2.精霊検査
メリッサに連れられてやってきたのは、どこかキリスト教の礼拝施設にも似た、荘厳な雰囲気が漂う建物でした。
どうやらメリッサの言う入学式は、既に始まってしまっていたようです。
遅れてやってきた私たちは、教師らしき人にお小言をもらった後で、一番後列の席に揃って座りました。
私は関係者でないはずなのに、何故かすんなりと建物の中に通してもらえました。
メリッサと同じ、黒いローブを着ていたからでしょうか?
辺りを見回せば、入学式に出席している少年少女たちは、みんな私と同じような服装をしています。
私にはキリスト教についての知識も少しだけあるので、このような場所に魔法使いのような格好をした人達が集まっているのを見ると、ちょっとだけ違和感を覚えてしまいました。
魔女狩りが行われたのは遙か昔のことらしいですが……ここに当時の神父さんやシスターさんがいれば、驚いて卒倒するんじゃないでしょうか?
そんなことを考えながらキョロキョロと視線を彷徨わせていると、メリッサに「大人しくしてなさい」と怒られてしまいました。
なので周りの皆さんと同じように、檀上に立っている白く立派な髭を生やしたお爺さんを注視します。
先の尖った鉤鼻に鍔の広い三角帽子を被った、いかにも魔法使い然としたお方です。
どうやら、魔法を使う際の心構えなどを話しておられるようですが……私の知る限り、外の世界で魔法とはあくまでフィクションの話であって、現実に存在するものではなかったはずでした。
しかし、私以外の皆さんは真剣にお爺さんの話に耳を傾けていらっしゃるので、おそらくは私が間違っているのでしょう。
所詮は、小さな世界で得た知識に過ぎませんしね。
そうなると此処にいる皆さんは、「魔法使いのような格好をした人達」ではなく、本物の「魔法使い」ということになります。
いえ、正確には「これから魔法使いになる人達」なのでしょうか?
メリッサが入学するのは、いわゆる魔法学園だったのですね。
……もしかして、私にも魔法が使えたりするのでしょうか?
魔法でどんなことが出来るのか分かりませんが、もし許されるならば私も魔法を学んでみたいです。
そう思うと、途端に私もこの学園に入学したくなってきました。
後で、メリッサに相談してみましょう。
そんなことを考えている間に、白髭のお爺さんの話が終わっていました。
これで、ようやく寮の食堂に行けるのかと思いきや、まだ何かあるようです。
聖堂の出口付近に長机が用意され、そこに椅子から立ち上がった生徒たちが集まっているようでした。
「次に、魔法適正のランク別に分かれて教室の紹介があるから、その前にここで精霊検査をするんだってさ」
メリッサにそう教えてもらいましたが、精霊検査とは何なのでしょう?
私がそう訊ねると、またメリッサに呆れた顔をされてしまいました。
「どれだけ魔法の才能があるかを測る検査のことよ。あなたも、この学園に来る前に故郷で受けたでしょう?」
「いえ、私は受けていません」
「……じゃあ、何で制服を着て学園に来ているのよ?」
「さあ?」
「さあ? じゃないでしょ、まったく……」
メリッサは半眼の目を向けてきますが、本当に分からないのです。
学園の庭で目を覚ます前は、実体すらありませんでしたから。
彼女の話によると、この学園に入学した生徒達はみんな、元々住んでいた場所で精霊検査というものを受けたそうです。
マーズ教会という組織の方々が世界中を回って検査を行っているらしく、そこで魔法の才能があると見込まれた子供だけが、この教会の直轄地にあるアルフェリア魔法学園に入学できるのだとか。
つまり私も、精霊検査で魔法の才能があると認められれば、この学園に入学できるのですね。
「メリッサ、私も精霊検査を受けたいです。どうしたらいいでしょうか?」
「どうしたらも何も、これからやるじゃない」
それは入学した新入生が受ける検査であって、関係者でない私が受けてしまって良いのでしょうか?
まあ魔法の適正さえあれば、私も皆さんと同じ新入生になるのですし……少し悪いことをしている気がしますが、ここは黙っておきましょう。
……でも、もし魔法の適正がなかったらどうしましょうか?
ちょっと不安になってまごついていたら、またメリッサに手を引かれました。
「ほら、さっさと受けに行くわよ」
「ま、待って下さい。ちょっと心の準備を――」
「却下。生まれ持った魔法の適正が成長することはないし、いくら受けても結果は変わらないんだから、緊張することなんてないわ」
そう言いながらズンズン歩いていくメリッサに、生徒の魔法適正を測っている教師たちの一人――青い髪を肩口まで伸ばした、グラマラスな体型をした女性の前にまで、連れてこられてしまいました。
「いらっしゃい。精霊検査をする前に、お名前を教えてくれないかしら?」
机に座っている青い髪の女性が、ペンに黒いインクを付けながら目を向けてきます。
……それにしても羽根ペンとは、今時珍しいものを使っていますね。
「メリッサ・ウィンスレットです。お会い出来て光栄です!」
自己紹介をしたメリッサの声に、少しだけ力が入っていました。
心なしか、目がキラキラしているように見えます。
彼女がそんな眼差しを向けるということは、この青い髪の女性は有名な方なのでしょうか?
