悪魔召喚・マルファス
「この町は10年ほど前までは、ほんの小さな農村にすぎませんでした。それを変えたのが、わたくしの主人であり、この村の町長にあらせられるマルコム・クロウ氏です」
老執事の言葉に俺は自分の耳を疑った。なぜなら、そのマルコムは10年前の、かつての俺の知った人間だったからだ。
マルコム・クロウ、10年前のノード村の村長のせがれ。確か昔は16かそこらの青年だったはずだ。
俺が冒険者として活動する中で、ギルドには少なからず、ノード村の村民からの依頼があった。だから、俺も定期的に村長さんと顔を合わせていたから、マルコムのことはよく覚えている。
根暗で不愛想、人情に厚く村民から慕われていた村長さんとは異なり、実に冷たい奴で「こんな田舎にさえ生まれなければ!」といつも愚痴をこぼしていた。金に対する執着心が強く、利益を得るためなら平気で他人を裏切る、そんな奴だった。
そんなマルコムが、一代でこの町を作り上げたというのか!? いや、奴の性格を考えればあり得なくはいか? だが、かつてのマルコムも口だけは達者だったが、商才なんかがあるような奴では決してなかった。少なくとも、マルコム1人の力でこんなに町を発展させるなんて不可能だ!
俺は老執事に悟られぬよう、必死にその驚きを隠す。
老執事は屋敷に入ってからも話を聞かせてくれたが、やはりマルコムの商才により町を栄えさせたという自慢話が永遠と続いていた。そして話が終わった後、老執事は客間らしき部屋の扉をガバリと開き、俺たちにソファに座るよう促した。
「さあ、お二方ともこちらにおかけください。ただいま主人は準備の最中でおられるのあと30分ほどおくつろぎいただければと思います」
そう言うと、老執事はゆっくりと客間の扉を閉じた。
部屋の中は極めて豪勢な飾りつけがなされている。壁には絵画が並び、床には真っ赤なカーペット。彫刻や骨董品が棚に並び、己の富をこれでもかというほど見せつけるようであった。
「ったく、趣味の悪い部屋だな」
「そうっすか? 僕は好きですけどね。こう、人間の欲望丸出しな感じが」
部屋の中を見回りながら、俺は思案する。はたして、このまま待っているだけでいいのだろうか、と。
『どういうことだ?』
俺の思考を読んだヘレルが頭の中でそう呟いた。
俺の目的は情報収集だ。勇者どもの居場所、そうでなくても居場所を知っていそうなやつの名前を聞き出す。それが目的であることは確かにそうだ。
そして、それはマルコムとの商談をすれば容易に果たせるだろう。揉め事もない、極めて速やか、何の文句もない。
だが、何か解せない。マルコムがここまで町を発展させられたのには何か秘密がある。そして、それは俺の復讐に何かつながる。そんな、直感にも似た予想が俺の頭の中で渦巻いているのだ。
『なるほど? まあ、確かにお前は勘がいい。その直感に従ってみるものいいかも知れんな』
俺の考えを聞いたヘレルはクスリと笑いながらそう呟く。
だが、となると問題はどのように屋敷の中を調べるか。オセに変身を頼むにしても、実際にここにいる人間はあの老執事以外見ていない。老執事に変身し、もし仮に本人と鉢合わせでもしたら面倒だ。
『カインよ、そんなときのためにいい奴がいるじゃないか』
「いい奴? ……ああ、思い出したぞ」
ヘレルに諭され、俺はオセを召喚したときと同じように魔法陣を生成した。
「出でよ、摩天の黒翼、マルファス!」
俺の呼びかけに、ビュンと黒い影が穴から飛び出してくる。
「あいよ! おいらを呼んだかい、ダンナ!」
素っ頓狂な声と共に姿を現したのは、実に可愛らしい見た目をしたカラスだった。目が白く、人間のように服を身に纏っているものの、その姿はまさにカラスそのもの。他の人間に見せれば悪魔だと答えるものは誰もいないだろう。
「おいダンナ、今失礼なこと考えなかったかい!?」
俺はマルファスにそう問い詰められ「別に……」と茶を濁すように顔をそむけた。
「まあ、いいとしましょ! んで、おいらに何の用だい!?」
小さな翼をばっと広げてマルファスは元気よく俺に問いかける。
マルファスは見ての通り、カラスの悪魔だ。魔法は使えるものの、攻撃系の魔法はなく、マルファス自身の戦闘力も高いわけではない。そんなこいつの優れた点はその唯一無二の権能にある。
「もちろん、お前の能力を頼りたい。お前の建神の知恵の能力を」
「んまっ、そうだろうね!」
建神の知恵、マルファスのスキルにして、唯一の能力。対象とした道具、建物、更には街まで、その構造を完全に分析して設計図として紙に変換する能力だ。
ヘレルの話によるとこの能力だからか、古から人間に召喚されることが多く、そのたびにその召喚者に建築に関する知恵を授けていたという。故に、ついた異名は建築の伝道者。マルファスのスキルの特異性を示す分かりやすいエピソードだ。
「して、対象はなんじゃろか?」
軽い口調で尋ねるマルファスに対し、俺は「この建物を頼む」とつぶやいた。するとマルファスは元気よく返事して、すぐさまスキルを発動する。
マルファスを中心にして青い光の輪がバッと広がり、それが建物の壁に当たると、その光は機械のように正確に、直線的に建物全体に広がった。そして、その光が少しずつ消えていったかと思うと、マルファスの前に両手を広げた程度の大きさの紙がぱっと現れた。
「ほいよ!」
マルファスはそう言うと翼をはばたかせて俺の肩に乗る。対して俺は、ひらひらと宙を舞うその紙をパッと手に取り、地面へと広げた。
ふむ、特に変わった様子はない。いたって普通の図面のように見える。ここが玄関で、ここが廊下。執務室があり、寝室があり、宝物庫があり、そしてこの客間がある。建築の素人の俺が見ても、正直どこがおかしいのかはわからなかった。
俺がそう思い悩んでいると肩からマルファスがつんつんと、そのくちばしで俺の頬をつつく。
「なんだ?」
「ダンナ、ここだよ、ここ!」
マルファスが降り立ったのは俺達がいる客間の場所だった。だが、見たところ変な構造はない。隠し部屋のようなものなど見当たらないのだ。
「どういうことだ?」
「ったくダンナったら、勘が鈍いんだから。ここ見て! ほら、この客間と寝室の間! ちょっとばかし隙間があるでしょ? 確かに、図面上は小さな隙間だけど、わざわざこんな半端な隙間を作るほど人間の建築家は馬鹿じゃない。となれば……」
「部屋ではないが、隠されるべき何かが眠っているという事か」
「その通り! そして、この隙間の場所は……」
マルファスが見つめる先は、ひときわ大きな絵画が提げられている壁。
そうか、あの絵画の後ろに何かがあるという事か。ふっ、灯台下暗しとはこのことだな。
俺はそんなことを考えて苦笑した。そして、すぐさま立ち上がってその絵画の方へ向かい、絵画の縁を持って、ガバリとその絵画を持ち上げる。
「……これは!?」




