転生した私の肌は緑色
私は誰かを小馬鹿にしたことはない、なのに私は何度も他者に小馬鹿にされてきた。
同僚(22%)と一緒に昼食を買ってコンビニから出る時のことだった。
「邪魔だギョロ目チビハゲガリ八重歯!」10%
そう言って私を押し除けて店の中に入っていく若者(8%)、元気がいいなと思った。
「うわー酷いこと言う人もいるもんだね。」21%
そう言って私を小馬鹿にした同僚、殺す、元気がいいなと思った。殺す。18%
気が付けば殴っていたし殴られていた。身長が低く細身の私は大きく吹き飛ばされて、駐車するためにバックしてきた車に轢かれて死んだ。
死んだ。まあ、良い人生だったな。後悔はない。
「は?後悔ないとか嘘だろゴミみたいな死に方じゃん?」0%
今?誰か俺を小馬鹿にしたか?殺す。
「殺す。」
「あっ気付いた?あーあーすごい殺意、でも残念もう君は死んでるから僕を殺せないんだよ。君はこれから新しい世界で生まれ変わって、また死ぬんだ。」
「殺してやる、殺す人のことを馬鹿にしやがって殺す。」
「というか怒ってないのによくもそんなに殺意を持てるね?尊敬しちゃうよ、肉体を失っても変わらないその魂を。」
言われて気が付いたが自分の手がない、足も胴体も、目も耳も口も頭も、全てがない、にもかかわらず私は目の前にいる何かを知覚しているし会話さえできている。いつもなら小馬鹿にされた時に湧き上がってくる吐き気と動悸もない、怒りも持っていない。
「当然だろ、肉体が無いんだから、今の君には感情はないのは。当然だ、死んだんだから。ご理解?」
「返せ、肉体を返せ、私の肉体を返せ。」
「必要ある?これからイケメンになって高身長で頭も良くなるんだよ?君が転生する先の世界ではさ、前の君のような劣った存在はいないんだ、必ず前よりかは幸せになれると思うよ。ご理解?」
「殺す。ソレは私ではない。もちろん今の肉体を持たない私だって私ではない、私は自分の在り方に誇りを持っている。誰であろうと、神であろうと私を侮辱するのなら容赦はしない。」
「僕らはさ、慈善事業でやってるんだよ。可哀想だから助けてあげてるんだ、失われる情報を拾い上げて再利用してあげているんだ。君はブサイクでチビで知能に問題があって禿げてる肉体で転生するわけじゃないか、そんなの可哀想すぎるよ。」
「殺す。なにが可哀想であろうか、私の幸福を勝手に推し量るな。私は私でなければ幸せではない。」
「それは分かった、分かった分かった。笑える笑える、いや本当に、僕は君が好きだよ。だから埋め合わせとしてチート能力をあげたいと思ってるんだ。」
不気味だ、私にとっては既にライン越えの発言を何度も何度もされているのに怒りが湧かない。脳がないからか、心臓がないからか、どちらにせよ怒らなくてはならない、脳と心の代わりに魂で怒らなくては。
「殺す。何も要らないと言っているだろ、殺す。早く肉体を返せ、返せないのならもう私の方を殺してくれ。今お前がやっているのは私の魂への冒涜だ。」
「いやいや、そんなつもりは全然、これっぽちも、君の誇り高い魂には敬意しかないよ。それと今まで君はチート能力が要らないなんて話はしていなかったよ、やっぱり知能に問題のある肉体はダメだね。冷静になりなよ、僕は君に敬意をもってるんだ、ご理解?」
怒りが湧いてきた、なにが軽易だ、なにが知能に問題があるだ。確かに私は学校の成績は悪かったが、それが問題であるなどと思ったことは一度だってない。殺す。拳に力がこもって手のひらに爪が食い込む、耳の奥が開くような感覚でギチギチと歯が鳴る、心臓の音がハッキリと聞こえて目が飛び出そうなほどの酸素を肺が欲しがる。殺す。
「殺す。」
「肉体を返却したからもう一度聞くけどさ、どんなチート能力が欲しい?」
「ああ本当だ、今までの話を総合するとかなりの無理をしてもらったのかな?この肉体の返却も。謝罪してくれたら怒りは収めるよ。」
「いや〜本当に悪かった、僕らはどうしても傲慢になりがちだから君のような僕に注意をしてくれる人には本当に助かっているよ。どんな要望も聞いてあげるから、ね。とりあえず望みを言ってみてよ。」6%
なんだ、思っていたよりも良い奴じゃないか。思えば私は人並みに欲望を持つことを恐れていたのかもしれない、さっきの私の態度はかなり悪かったな。
「少し待ってくれ、私は日々を生きることに精一杯で明日や未来への欲望を持たなかったのだ。少し考えさせてくれ、さっき君の言った通り私は学校の成績が悪く筋道立ててものを考えるのが、未来について考えるのが苦手なのだ。」
