああ、購買が無くなったから今日は抜きかな」
県立大沢高校。
いたって普通のこの高校はとてつもなく僻地にある。
それこそ、近くのコンビニまで1時間かかるほどに。
そのため多くの生徒は学校の購買で昼食を買うのだが、この学校の購買には他の高校とは違う大きな特色がある。
『ウマイもん食べて、大きく育て。己の手でウマいもんを掴みとれ』
どこの誰が考えたか知らないがこのモットーの基、うちの購買は運営されており、毎日朝から購買のおばちゃんたちが丹精込めて作ったパンやおにぎりが並ぶのである。
俺がこの高校に入学を決めたのはここの購買の飯が食いたかったというのが理由だ。
学校説明会の際、配られたパンを食べた時、俺は全身に電流が走ったかのような衝撃を受けた。
ウマい。
その一言に尽きる。
ふんわりと焼き上げられたパンに、挟まれた新鮮な野菜や肉厚なハンバーグ、ジューシーな焼きそばなどは俺の胃袋を見事に掴み取った。
もともと、旨い食べ物に目が無いのである。
この高校に入学が決まった時俺は雄たけびを上げたほどだ。
そういう経緯から俺はこの高校での昼食を楽しみにしていたのだが………
「まあ、あの人気ぶりだもんな」
あの美味しさに惚れた人は俺以外にもいるわけで。
毎日が戦争のように購買の食糧争奪戦が行われるのである。
購買があるのは、本校舎から出て少し離れたところだ。
昇降口よりまっすぐ進み、第1体育館、第2体育館を通り過ぎ、左に曲がれば購買のある武道館である。
本校舎は4階建て。
ちなみに俺と大地がいるのは2年1組、4階の一番端っこである。
もちろん階段は、最多。
購買から最も遠い呪われた教室である。
とはいっても、一応俺には友人がいる。
大地と会話していると、後方から元気な声が聞こえてきた。
「おーっす!」
「こんにちわ」
元気に挨拶してくるのが、大地の彼女である篠原優香。
少し控えめに挨拶してきたのが、優香の友達であ結城沙奈恵である。
優香は日本人にしては少し高い身長に、綺麗に腰まで伸びた薄い茶髪にくりっとした大きな瞳。
持ち前の明るい性格で、誰でも好かれる女の子。
一方、沙奈恵は小柄ながら少し短く揃えた黒髪と小さい顔にふっくらとしたほっぺ。
性格は少し気弱だが、優しくて思わず庇護欲を掻き立てられる愛らしい女の子だ。
「おー、優香!こっちこっち」
彼女が来てくれて嬉しいのか、にこやかに笑う大地と大地を見つけて嬉しそうに笑う優香。
うん、どうみても美男美女のカップルだな。
腹立たしいが、これは認めざるを得ないことなのだ………。
「亮君、今日もお昼ご飯買えなかったの?」
そんな感じで二人を眺めてたら沙奈恵が声を掛けてきた。
「ん?ああ、今日も争奪戦に負けて帰ってきたよ」
苦笑しながら話す俺に沙奈恵は心配そうな顔をして、お弁当箱をそっと渡してきた。
「はいっ、少ないかもだけど食べて」
「悪いな、いつも」
そう言って俺は申し訳なく思いながらお弁当箱を受け取る。
このメンバーで食事をとるのはいつものことになってから半年と少し。
大地と優香が付き合い始め、それから沙奈恵もつられてきて、いつの間にかこのメンバーで食べることが多くなっていた。
そして、何故か沙奈恵は俺に昼食を恵んでくれる。
たまーにパンを獲得してくることもあるが、いつも負けて帰って昼飯抜きになる俺を憐れんでいるのか、女の子らしい弁当箱に目いっぱいの料理を詰めて渡してくれるのである。
もちろん、最初は戸惑い断ったのだが、沙奈恵の涙目による説得とクラスからの冷たい視線(沙奈恵の涙目を見た連中である)を受け、それ以降沙奈恵にごちそうになっているのである。
「にしても、懲りないわね~亮は」
「仕方ないだろ?あの購買の飯に惚れちまったんだから」」
優香が俺が負けたのを知ってか、からかってくるが俺はそっぽを向いて言い訳をする。
