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4.右肩の数字

「本気なの?」


 教室の紹介を一通り受け終えてから、やってきた女子寮。

 そこにある食堂というよりは雅なフレンチレストランのような場所で、初めて経験する料理の味に感動してると、向かいに座って食事をしていたメリッサにそう声を掛けられました。


「何がですか?」

「教室の選択のことよ! よりにもよって、レックス先生の教室を選ぶなんて!」


 この問答は、もう何度目でしょうか?

 私がご主人様の教室に入ると言ってから、ずっとこの調子なのです。

 でもメリッサが、私の選択にこんなにも反対しているのには、それなりの理由がありました。


 それは、ご主人様が担当している教室が最底辺のランク1というだけでなく、今まで彼の教室から学園を卒業できた者が、一人もいないらしいことです。


 たしかに、この学園に純粋に魔法を学びに来た人なら、そんな噂がある教室は避けたいでしょう。

 でも私にとって、魔法を学ぶことよりも、ご主人様の方が大切なのです。

 なので、何度言われようが私の返答は変わりません。


「私は、ご主人様の傍にいたいですから」

「その“ご主人様”って何なのよ。向こうは身に覚えがないって言ってるわよ?」

「……例えご主人様に忘れられていたとしても、私のご主人様はご主人様だけです」


 正直なところ、忘れられていたことは凄く悲しいですが、しょうがありません。

 私に、それだけの価値がなかったということですから。


「私は人違いだと思うんだけどねぇ……」


 メリッサはそう言いますが、あの人はご主人様で間違いないのです。

 なにせ、容姿だけでなく小さな癖から首もとにあるホクロの位置まで、何もかもが同じでしたから。

 ご主人様の検定があるなら、私は満点を採る自信がありますよ。


「教室の移籍は、一年ごとにしか出来ないわ。だから下手をすると、一年を丸ごと棒に振るハメになるかもしれないのよ? あんたは、それでもいいの?」

「はい、もう決めたことですから」


 尚も私を説得しようとする彼女にそう返すと、とうとうメリッサはふてくされたように、そっぽを向いてしまいました。


「――っ、もう本当に知らないんだからね! 勝手に駄目教師の教室に入って、せいぜい才能を持ち腐れてなさいっ!」

「ええ、ありがとうございます」


 私の表情から、その言葉が嫌味でないことを読み取ったメリッサは、きょとんとした顔で頭に疑問符を浮かべました。


「……? 何でここで、お礼を言うのよ? 私は、もう知らないって言っているのよ?」

「でもメリッサは、私のことを心配してくれているのでしょう? だから、ありがとうです」

「……あんたのそういう所、本当に調子が狂うわ」


 そう言って、メリッサは疲れたように頭を抱えてしまいました。

 いけません、どうやら私のせいで心労をかけてしまったようです。


 丁度今の私には、彼女のリフレッシュと同時に、自分の好奇心を満たす名案がありました。


「それよりもメリッサ、私はお風呂というものに入ってみたいです」

「お風呂? まぁ、確かにもう入って良い時間だけど……」


 メリッサが食堂にある時計に目をやると、時刻は夕方の七時を過ぎていました。

 女子寮にある共同の大浴場は夕方の五時から開いているらしいので、いつでも入れるはずです。


「実は私、今までお風呂に入ったことがないのです。だから、入るのが楽しみです」


 私がウキウキしながらそう言うと、何故かメリッサは頬を引き攣らせました。


「そ、そうなの……。それは、早く入った方がいいわね」

「はい。それでは早速、行きましょう」

「ちょっと待って。体臭を誤魔化せそうな石鹸があるから」


 メリッサは体臭を気にしているのでしょうか?