「いいよ、しっかり考えてよ。その間に、君の脳内を覗いて君がどんな人生を送ってきたのか見てもいいかい?気になってきてしまった。」8%
「ああ、好きにしてくれて構わない。」
私の望み、それは私が私のままに生きることだった、だが今はそれが前提として保証されている。飢えぬために働いてきたが、もし仮に飢えぬのなら私は働かなかっただろうか?いや私にとって社会は私の構成要素の10%以上を占めている、社会と自分の繋がりを減らしたいとは思わない。
指折り数えることは好きではないが、私はあらゆる物事に対して可能な限りキッチリ線引きをしたいと思っている、感情的になりがちな性格なのでその線引きを元に生きないといけないのだ。
生きないといけない、か。これは良くない。私にはもう、そう生きなくてもいい選択肢が目の前に転がり出てきているのではないか?単なる処世術ならばチート能力とやらを持った後にこの思考は切り捨ててもいいはずだ。これが単なる世渡りのために備わってしまった機能であるのならば。
目の前の存在を再確認する、12%だ。目の前の、おそらくは神であろう存在は、私の12%と同一であると私は認識している。つまるところ、ペットと野生動物の中間ぐらいの存在だ。
私にとって至上のものは私しか存在せず、世の中の多くの人にとっても自己よりも上のものは存在しないはずだと、そう私は世界を理解している。友達とは私と同一の要素を持つ存在であり、家族は友達よりももっと多くの同一の要素を持つ存在である。
例えば、自分の子供は50%自分と同じ存在として世界に生まれてきて、育つ中でその%が上下していくものだ。配偶者は可能なら90%を超える人がいい、そんな人に子を育ててもらえば必ず50%を超えるはずだ。
例えば、同じ人間というだけで5%は保障されるだろう、同じ国の人間であれば10%は加点される、同じ組織に所属しているのならば更に10%は加点される、15%から25%は人間として見る最低限だ。それ未満は動物のような存在として見てしまう。
基本的な基準としては30%以上は友達、40%以上は親友、50%以上は家族、というような価値観だ。
私はこういった価値観の上で生きている。
これは私の思考の根底に存在する価値観なのだ。これは単なる処世術などでなく、私の10%以上を構成している社会に代わる要素だったのだ。
英語でズル、イカサマを意味するチートをやらせてもらえる、そういう能力をもらえる、考えただけで未来に期待が満ちてきてしまう。
「ねえ、自己紹介をしないかい?」15%
「いいぞ、私もそろそろ知りたくなってきた、あなたの名前を。」
「僕は天仕 カッパー、君の名前は根辺 倫悟だね。ゴベリンって呼んでいいかな?いや言いにくいからゴブりんと呼んでいいかな?」17%
「まあいいぞ。それにしても神にも苗字があるのか。」
「あー、勘違いしちゃった?僕は神じゃないよ、それに苗字っていうか職業に近いのかな、複雑なんだ、色々と。じゃー今度はゴブりんの番だね、ゴブりんはさ〜どんな望みを持ってるか分かった?」18%
「自分に近しい人間が……配偶者が……いや、家族か……家族が欲しい、家族に恵まれるチート能力が欲しい。」
「いいね、いいねぇ、い〜いね〜。じゃあさじゃあさ、ゴブりんの価値観だと子供って不完全なものじゃん?完全な子供を産めるようにならない?」17%
「不完全?何の話をしている?」
「だってさ50%だよ?不完全じゃん。肉体的にだけでも100%にしたくない?」
「つまりクローンか?肉体的に100%自分と同一の存在に生まれてほしいという思いはあるが、配偶者となる相手のことを思えば私は元のシステムを不完全だと切り捨てられない。」
「人間に孕ませるんじゃなくて畜生の類に孕ませるならどう?それなら相手に配慮する必要もないよね。」21%
「だが待って欲しい、生まれた子供の世話はどうする?配偶者を頼れないとなると……」そう言葉を紡ごうとしたら食い気味にカッパーは話を被せてきた。
「そこは僕にいい考えがある、芥川龍之介の河童を知ってる?あの人間への同族嫌悪が滲み出る文章が僕は大好きなんだ。」19%
「知らん、何が言いたい?」
「芥川の河童はね、生まれ落ちた時は老人なんだ、そして歳を経るごとに若返っていく。君の子供もそうなるようにしないかい?」20%