「あら、私のことを知っているの?」
「はい。『氷結のリゼット』の名は、私のいた国にまで届いていましたから」
「そ、そう……」
『氷結』ですか。
なんだか、チューハイのような二つ名ですね。
もっと他になかったのかと思ってしまうのは、私にセンスがないからでしょうか?
少なくともリゼットは微妙そうな顔をしていますし、『氷結』の二つ名はあまり気に入ってはおられないようです。
「じゃあ、メリッサさんからどうぞ」
そう言ってリゼットは、拳大の水晶玉をメリッサに手渡しました。
赤、黄、緑、青、紫、白、黒の七色の光が蠢く、不思議な玉です。
メリッサがそれに口を近づけて小さく声を掛けると、音が拡大されて軽く辺りに響きました。
まるで、人間が楽曲を歌う時に使う“マイク”のようです。
そして不思議なことに、いつの間にか水晶玉の中にあった光が弱くなっていました。
色も赤、黄、緑の三色に減ってしまっています。
リゼットはその水晶玉を見て、メリッサに微笑みかけました。
「なかなか良い才能を持っているわね。将来が楽しみだわ」
「ありがとうございます」
メリッサが頭を下げてから水晶玉をリゼットに返すと、再び七色の光が戻ってきます。
二人の反応からして、光を小さくして消した色が多いほど、魔法適正が高いということでしょうか?
「じゃあ次はアリスさんね」
まだよく分かっていないまま、リゼットに七色の水晶玉を手渡されてしまいました。
「これに、声を掛ければ良いのでしょうか?」
「そうよ。さっさとしなさいよ」
腰に手を当てたメリッサが、そう急かしてきます。
どうしましょう。
少し緊張してきました。
期待と不安が同時に胸の中に湧き上がってきて、手の平に汗を掻いてしまいます。
私は意を決して、恐る恐る水晶玉に向かって声を掛けました。
結果は――
「……何も、変わりませんね」
水晶玉の中にあった光は依然として七色を保っており、その大きさも全く変化が見受けられません。
どうやら、私には魔法適正がなかったようです。
私が落胆から肩を落としていると、ぽとりっと何かが落ちた音がしました。
目を向けると、リゼットが手に持ってた羽根ペンが、紙の上に転がって黒インクのシミを作っています。
一体、どうなされたのでしょう?
彼女は目を限界まで見開いて、私の手にある水晶玉を凝視していました。
見ればメリッサも、同じような状態で固まっています。
二人の反応に戸惑っていると、我に返ったリゼットが急に立ち上がりました。
「あなた、私の教室に入らない?」
そう言って鼻息を荒くした彼女が、机越しに身を乗り出してズイッと迫ってきます。
「凄いじゃない、アリス! バカと天才は紙一重って本当なのね!」
さりげなく何か失礼なことを言われた気がしますが、メリッサもリゼット同様に興奮しているようでした。
どうやら私が出した結果は、二人が驚くぐらいには良かったようです。
自分にも魔法適正があったようで、安心しました。
メリッサから聞いた話によると、水晶玉の中にある光は精霊の姿らしく、「声を掛けてどれだけ精霊に逃げられないか」で魔法適正を測っているそうです。
精霊は穢れを体に溜めやすい生物類を嫌っており、魔法適正のない人が声を掛けると、完全に光が消えてしまうのだとか。
つまり私は、精霊に全く逃げられなかったことになります。
……そういえば、今の私は生物に分類されるのでしょうか?
よく考えていませんでしたが、私の体はどうなっているのでしょう?
元いた世界での設定が反映されているなら、人間ではなくアンドロイドのはずですが……
ふと気になって、私がその場で服を脱ごうとすると、アリスに頭を叩かれてしまいました。
痛くはないですが、視界が揺れてびっくりしました。
ちょっと酷いと思います。
「何をするんですか」
「それはこっちの台詞よ! 何をやってんのよ、あんたは!」
「服を脱ごうとしただけですよ」
「はしたないから、服を脱ぐのは自分の部屋に帰るまで我慢しなさい! ほら、もう精霊検査は終わったんだから、次は教室の紹介を受けに行くわよ」
メリッサはまた私の手を掴むと、半ば引き摺るようにして、私を聖堂から連れ出したのでした。