 別に、変な匂いはしないと思うのですが……年頃の女の子とは、そういうものなのかもしれませんね。





 初めて入るお風呂は、とても広くて、とても人の多い場所でした。


「ふわぁ、何だかモワッっとしています。これがお風呂なのですね」


 口から吸う空気が熱く、どこか重たく感じます。

 白い大理石の柱や随所に施された彫刻、巨大な浴槽にお湯を吐き出す石像等々、想像していたよりもずっと煌びやです。

 私たちの他にも沢山の生徒がいて、体を水に浸しながら楽しそうに談笑しています。


 お風呂とは、こんなにも楽しそうな場所だったのですね。


「恥ずかしいから、あんまりはしゃがないでよ」


 今にも走り出したくなっていたのですが、その前にメリッサに手を捕まれて止められてしまいました。


「メリッサ、はやくあの大きな水たまりに入りましょう」

「あんたは、その前に体を洗いなさい」


 そう言って、メリッサは私を手近にあった椅子に座らせました。

 右手に柔らかい布と、左手に例の石鹸を構えて、私の背後に立ちます。


 そして布を泡立たせると、メリッサは私の体を洗い始めました。

 どうして彼女がそんなことをしてくれているのか不思議でしたが、気持ちよかったので何も言わずに身を任せます。


「……あなた、本当にお風呂に入ったことがなかったの? そのわりには、綺麗な肌をしているけど」

「そうなのですか? 自分ではよく分からないのです」

「……まぁ、よく考えたら一度も洗ったことがないのにこの髪はありえないわね。ちょっと羨ましいぐらいだわ」


 そうぼやきながら私の肩を洗おうとした時、ふとメリッサが唐突に手を止めました。

 背後から、息を呑んだ気配が伝わってきます。


「あなた、この数字は……」

「ああ、“13”の文字のことですね」


 おそらく、私の右肩にある数字を見たのでしょう。

 どうやら私の体は、小さな世界にいた頃のキャラクター設定を忠実に再現しているようです。


「それは私が、十三番目にできた商品という意味なのです」

「焼印……」


 深刻そうな声色の呟きが気になって、私はメリッサを振り返りました。

 見ると彼女は、今にも泣き出しそうな、やりきれない表情を浮かべています。


「メリッサ、どうなされたのですか? 何か悲しいことでもあったのですか?」


 メリッサは、私にとても良くしてくれています。

 でも、私ばかり良い思いをしていては駄目なのです。

 だって私たちは、友達なのですから。


 私も、メリッサの力になりたい。

 そんな思いを込めて彼女の顔を覗き込むと、メリッサは何かを決意したかように、唇を引き締めました。


「私、決めたわ。これからは、私があんたを守るから」

「はあ……ありがとうございます?」


 よく分かりませんが、言われたことは嬉しかったです。

 私も、メリッサを守りますからね。





 お風呂から上がった後は、女子寮にあるメリッサの部屋へと行くことになりました。


 部屋は縦に細長い形をしていて、他は二段ベットが一台に勉強机が二台と簡素な作りをしています。

 窓を覆っているカーテンやベッドのシーツなどの質は高いので、質素な部屋の中でどこか浮いてしまっていました。

 食堂やお風呂がお洒落で豪華だっただけに、なんだか落差を感じてしまいます。


「ええと、灯りは何処だったかしら……」

「そこの机の上にありますよ」


 私が指を差すと、メリッサは手探りでランプに火を灯しました。


「暗いのに、よく見えたわね」


 メリッサが少し感心した声でそう言いますが、私からすると見えない方が不思議に思えてしまいます。

 たしかに部屋の中は真っ暗になっていたようですが、私の目にはランプの光が灯った後と同じくらいに見通せていましたから。

 私の目は、人間と違うのでしょうか?


 ……まあ今はそんなことよりも、気にするべきことがありましたね。


「あの……私がこの部屋を使っても、良いのでしょうか?」

「あんたの部屋でもあるんだから、良いに決まってるでしょ」

「そうなのですか?」


 初耳です。

 一体、いつの間に決まったのでしょうか?

 それに、私には此処が二人部屋にしか見えないのですが……それは私の勘違いで、本当は三人部屋なのでしょうか?


 どちらにせよ寝る所は二つしかないので、私じゃない方のアリスが帰ってきたら、相談しなければいけませんね。

 ……なんてことを考えていたのですが、私じゃない方のアリスが、その日の内に部屋に帰ってくることはありませんでした。


 何かあったのでしょうか?

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