「まっ、今日は惜しかったんだし明日は獲れるんじゃないか?」
軽く俺の前から飯を奪い取った大地が気楽に言うが、あれでも必死に走っていったのである。
運動神経が抜群とは言わないが、そこそこの俺にしてはかなり頑張ったほうだ。
「怪我しないでね、亮君」
「ああ、ありがとな沙奈恵」
そんな俺を心配してか、沙奈恵が不安そうな声でこちらを見てくるが、俺は大丈夫だと笑いかける。
「ひゅーひゅー、熱いねお二人さん」
「なんていうか、恋人というより夫婦だよな」
そんな俺たちを見て優香と大地が茶化してくる。
沙奈恵なんて顔が耳まで真っ赤だ。
「もうっ、優香ちゃん!!」
珍しく大きな声で叫ぶ沙奈恵に優香は苦笑しながら、はいはい、と宥めていた。
今日もいつも通り、俺たちは平穏な昼休みを過ごしているのだった――――――――
翌日。
4時限目の数学の授業を聞きながら俺は、チラチラと時計の方へと視線を向けていた。
何やら先生が黒板に公式を書いているが知ったことではない。
今の俺にとって大事なことは、購買にいかに早く駆けつけるかである。
刻々と迫る授業終了の時間に伴い、少しずつだが生徒たちの戦意は高まっていく。
もちろん、先生には気取られてはいけない。
もし、授業に集中していないのがバレれば説教という名の職員室直行コースである。
キーンコーン、カーンコーン。
そして、その時がやって来た。
学級委員が起立………という前に立ち上がる生徒たち。
うん、自分もそうだけどこの光景はすごいよな。
授業終わるの待ってました感が半端ないもの。
先生、ごめんよ。
授業が嫌いなんじゃない。
俺たちは早く購買に行きたいだけなんだ!
そんな俺たちの熱い思いにこたえ委員長は手早く、礼と告げた瞬間。
ダンっ!!
と校舎を揺らすかのごとく、生徒が一斉に教室から駆け出した。
俺も負けじとクラスを駆け出し、階段の手すりへと腰かけ一気に滑り降りる。
「フハハハハハ」
どこぞの魔王のような奇声を上げながら俺はスルスルと階段を下っていく。
負けぬ、負けるわけにはいかないのだ。
パンよ、おにぎりよ、待っていろ!
今日こそ俺が食するのだ!!
階段を一気に下り俺は昇降口へと辿り着いた。
この時点で前方には数十名ほどの生徒を確認。
くそっ、このままじゃまた品切れに……………・
俺は手すりから飛び降りると、着地する時間も惜しい、と勢いをそのまま前へと押し込みさらに一歩前へと踏み込んでいく。
「どけどけぇええええええ!!」
そんな昇降口を抜けた俺の耳に聞こえて来たのは野太い声。
ヤバイっ!?
俺は後ろを振り返る間もなく、野太い声の主から逃れるべく道の中央から端の方へと全力ダッシュ。
脇に外れた直後、その巨体は生徒たちをラリアットで巻き込みながら突き進んでいった。
「ガハハ、儂のパンよ、待って居れぇえええ!!」
ラグビー部所属3年、海原隆道。
圧倒的な巨体と筋肉により、生徒を巻き込みながら購買に行くことで有名だ。
ついたあだ名が【筋肉戦車】
そのままである。
筋肉戦車を避けた俺は、受験生である3年がこんなことしてていいのかっ!?と思いながら必死に駆け抜けていく。
だが、これはチャンスでもあるのだ。
筋肉戦車から逃げ切れなかった生徒の屍を踏み越え、俺は先へと進む。
済まぬ、名も知らぬ同士よ。
我が昼飯のため、糧となれ!!
見知らぬ生徒を踏みつけながら進む俺はようやく、第2校舎の前を通り抜けカーブに差し掛かる。
だが、ここで気を付けなければいけないのは道の狭さだ。
第2体育館とプールの間にある道は敷地の関係上、道幅が非常に狭い。
よって、ここで多くの生徒が混雑するのだが今日の俺には秘策があった。
俺は走り抜けるスピードを緩めぬまま、カーブ………ではなくプールのフェンスに向かって跳躍する。
I can fly!!
