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実のなる木は当たり前


「あれは実のなる木じゃ。」


「当たり前だろ。あれは柿の木なんだから。」


さて、私は当たり前だと言った奴を殴った。むかついて殴った。それだけであり、それだけである。幸せの絶頂とはいつ訪れるのか、今までは謎に満ちていたが、私はこの時少し幸せを感じた。ストレスを発散したことによって幸せを感じた。それは全く過去形である。発散したことに幸福感を得たのではなく、発散の経過とともにそれを感じたのだ。


「わしの趣味はストレスを発散することだ。」


目の前に能天気に倒れている奴に向かって私はそう言った。言ったけれども、奴の意識はなく、私の言葉は孤独であり、寂しそうな顔をした。さあ、この一件で私は趣味を手に入れた。生まれてこのかた趣味という言葉の意味さえわからなくなるほど、私は無趣味だった。そして、趣味という言葉が理解できない私にとって、無趣味という言葉はもはや訳のわからぬ何かであった。もしくは、何かでもなかったのかもしれない。だが、今となってはそんなことどうでもいい。私は、趣味という言葉を手に入れ、趣味自体をも手に入れた。そしてそれと同時に、無趣味という言葉も手に入れた。私は無敵だ。知識は無限であるが、私の中の知識は有限である。限界値というものはないはずだが、私はそれに近づいたように感じた。痩せっぽちの人間が、一気にボディービルダーと化し、ボディービルダーが、一気に痩せっぽちの人間と化した。私の脳内では、そんなような二つの変化が全く同時に行われた。


「やあ、豆介。」


豆介というのは私の名であり、私に声を掛けたのは考太という古くからの友人である。


「考やん。帰ってきてたのか。お前は天国に行くとかなんとか言ってたじゃないか。」


「そうだな。つまらぬから帰ってきたんだ。そんでお前、こんなとこで何してんだ。」


そう聞かれて私は辺りを見渡した。そこには石ころやら、落ち葉と共に、男が一人、倒れ散っていた。


「こやつはどこへ行った。」


考太が私にそう尋ねた。


「恐らく、地獄だろう。まだ死んではないけれど、もう奴は地獄に行っている。別に死ぬ必要もない。」


「そうか。そりゃいいもんだ。俺は天国に行って分かったが、あそこは最悪の場所だ。次第に不幸せが分からなくなって、それと同時に幸せが分からなくなる。何も面白くなんてない。俺は天国じゃ無趣味な人間だった。」


「やはりそうか。そうだと思ってたよ。わしらは今、地獄にいるんだな。なんたってわしには趣味があるからな。」


「ここが地獄かはしらんが、趣味があるのなんて当たり前だろ。」


私は当たり前という言葉に反応して、趣味を実行した。

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