3.再会(?)
アルフェリア魔法学園は、幾人もの教師が自分の教室を開いており、そこに生徒が所属する形式をとっているそうです。
生徒だけでなく教室にも1~5のランクがあるらしく、これは卒業した生徒が何かしらの偉業を成し遂げたり、学内で行う魔法大会などで所属している生徒が高成績を残したりすると、教室のランクが上がっていく仕組みになっています。
生徒は自分のランクに則した教室にしか所属できませんし、同様に教師も自分の教室のランクに則した生徒しか入れることができません。
例えばランクが3だと認定された生徒は、ランク1~3までの教室を選べますが、ランク4やランク5の教室は選択できないということになります。
ちなみに私とメリッサは、二人揃ってランク5の認定を頂けました。
メリッサの説明によると、教室のランクは高ければ高いほど魔法を学ぶための設備や環境などが優遇されているそうで、入学した生徒はできるだけ高いランクの教室を選ぶのが普通なのだそうです。
それにしても、まさか私にこのような高い魔法の素養があるとは思いませんでした。
私の魔法適正が低かった場合、メリッサと違う教室に入ることになっていたかもしれませんので、これは嬉しい驚きですね。
そしてもう一つ、驚くべき事実が発覚しました。
私たちは聖堂を出てから、教室の紹介を受けるべくランク5の教室が集まる区域へと向かっていたのですが……長い階段を上って高い立地に出た時、私は見たのです。
この広い学園の敷地の外が崖になっており、その遙か下にどこまでも続く大地があったのを。
なんと私が今立っているこの場所は、地上から浮遊している島だったのです。
メリッサに聞く限り、この浮島には特殊な通行手段を使わないと入れないらしく、今は学園の教師か、魔法の才能があると認められた生徒しか浮島にいないそうです。
なるほど、だから私のことを誰も不審に思わなかったのですね。
きっとこの浮島に入れている時点で、学園の関係者なのだと判断されたのでしょう。
まあ私にも魔法の適正はあったので、これで本物の関係者になったはずです。
もう、何も気兼ねすることはありませんね。
なので遠慮無く、興味の趣くままに視線を巡らせていると、メリッサに「迷子になりそうな気がするから、私から絶対に離れないでね」と言われてしまいました。
この辺りの土地鑑がないのは事実ですので、大人しく彼女についていきます。
やがて到着したランク5の教室が集まる区域は、巨大な石造りの塔が幾つも立ち並ぶ物々しい場所でした。
これでは学園の校舎というよりも、堅牢な城塞です。
まあ魔法の練習を行う時のことを考えれば、これぐらい頑丈さが必要なのかもしれませんね。
聞けば、あの塔は一本丸ごと、それぞれ一つの教室が使用しているのだとか。
塔の合間には体を動かすための広い土地があり、そこでは今も幾人もの生徒が何かしらの練習を行っていました。
ストレッチや走り込み、筋力トレーニング等々、魔法使いというわりには体育会系に近いようなことをしています。
魔法を使うのは、体力がいるのでしょうか?
小説などでは、「頭はいいけど体を動かすのが苦手」という設定が多く、ゲームでもいつも後衛にいるイメージでしたので、これはちょっと意外でした。
どうせなら魔法を使っている所も見たいと思い、誰か練習をしていないか目で探していると……ふと心地よい音が耳を掠めました。
見ると、広場の端に集まった数人の生徒が、一定のリズムで声を高らかに上げています。
どこか懐かしさを感じるそれに、私は首を傾げました。
「あの人達は、何をしているのですか?」
「ああ、あれは呪文の練習をしているのよ」
私の視線の先にいる人達を見て、隣を歩くメリッサがそう教えてくれます。
「……魔法の呪文とは、まるで歌のようなのですね」
息継ぎの箇所がなく短いですが、私にはあの人達が歌っているように見えました。
小さな世界にいた頃は、私の存在意義だったものです。
かつては、ご主人様の作った曲を毎日のように歌って――
と、前にいた世界の記憶を思い起こすと、途端に悲しい気持ちになってしまいました。
どうやら私は、無意識のうちに考えないようにしていたようです。
かつて私は、ご主人様に捨てられてしまったことを……
私はご主人様の所有物ですから、飽きられたら消されてしまうのはしょうがありません。
ご主人様は、何も悪くありません。
でも、胸にポッカリと穴が空いたように感じるのは、止められせんでした。
ご主人様も、この世界にいるのでしょうか?
