キココ
ぼくは、彼女が村長だとは信じたくなかった。なかったのだが。
「おう、まぁ座りなよ。かたっくるしい抜きにしてさ」
そう言いながら、彼女はバビロンを近くの椅子に投げ捨て、自分は1番偉そうな席に座った。ぼくは、クドピリカに他の椅子と同じような位置に車椅子をおいてもらった。そして、クドピリカはぼくの近くの椅子に腰を下ろした。それを見るや否や、堂々と1番偉そうな席に座った彼女は口を開いた。
「自己紹介が遅れたな。村長のキココだ。まぁ、よろしくな。記憶喪失くん」
信じたくなかったのだが、どうやら彼女が村長のようだった。
「お前のことは大体そこのじじい先生から聞いたよ。でもなぁ、なんかなぁ、お前なぁ……」
そう言いながら、目を細めてぼくをじっくりと見てきた。心なしか、鼻もひくひく動かしている気がする。
そう言えば、全く気にしていなかったのだが、キココと名乗った彼女は、どうやら狐族のようだ。長い金髪と、上にまっすぐと伸びている耳、赤い瞳からそんな感じがする。
そして、狐族と言えば、生まれつき不思議な力を持っている者が多いと聞く。それは、誰かを化かす力であったり、未来を予知する能力だったり、様々だが、少なくとも、ぼくとは違う何かは持っているようだ。
そんな事を考えている間もキココは鼻をひくつかせていた。もしかすると狐族の特別な力を見ることができるのだろうか。ぼくは少し期待した。
「……お前さ」
キココは表情を歪めて、椅子にどっしりと座り直した。
「くっせぇよ。洗ってない犬の匂いがする」
真面目に聞こうとしたぼくが馬鹿だったのかもしれない。少し期待してしまったぼく自身、情けなくて少し肩を落とした。
「おいおい、露骨に落胆するなよ。どうせあれだろ。狐族には特別な力があると言われているから、その力の片鱗だけでも見ることができると思っていたぼく自身が少し情けなく思えて肩を落としたんだろ? くさいくさいぼーや」
鼻をつまみながら、キココはそう言った。そういえば、彼女はこの家に入る前にも同じようなことをしてきた。まるでぼくが考えていることが、そのまま筒抜けになっているような。未来予知とかそういう類のものだろうか。
「あー、もう。違う違う。私はそんなんじゃない。未来予知なんかできねぇよ。私は臭いを嗅ぐことで、そこにあるモノの歴史をちょっとだけ見ることができるんだ」
キココはキセルを咥えて、そう言った。そして、思いっきりキセルを吸って、煙を吐き出した。
臭いを嗅ぐと言うことは、そのキセルは邪魔なのではないかと思う。そして、歴史を読むということならば、ぼくの言葉に被せてこないし、すべての言葉が数テンポ本人から遅れることも頷ける。鼻をひくつかせていたのも納得だ。
「邪魔じゃないさ。逆にこいつがないと困る困る。鼻栓をしてもその鼻栓の歴史が見えちまうんだよ。ただ、煙とかな、生まれてすぐに消えちまうものなら全然気にならない。だから、能力制御のためにこいつを吸ってんのさ」
そう言うと、キココはまた思いっきりキセルを吸った。恐らく、ぼくが臭いということへのあてつけだろう。
「お、なんだい。くさいぼーや。私に何か文句があるのかい? だったらさ」
「あの……」
空気が怪しくなったのを感じ取ったのか、キココの言葉をクドピリカが遮った。それに対して、キココはめちゃくちゃ不満そうな顔をクドピリカに向け、机の上に足をドンと乗せた。
「なんだぁ? なんか文句あんのか」
「さっきから、私たちからすると、キココ様だけが話続けてるようにしか聞こえないのですが……」
その言葉に、キココは目をぱちくりとさせて、申し訳なさそうに頭をかいた。そして、足を机から下ろし、軽くクドピリカに頭を下げた。
「こりゃ、私としたことが失敗しちまったな……まぁ、でも、あいつが喋らないのが悪い」
口を開けばこれだ。ぼくに話す隙も与えなかったくせに。
ぼくは言い返そうと口を開こうとしたが、その前にクドピリカが言葉を挟んできた。
「まぁ、そう言わずに。それよりもキココ様。なにかわかりましたか?」
今度はクドピリカがぼくに口出しをさせないつもりだ。なんとなく彼女からはそんな色が出た気がした。
「あー、それなんだがなぁ……わかんないんだよ。こいつ、記憶なくす前はずっと落ちこぼれって呼ばれてたみたいでな」
落ちこぼれ、その響きには聞き覚えがある。確かにぼくはそう呼ばれていた気がする。そして、キココからは嘘を言っているような色はでていない。
