聖なる火 ~鍛冶の国~
~鍛冶の国・Zain~
知られざる地下国家。
火を扱う職人たちが住む。
他の国との国交をあまり持たず、帽子の収集を趣味にする者が多い。
鍛冶で国全体が生計を立てている。
長老が死んだ。
その知らせは、普段から隣の区どうしでさえも連絡が乏しい俺達の中では珍しく、一日で全国民が知ることとなった。長老がもうかなりの年だったため、長老の死は比較的に静かに受け止められた。
それから住民はみな長老を「火送り」にする準備や、新しい長老を決める会議で忙しく走り回った。
かくいう俺も、長老の棺を作る役目をもらった。なかなかに重要な仕事だか、長老と同じ区の出で今年で成人する子供が俺しかいなかったという、それだけの話である。
俺たちの国では、成人の儀に棺を作る。成人の儀は、成人する年に一年間かけて行われ、その年に自分の区の出で死んだ人の棺を作り続けるのだ。
火送りは、死んだ日から一か月以内に終えなければならない。
長老の棺は他の死んだ人とは比べ物にならないくらい豪華に、と注文された。だが、長老と同じ区の出である俺の他に棺を作っても良いものはおらず、この一カ月は死にそうな日々を送った。
それも今日で終わる。
棺は昨日完成した。期限ぎりぎりになってしまったが、中々に満足が良くしあがりになった。今日は長老の火送りの日である。俺は、「棺」の責任者として最後まで棺の傍にいなくてはならない。
火送りの行われる、国の中心部に向かって道の中心を歩く。時間にはまだまだ余裕があったが、何故か逸る気持ちが抑えられず、家を発てばよい二時間も前に家をでてしまった。今日で、長老は完璧に消える。そして、俺の作った棺も、火に飲み込まれる。
『長老は知恵以外残してはならない』
この国の絶対的な掟の一つを口の中で呟いてみる。
この国で長老になったものは、生涯に民に授けた知恵以外を、この世に残してはならないのだ。
今日は、長老がいなくなる日。――そして、新しい長老の誕生の日だ。
「早いな」
国の中心部――聖なる火が燃え盛る広場で、声をかけられたことに少し驚いた。自分以外の奴がここにいるとは思わなかったからだ。
「なんでいるんだ」
驚きを隠さずに疑問を口にする。声を掛けて来た人は、俺より一年早く成人している同じ区の知人だった。
「何だか待ちきれなくて。気付いたら、ここに向かってた」
そういって知人は微笑み、頬を掻いた。
「そういうお前はなんでここにいるんだよ」
「別に。……一緒だよ。気持ちが高ぶってる」
やはり、長老の死を完全に受け入れられてないのだろうか。ふと、そんなことを思った。
こんな風に気持ちが高ぶって自分を抑えられないのは、長老の火送りに少しの戸惑いがあるのは、きっと死を認めたく無いからだ。
「これで終わるな」
どちらともなく溢した言葉を最後に、俺達は火送りが始まるまでしゃべらなかった。
火送りは、なんの問題もなく終わった。火送り。この国の、死者を送る伝統的な儀式だ。
大人と子どもの堺に立つ人が作った棺に死者を閉じ込めて、聖なる火の中に入れ、浄化する。火送りの儀式は、最低でも棺の製作者の俺と、火の番をする役目である俺の知人の二人だけいれば良い。
だが、広場に入りきれない程の人が、長老の火送りには集まった。多分、全国民がいたんじゃないのだろうか。火送りが終わった今、聖なる火の広場には俺と知人の二人しか残っていなかった。
「……なぁ」
話し掛けられたのだと思い、ちら、と横を伺うが、知人は前を真っ直ぐ見詰めて、こちらを見ていなかった。
「俺さ、本当はこの国を出ていきたいんだ」
言ってはいけない言葉だった。いや、正確にはそうではない。言う必要がなく、そう思うものもいなかった、というそれだけの話だ。
「……用がなく長老の許可がなければ外に出ることは許されない」
これも、掟の一つだ。
「わかってる。少し前までは……長老が死んでしまう直前まではそんなこと考えもしてなかったんだ」
「じゃあ、どうして」
本当は、どうして、なんて聞くまでもなく、知人の気持ちがわかっている。それはきっと、俺とこいつがこの広場に早く来た理由、そしてまだこの広場に残っている理由と同じだから。
「……お前ならわかるだろう?」
そう返してきた知人をもう一度横目で伺ってみる。こちらを見ていた。
数ヶ月後、真面目に仕事をこなす俺のもとに、知人が地上に出た、という知らせが届いた。俺が外に出ずに、知人が外に出た理由は何なのだろう。
俺は、長老が死ぬ前日、緑の髪をした旅人と話したと俺に報告してきた知人を思い出して、目を閉じた。