なんて馬鹿なことを考えながら俺はフェンスへと手を伸ばし蝉のように張り付くと、そのまま勢いで凹んだフェンスの跳ね返りを利用し直角に飛び去っていく。
「うぉおおおおぉおおおお!!」
これぞ、最近俺が編み出した秘儀『直角とび』である。
群がる生徒たちの頭上へと踊りだした俺はそのまま、生徒たちを踏みつけ前へと進んでいく。
途中で罵声や物を投げられたりするが、全力でスルーさせていただく。
もちろん、後方からは俺の行動を見て真似する輩もいる。
まあ、俺も先輩たちの行動を見て学んだんだけどな。
そうして購買のある武道館へと辿り着けば、そこは戦場であった。
誰かが商品棚へと手を伸ばせば、周りがさせまいと叩きのめし購買の外へと放り投げる。
購買の外側はすでに戦線っ離脱したと思われる生徒で溢れていた。
俺は生徒たちを踏みつけながら進むが道中で、見知らぬ女子生徒に掴まれ大地へと引きずり落とされる。
だが、ここで終わるわけにはいかないのだ!!
叩きつけられた俺はそのまま、浮き上がった体と地面の間に足を滑り込ませ直立。
足を掴んだ女子生徒を相撲部のいる方へと突き飛ばし、前へと一歩足を踏み出す。
もちろん、突き飛ばした方向から甲高い悲鳴が聞こえてくるがスルーさせていただく。
全力で相撲部の熱い抱擁を楽しんでもらいたいかぎりだ。
だが、ここはまだ入り口。
商品棚は厚い生徒の壁に阻まれ、見えていない状況だ。
未だ争いが続いていることから商品が残っていることは分かるが、数がどれほどあるか………
不安を胸に抱えつつも、俺は目の前に群がる生徒の壁へと挑むのだった―――――――
「獲ったどぉおおおおおお!!」
これで何人目だろうか。
筋肉戦車先輩が商品獲得の雄たけびを上げ、購買から遠ざかっていく。
既に購買前にはあたりの風景が確認できるほど、生徒たちの数は減っていた。
既に厚い生徒の壁は消え、あるのは残り2個となったサンドイッチとおにぎり。
そしていまだに立ち上がる歴戦の生徒である。
その数7人。
どうみても4人は食えない計算だ。
「あら、亮君じゃない。だいぶ生き残れるようになったのね」
そう言って、俺に話しかけてきたのは入学初日俺を床へ叩きつけた先輩。
3年、美咲先輩である。
「ええ、先輩を参考にしましたから」
この人は女子生徒でありながら、何故かいつもこの最終局面まで生き残る猛者である。
女だからといって油断できる人ではない。
「なんや、雪女の知り合いか~?」
そう言って、関西弁で話に割り込んできたのは千草先輩。
美咲先輩のライバルと呼ばれる、バスケ部のエースである。
ちなみに雪女とは美咲先輩の異名だ。
「その名前で呼ばないでちょうだい、雑草」
「誰が雑草や!?」
ピリピリとした雰囲気の中、美咲先輩と雑草………違う、千草先輩が言い合いをしながらけん制し合っている。
ほかの3人は残念ながら面識がないが、襟元のバッジを見る限り1年二人と、2年生のようだ。
そうして、やがて静まり返る購買前。
一色触発。
そんな雰囲気の中、耐えきれなかったのか動き出したのは1年生。
2人して協力していたのだろう。
二手に分かれ、1人は美咲先輩の方。
もう一人は千草先輩の方へと駆け抜けていく。
だが、その程度の小細工は関係ない。
この場の空気に耐えれなかった、それが彼らの敗因だ。
そこからは一瞬だ。
美咲先輩のほうへと駆け抜けた生徒は、美咲先輩に床に転がっていた生徒を投げつけられ、千草先輩の方に行った生徒は脚を掛けられ地面とキスをしていた。
「なんや、あっさり片付いたな」
「そうね」
こえぇええええ!?
何あの二人、絶対戦いたくないです。
ていうか今のうちに商品棚に駆け抜ければよかった。
そうして考えていたのもつかの間。
俺は背後に人の気配を感じて、振り返ろうとして…………背中から衝撃が伝わってきた。
「…………油断大敵」
そう呟かれたと気づくころには俺は購買前の床へと叩きつけられ、そのまま美咲先輩、千草先輩、見知らぬ2年生がそれぞれ獲物を獲得していた。
はぁ………、今日も俺は購買のパンが食えないようです。
一体いつになったら食べれるのやら………
そうして俺は気を失うのだった――――――――――
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