「まぁ、もうちょっと臭くなければわかったかもなぁ。こいつ洗ってねー犬の臭いがするんだもん」
「それは、キココ様。狗族では水は貴重ですから、恐らく水を浴びる習慣がなかったからでしょう」
クドピリカがそう言うとキココが眉をひそめてこちらを見てきた。
そして、また鼻をひくつかせた。その行動の音には、疑問、疑惑……疑っているような色が含まれていた。その色は、鼻をひくつかせているうちに、確信と嫌悪へと変わって行った。恐らく、嫌悪はぼくの臭いに対するものだろうが。
「何言ってんだクドピリカ。こいつ、狗族じゃねーよ。それに、こいつの記憶喪失は今回が初めてじゃないな。天井にいた時にも1回記憶をなくしている。で、まるでその記憶が邪魔するかのように、本名が出てこない」
そこまで言ったところでキココはまたキセルを吸った。そして身体にたまった煙を吐き出す時に、ぼそりと、あー、くっせーくっせーと言ったのをぼくは聞き逃さなかった。
「やってることも確実だな。クドピリカ。お前はうなされてる内容からこいつを狗族だと思ったらしいが、狗族じゃねーよ。狼族だ」
その言葉に1番驚いたのは、ぼくではなくてクドピリカだった。恐らく、クドピリカは色々調べた上で、ぼくを狗族だと思っていたのだろう。その予想が完全に外れていて、驚きの色が隠れ切ってなかった。
「ショック受けんのはわかる。そして、こいつが狗族に居たことは確かだから、間違いとも言い切れない。こいつがどんな経緯で狗族に居たかはわからないが、ここに落ちてくる前は狗族の一員だったんだな。そこではずっと落ちこぼれと呼ばれてたみたいだ。だから、この情報だけを考慮すると、こいつは間違いなく狗族だよ。だけどな、いまこいつがやっていることは、狼族しかできないんだ」
そう言ってキココはまたキセルを吸った。しかし、その動作を見ていたのはぼくだけで、他の人は全員こちらを見ていた。恐らく、ぼくが何をしているかを見ようとしたのだろう。
ただ、あいにくぼくは座っていただけだ。他の人が見てもそう思われるほどしっかりと車椅子に座っていた。ぼく自身もなにか特別なことをしているようには思っていない。
「なんだ、お前も無自覚なのかよ。じゃあ、聞くぜ。この木のテーブルの色は何色だ?」
キセルのにおいでぼくの臭いを嗅がないようにして、誤魔化していると言っておきながら、キココはしっかりとぼくの臭いを嗅いでいるみたいだった。
「茶色です」
「そうだ。無駄なこと考えずに答えろ。そこにある植物の葉っぱの色はなんだ」
余計なことを考えていることまでばれている。仕方が無いからすぐに答えようと、植物に目をやる。それは、青々とした葉を広げていた。
「緑です」
「そうだな。じゃあ、次に。バビロンの呼吸は何色だ?」
こんな質問のどこに意味があるのかわからなかった。色を答えるなんて誰にでもできるだろうに。そう思ってバビロンの方を見た。
バビロンもこちらを見ていた。その呼吸からは水色と黄色のまじったような色が漏れている。これは、緊張と疑惑がまじった色だ。この状態で緊張は解るが、一体何に疑問を持っているのだろうか。
「赤みがかった緑色です」
そう伝えた瞬間、部屋の空気が変わった気がした。いや、実際に変わっていたのだろう。
「その事からなにが解る?」
キココはそう続けた。なるほど、恐らく皆は色の意味がわからないのだろう。ぼくはそう思って、答えた。
「この場に対する緊張。そして、現在の会話内容のどこかに疑問点があり、そこを疑っているように見えますね」
そう言うと、キココは立ち上がった。そして、バビロンの近くへ行って、正解といいながら、何かを飛ばしてきた。
結構な速さで飛んできた何かは、確実に敵意のある色を含んでいた。さらに、それはぼくの眉間を目掛けて飛んできていた。危険を察知して、ぼくは首を傾けて、それを避けた。
それは、車椅子の背もたれにあたり、ぼくの膝に落ちた。小石だった。
「なにするんですか。村長」
「ほら、見たかよ聞いたかよクドピリカ」
ぼくの言葉とキココの言葉はほぼ同時に発せられた。すると、当然ぼくの言葉は後回しにされた。
「はい。見ました、聞きました」
クドピリカは真剣な表情でそう言った。
「キココ様が小石を飛ばす前に避けましたし、私には見えない、先生の呼吸の色を見て、感情を読み当てました」
それを聞いてぼくは驚き、キココはにやりと笑った。
「それが狼族に託された力。五感のリンクだよ。私たちには見えない色を見てんだろ、臭いぼーや」