「それは、なにか道徳に反していないか?それに生まれた時から老人の存在を私が愛せるとは思えない。自分の子を愛するのは子供の頃から自分と関わっているからというのも大きい気がするんだが。」
「愛せなければ次の子供を作ればいい、子ガチャだよ子ガチャ。子供なんて胎の中にいる時点で生まれ落ちるまでに母体から多様な影響を受けるものだ、遺伝子的には100%同一でもゴブりんが赤ちゃんの頃と同じとはいかないだろうね。そこはちょっと残念かも。」19%
「子供を捨てるなんて、そんなこと、私はやりたくない。」
「大丈夫だよ、だって生まれ落ちた時点で彼らは老人なんだ。頑張って努力をすれば大自然の中でも大都会でも自力で生きていける、そうは思わない?それにね、子ガチャをしやすいように子供が胎の中で大人になるまでの時間も十月十日といわず十日と10時間ぐらいで生まれるようにしよう、大サービスだよ。」22%
「私の……クローンなんだぞ、そんな奴らが不幸な目に遭っていたら嫌な気持ちになる。」
「不幸になるとは限らないって、むしろ彼らの未来には希望が満ちてるよ。これはネタバレだからあんまりしちゃいけないんだけどね、これから行く先の世界ではよっぽどのことがなれば人は不幸にならない、ゴブりんの元いた世界よりもとっても平和で天国みたいな世界だよ。」27%
「なんで私にこんなに良くしてくれるんだ?私はそう特別な人間ではないというのに。」
「そんな卑下しないでくれよ、僕はゴブりん、君のことが好きだよ。」28%
「私は自分の頭があまり良くないことを知っている。自分で自分の感情を制御できないことを知っている。」
「だからこそ君はあらゆる娯楽を切り捨てて自分の価値観の線引きを明確にする作業をしてきたんだよね。僕には君の生き方は他の誰よりも賢く見えるよ。」29%
私はこの数十年間、職場と家を往復するだけの虚無的な人生を送ってきた。家ですることといえば自分の価値観を指折り数えて精査し記録することだけ、周囲のあらゆる存在に対して自分はどう考えているのかについて書き出して冷静に処理していた。普通の人ならばそんなことをする必要はない、私だからやらなければいけない無駄な行為が、賢いと、言ってくれた。
「私は自分の顔があまり良いものでないのを知っている。」
「僕は芥川龍之介の河童が好きなのをさっき言ったね、その話では人間の鼻の醜さについて語られている。僕は君の顔が好きだな、そのワシの嘴のように大きな鼻、そしてそれよりも大きくギョロついた目と剥き出しの刃のような歯並び、好きだ。人間の顔の中心には鼻がある、だけどその醜さから人は視線を彷徨わせる、故に人は無意識のうちに顔の中段にあるのを目だと認識する。そんな鼻が単なる目へと視線誘導をする集中線にしかなっていない人間の顔よりも君の顔の方が好きだよ。君の鼻は雄々しく美しいよ。」30%
私は自分の顔を小馬鹿にする奴に怒りを燃やしてきた、単なる事実の指摘であるならば受け入れたが、その事実の指摘を酷いことと言う奴を殴りつけてきた。そんな人生の中で、そんな人生の中で、今までの人生で初めてだった顔を褒められたのは。
「私は、お前に……君に何も返してやれない。」
「そんなのいいって、僕らは友達じゃないか、ゴブりん。幸せになれゴブりん、もう一度、後悔のない人生を送ろう。」35%
「君は……いや、カッパーありがとう。」
「じゃあもう転生しようか!肉体年齢は今と同じ60代でいいかな、これからゴブりんはどんどん若返っていくんだから良いよね?そうだ!ゴブりんにはいっぱい子供を作って欲しいし性欲も強くしておくね。もちろん性欲に見合った肉体をつけるし、動物にだって興奮できるようにしておくよ。ついでに肌も緑色にしておこう!河童みたいでかっこいいと思うよ!」33%
「うん。うん?は?待て、殺すぞ!待て!殺す!」
カッパー(31%)を殴ろうとした右手は空を切って世界が明転する、私の肉体の表面が泡立つように色が変わっていく、体の内側が煮えるように熱く叫び声が上がる。
「殺す!」
気が付けば湖のほとりに立っていた、全身の火照りを冷ますために水に飛び込もうとして自分の顔を見えた。ま緑だった、でもその顔は少し今までよりもカッコよく見えた。
緑の肌にしやがったカッパーは必ずぶん殴るが、友達からの贈り物と思えばこの肌は小馬鹿にしながらも少しは受け入れられるような気がした。
私は自分の肌をせせら笑った。




