村長
ぼくはこの村というか、街というか、この場所については何も知らなかった。いや、実際は目覚めて、外に見た花や虫、水などの情報は持っていたが、それ以外はわからないというレベルだ。
そして今、ぼくが一番驚いているのは、水だ。水は貴重だった気がする。これは感覚のレベルなのだが、水は大切で、なんとか、なんとか確保して大切に使っていた気がした。けれども、この場所は、大体どこに行っても壁からは大量の水が流れている。
「すごいな。水がこんなにあるなんて」
ぼくは感動して、思わず口に出した。すると、すぐにクドピリカはそれに反応した。
「珍しいですか? この村では、水にだけは決して困らないんですよ」
水にだけは困らない。それは素敵な響きであると同時に、水以外には困る可能性があると言う厳しさを秘めた言葉でもあった。
しかし、何と無く言った言葉に反応されてしまい、ぼくは話を続ける言葉を探すことになった。けれども、これ以上水の話はもたせられないと思い、話題を変えることにした。
「そういえば。クドピリカはなんでバビロンと一緒にいるの? やっぱり、医者の助手とかやってるのかな」
とりあえず相手の話をしておけば、ハズレはないだろう。特に、クドピリカはさっきあまり自己紹介という自己紹介をしてきてないから、これを機に少し話してもらえると、時間的にもぼく的にもありがたい。
「あ、いえ、違いますよ。私は鍛治をやっているんです」
家事? 家のことをやっている? 専業主婦だとか、お手伝いさんだとか、そういう事だろうか。それとも、介護とかなのだろうか。それだったらその力持ちも頷ける。
「多分、想像してる家事とは違いますよ。私がやっているのは、熱く熱した金属をハンマーでかーんかーんってするやつです」
納得しかけていた時に、まさかの衝撃の真実を告げられた。確かにそれなら確実に腕っ節は強くなる。しかしながら、こう、すごく可愛いのに、やっている事とのギャップがすさまじく、少し首を傾げてしまった。しかし、それと同時に違う疑問も浮かんできた。
「へぇ、そうなんだ……ん? 鍛治をするってことは、戦いとかがあるの?」
ぼくは鍛治と言われると、すぐに武器が思いついた。武器を作るのならば、当然それを向けられるものもいるはずだ。
「いえ、平和ですよ。この辺りは。なので、作っているのは、調理器具とかの日用品です」
「あぁ、確かにそういうのでも鍛治屋は必要だね」
調理器具なら、少しの女性らしさを感じられ、ぼくは心なしかほっとした。
しかし、会話ははずめばはずむほど、どんどんと疑問が生まれてくるものだ。特にぼくのように何もわからない人にとっては、それが如実に現れる。
「あれ、それじゃあ、クドピリカはなんで」
「ついたぞーい!」
ぼくの次の疑問は、バビロンの元気な声にかき消された。
「ついたって、どこにですか?」
ぼくはそもそもどこに連れて行かれるか聞いていない気がする。聞いていたとしても、すでに忘れてしまっている。クドピリカとの会話が楽しすぎて、バビロンが一緒にいることすら忘れてしまっていたのだから。
「村長の家じゃよ。起きたら連れて来いと言われていた。ちょっと待っていなさい」
そう言うと、バビロンは扉を開けて中に入って行った。村長の家だと言うのに、ノックもなにもせずに。しかも、扉は開けっ放しだ。
気になって仕方が無いぼくは、どこかそわそわしていたらしい。それにクドピリカが気付き、大丈夫ですよ、村長と先生の仲ですから。と言ってきた。
その言葉にぼくは少し安堵した。しかし、よく考えてみると、焦るべきはぼくではないし、安堵するのもぼくではないはずだ。
そう思いながら、少しだけ動いた身体をまた車椅子に深く沈めた。そして、まるでそれが合図だと言わんばかりのタイミングで、バビロンが戻ってきて、入るように促した。
「あー、入っていいが。注意してくれ。村長は悪いやつではないんだがの」
そこまで言った時点で、バビロンの言葉は止まった。
「悪いやつではないんだが、なんだい?」
正確には止められたようだ。長身で細身の女性に頭を押さえつけられ、力でそれ以上話さないようにと圧力を加えられている。
それにしても、すこしふっくらとして、幼いクドピリカとは違い、この人は、細くて大人っぽくて、胸も大きい。完全に大人の女性だ。
しかしながら、着ている着物は、完全に着崩し、キセルを咥えながら、拳でバビロンの言葉を遮っているところを見ると、性格は決して大人ではないようだ。