どうもこの世界は、ご主人様がいた外の世界とは違うように思えますが……もし許されるのらば、もう一度会いたいです。
でも私は、ご主人様に不要と判断されてアインストールされてしまった身です。
そんな私が会いに行っても、ご主人様に迷惑を掛けてしまうだけでしょう。
寂しいから会いたいという気持ちと、ご迷惑だから会ってはいけないという気持ちが、私の中でせめぎ合います。
いつまでも決着の付かない感情に頭を悩ませていると、ふと自分達の後ろからやってきた二つの人影に気が付き――
思わず、足を止めました。
「どうしたの、アリス?」
急に立ち止まった私に、メリッサが怪訝そうな声で訊ねてきますが、今はそれに応えている余裕はありませんでした。
私たちの背後からやってくる人間は二人。
その内の一人は、私に精霊検査をしてくれたリゼットです。
問題は、彼女の隣を歩いている男性。
その見覚えのある姿に、私は限界まで目を見開きました。
縁のない眼鏡に、少し寝癖の残った黒髪。
怒っているのかと勘違いしそうな、一文字に引き締められた口と鋭い目つき。
間違いありません、あれは――
そう理解した瞬間、私は既に走り出していました。
考えるより先に体が動いてしまって、制御ができません。
私は自分の衝動に全く抗えないまま、気が付けばリゼットの隣にいた男性に抱きついていました。
「ご主人様! ご主人様! ご主人様ぁ!」
「な、何だお前は!?」
ああ、いけません。
私が涙声を上げながら顔を擦りつけているせいで、ご主人様が困惑しておられます。
これでは、ますます嫌われてしまいます。
自制しないといけないのですが……胸の奥底で荒れ狂う感情が離れたくないと叫び、ご主人様の体に回した両手を解くことができませんでした。
「ご、ご主人様って……」
「どういうことかしら?」
遅れてやってきたアリスや、隣にいるリゼットが、ご主人様に抱きつく私を見て目を丸くしています。
二人に注目され、ご主人様は眼鏡のブリッジを指で押し上げました。
ああ、困った時や焦った時にするその癖も、相変わらずですね。
「君は、誰だね?」
「私です、アリスです!」
「……アリス? 知らないな」
不快そうに眉を顰めたご主人様の言葉に、私はショックを受けて……お陰で、ようやく我に返りました。
理性を総動員して、ご主人様から身を離します。
「あ、ごめんなさい……ご迷惑でしたよね。でも私、どうしてもお会いしたかったのです」
「ふむ?」
不思議そうに首を傾げていらっしゃる様子からして、どうやら私は、本当にご主人様から忘れられてしまったようです。
「ちょっと、どういうことアリス?」
俯けた顔を覗き込むようにして訊ねてくるアリスに、私は目尻に溜まった涙を指で拭いながら応えました。
「少し前に捨てられてしまったのですが、実は私はご主人様の所有物だったのです」
「それってつまり――」
どうしてか、メリッサが凄く怖い顔でご主人様を睨みます。
その彼女の視線を受けて、ご主人様が大いに狼狽えました。
「待て、誤解だ! 私は奴隷を買った覚えはないぞ!」
「そうです。奴隷ではなく、仕事の道具です! ご主人様は、その道のプロだったのですから!」
「お前は何を言っているのだ!?」
私が胸を張ってご主人様の自慢をすると、何故かご主人様の顔色が青くなりました。
ご主人様の作った曲には沢山のファンがいましたし、お仕事にしていたことは誇るべきことだと思うのですが……何か間違っていたでしょうか?
「酷いわ、レックス!」
そう言って、隣のリゼットがご主人様に批難するような目を向けました。
「待ってくれ、違うんだ。これは何かの間違いで――」
「アリスちゃんは、私が先に目を付けたのに! 横取りなんて狡いわよ!」
「そこですか!?」
メリッサが、思わずといった様子で声を挟みます。
「ちゃんと説明してください! アリスに何をしたんですか!?」
「たしか今の貴方の教室は、最低ランクまで落ちていたでしょう? アリスちゃんは私の教室に入って、ちゃんとした環境で育てるべきだと思うの」
「ご主人様、本当に私のことを忘れてしまったのですか?」
「……少し、一人にしてくれないか?」
ご主人様は、手に余ることが起こると、遠い目をして現実逃避なさる癖も相変わらずのようでした。